プロローグ
夏のじめじめとした風が開け放たれた開放的な中庭を通り抜ける。
「おいっ聞いたか?」
「あぁまたあいつが1位だろ?」
「なんで俺たちと同い年にあんな怪物がいるんだよ」
「あ、おい…!」
なんとでも言えばいい。いつものことだ。
「ひ、ひぃっ」
い、今のは別ににらんだわけじゃない。ただ目つきが悪いだけ…なはずだ。
「ふふふっ」
「茉莉か」
「あなたまた言われてるのね」
「あんなもの言わせておけばいい」
「何言っちゃってるのかしら?ほんとはお友達がほしいくせに」
「あぁ?」
「天才魔法師さまは大変ね?そりゃあ同い年でこんな実力差をみせつけられてちゃ凡人はたまったもんじゃないわ」
「はぁ何言ってんだか。この国立ソルティナ魔法科学園で俺についてこれるのは茉莉、おまえだけだ」
「そんなのたまたまあなたとの魔法の相性がよかっただけよ。私はあなたみたいに王家に認められた名門一家に生まれた天才とは違うのよ」
「っ…」
「もうそんなに睨まないでよ。秋良ったら、ただでさえそのまぶしい金髪と細身な体で目立つのにそんなに威圧振りまいてたら誰も寄ってきやしないわよ」
「しょうがないじゃないか。この髪は十善寺家の証だ。」
「わかってるわよ」
カーンカーン…
ちょうど予鈴が鳴り響いたその時。
『連絡する。十善寺秋良、笹本茉莉。この2名は至急校長室に来るように。以上だ』
周囲にいた生徒たちの目線が一斉に2人に向く。
「ええ私まで?!何かしたかしら…」
「まあいい。いくぞ」
「はーい」
2人で集まってきた人ごみを分け校長室までくると、俺はなんの躊躇もなく校長室の重苦しいドアを開け放った。
茉莉はうしろで額に手を当てため息をついている。
「なんの用ですか、お母様。…いや学園長」
「2人ともいらっしゃい。まあ座って?ゆっくり話しましょう」
「俺たちにゆっくり話しているひまはない。手短に済ましていただきたい」
「秋良いいじゃない。京子学園長。お久しぶりです。ご用というのは?」
「笹本さんありがとう。まあとりあえずご挨拶を」
「…誰にです?」
見回した限り3人のほかには秘書の女性しかいない。
「ふぉっふぉっ聞いていたとおりの少年じゃな」
「?!」
いきなり老人の声が聞こえてきたかと思うと、いままで誰も座っていなかったはずの大型ソファに恰幅のいい老人が座っていた。
老人は伸びた白いひげをなでながら微笑んでいる。
ん…?どこかで見たことがあるような…?
「っ…!」
うしろで息をのむ音が聞こえた。
「頭をたれなさい!このアルぺス帝国現国王、夏目仁閣下ですよ!?」
…あぁだからか見たことあるよなそりゃ。やっちまったな、おい。
急いでひざまづく。
「おぉよいよい。頭をあげよ。我は望んでおらぬ。そして…真子や久しぶりじゃな」
ん?真子?
はてさて…真子とは誰だ?そんな名前の人物はここにはいないはずだ。
「ん…?真子やどうしたのじゃ?」
1番初めに動いたのは茉莉だった。
「もぉぉ~!おじいちゃまっ!!」
いきなり老人につかみかかると、叫びだした。
「お、おい茉莉!国王さまになんてことを…!」
「そうよ!笹本さん落ち着いて…!」
と、ここでふと我に返る。
「「…え?おじい…ちゃま…?」」
見事に親子で声がそろってしまった。
「ふぉっふぉっふぉ2人も説明するからの。まあ座って」
「「は、はぁ」」
なんとも気の抜けた声が出る。
茉莉はふつうに仁閣下の隣に座る。
「学園長まで騙してしてすまない。こいつは我が孫で本当は夏目真子という。」
「おじいちゃま?!ばらしてどうしますの?!」
「い、いえ」
「京子学園長…申し訳ありません。夏目真子といいます。あらためてよろしくお願いしますですわ」
「姫さま…でもまさかこの学園に王家のお方が入学していたなんて…。まったく気づきもしませんでした」
「そうだとも、ふつう王家が魔法科学園に入学することはありえない。それは王家の人間ほぼすべてが魔力を持たずして生まれてくるからじゃ。それはなぜだか知っておるか?少年よ」
「はい、閣下。王家の方々には特別な血が流れており、敵国バサラン帝国の闇の精鋭部隊が数百年に一度攻めてくるといわれております。王家の血には、それに対抗できるだけの強大な魔力を持った王家の血を受け継いだ人間が攻めてくるちょうどその年に生まれてくるという誓約が課されております。バサランでは闇の魔法使いが魔法と遺伝子操作によって大量に生産されています。そのため感情を持たずして作られた兵士どもはありえないほど強大な魔法を生み出す。この魔法によって滅ぼされた国も後を絶たないだとか。
我が国にも攻めてきている記録は残っていますが、こうして栄えているのはその年に必ず生まれるという魔法師の存在があったから。ただの魔法師ではなく、決まって水魔法を使うと言われております。ふつうの水魔法師はそこらじゅうにいますが、次元が違うとか。この魔法師の見分け方はまず、王家の人間であること。魔法を使うとき瞳が藍色に光り輝くことの2つです。太古の昔、この血の契約をしたアルぺス帝国初代国王さまはこの魔術師の存在を定期的に生み出すためにもともと魔力の多かった王家の人間が1人また1人と生まれるたびにその魔力を吸い取る。なのでこの1人の魔法師が生まれるまでの間に誕生した王家の人間には魔力がないとされています。」
「ふむふむ…百点満点の答えじゃな。さすが学歴実技共に優秀な天才魔法師くんだの」
「お褒めのお言葉ありがたく」
「さて、少年よわしの言いたいことはわかったかえ?学園長はわかったようだの」
「はい…わかっております。そこに座っている笹本茉莉、もとい夏目真子さまがその魔法師であると?」
「ああ、そうじゃ。わしは国王として真子に魔法を学ばせるため身分を偽ってこの学園に入学させたのじゃ。」
「おじいちゃま、いきなり訪ねてくるなんて…!なんで秋良にまでバラす必要があったんですの?!秋良にはばれたくなかったのに…」
「…真子さま。私のことはいいのです。いままで数々の暴挙お許しください」
俺はひざまづく。
「あ、きら…」
2人のシリアスな雰囲気とは裏腹に国王はとても愉快そうだ。
「それでな今回なぜばらしたかというとな2人にある任務を頼みたいからなのじゃ」
「任務…とは?」
「お、おじいちゃま?まさかあれを…?」
「ふぉふぉふぉそうじゃあれじゃ!おぬしらの姿をこの目で見て今決めた!」
なんか国王すっごく楽しそうなんだけど?
すっごく嫌な予感しかしないんだけど?!
ほい、そう言われて数枚の紙の束を手わたされる。
「は?」
「まぁそこに全部書いてあるからの。がんばるんじゃぞ?お前たち」
「じゃ、じゃあやっぱり…?」
なぜか姫さんはひいひい言っている。
顔は薄赤くほてり、盛大に引きつっている。
「そうじゃ!今日実際会ってみてこのわしが決めたのじゃ!お前の父さん母さんも文句は言えまい」
「うそ…でしょ」
まったく話についていけないのだが。
俺が頭上にハテナマークを浮かべていると、
「秋良あんたわかってないの!?」
あ、話し方戻った。そんなこと思ったのもつかの間、姫さんの口からすんごい言葉が飛び出た。
「だから!!あんたは私のとこに婿に入るのよ!!」
「…婿?」
はてさて婿とはなんだったろう。
俺の認識だとそれはようは結婚するということのはずだが。
ん?結婚?
「はああああああああああああ?!?!?!」
俺はつい叫んでしまった。そういえば国王と姫さんいるんだった。
学園長である母親は目を見開き口をパクパクさせている。
叫びが声になっていないのだろう。
「閣下?!どうゆうことですか?!自分が…自分が次期国王候補の姫様の夫となるということですか?!」
「なんだ少年?真子のことは嫌いか?そんなにいやか?」
はぁ?
いや?いやなわけないだろう。
いやでも姫さんはいいのか?
俺なんかで…
姫さんは赤い顔をして潤んだ目でこちらをみつめている。
ううむ…今言うしかないな。
もう少しあとで言うつもりでいたのだが。
俺は再び姫さんの前に跪き《ひざまず》右手をとった。
「真子さま…ちょうどいいのでこの場で言わせてください」
「な、なにかしら?」
「私はこの学園に入学してすぐ桜の木を見上げ立っていたあなた様に一目ぼれをいたしました」
「…え?」
さあ行こう。ズバッとスカッと。
「姫さまの可憐な容姿とその人間性に私は一瞬で心奪われ、あなた様に少しでも近づくため日々を過ごしてまいりました。このような状況での告白となってしまいましたがあなた様さえよければ私をあなた様の婿にしていただけないでしょうか?」
「秋良…そこまでいうならしてあげなくもないわっ」
姫さんのお顔は沸騰しているかのように真っ赤だ。
「わ、わたくしだってあなたのことが大好きですものっ」
「ありがとうございます真子さま。ありがたき幸せ」
俺は下から姫さんを見上げ微笑んだ。
「ふぁあああああああ!!!それは反則ですわっ死んでしまいますわぁぁぁぁっ」
何やら姫さんは身もだえしている。
それは放置しといてさっきから超にやにやしながら様子を見守っていた国王閣下に向き直る。
「閣下このお話受けさせていただきます」
「うむ。少年、いや秋良よ。これから一度寮に戻り荷造りを済ませてくるがよい。真子もじゃ」
「わかりましたわ、おじいちゃま」
「承知いたしました」
そうだよな。これから違う場所に住むんだ。
て、あれ?なんでだっけ?
…俺氏ちょー重要な何かを忘れている気がする。
ふと手元の紙の束を見つめる。
…にいぃぃぃぃぃんむっ!!!
任務だそうそう任務!!
結局なんなんだ?
「またな少年。数日後迎えに来る。必要なものを揃えて準備しておれ」
「はっ」
裏口から帰って行く国王閣下を見送り真子さまと二人で学園室を出る。
母親は今だフリーズしたままだ。
あれは現実を受け入れられていないらしい。
まあ少しすればもとに戻るだろ。
「真子さま」
「ここでは茉莉でいいよ?あとこれからは敬語禁止ね」
「でも…」
「いいの!秋良お願い」
そんな可愛い顔でお願いするんじゃない。
やめてくれ。
「しょうがないな」
俺、嫁に弱いらしい。
だってしょうがねぇじゃん。
可愛いんだもん。
俺こんな可愛い生物みたことない。
嬉しそうに横を歩く真子。
こいつが俺のものなんて信じられない。
寮は男女棟が分かれており、その分かれ道はすぐそこだ。
いーいこと思いついた。
「じゃあ、またあとで秋良」
「ああ」
俺は真子に近づくと俺より少し低い位置にある顔を覗き込み頭に手を置いた。
「ななななな、なによっ」
姫さん動揺しまくり。
頭の上に置いた手をポンポン、と二回はねさせると真っ赤になっている耳元に口を近づけた。
「真子」
誰にも聞かれないよう小声でささやく。
「じゃあな」
にやっと笑ってやった。
さっきの仕返しだ。
真っ赤な顔のまま止まっている姫さんを残して俺は寮に入って行った。
初めまして。水瀬まのといいます。
まだまだ続いていきます!
今後ともよろしくお願いします。