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1話

「本当にごめんね、南澤さん」



 オンボロでも家賃が魅力的なアパートの大家であるおばあちゃんに、申し訳なさそうにそう言われながら、私───南澤渚桜みなみざわなぎさは苦笑いしながら今までお世話になった事に頭を下げ、必要な物だけをギュウギュウに詰め込んだトートバッグとキャリーバックを手に持ち、高校を卒業してから5年以上住んでいたアパートを後にした。



 ここ最近の私はツイてない。



 今年こそは派遣社員から正社員になれると言われ、彼氏が出来ない程(作る気が無かったとも言う)忙しく働いていたが……世間とは世知辛いもので、契約更新時に、次はもっと経験が豊富で資格を沢山持っている人を入れる事になった───と言われてしまい、呆気無く仕事を失ってしまった。

 しかも、それから程なくしてオンボロアパートの配管が破裂して家の中が水浸しになってしまい、それを切っ掛けにアパート全体のリフォームをすることになったからと言われ、出て行かなければならなくなってしまったのだ。

 とぼとぼと歩きながら、これからどうしようかと悩む。

 急な事だったので、大家さんから迷惑料として1週間分のホテル代を頂いてはいるが……。

「はぁ……これからどうしよう」

 急に『職無し』『家無し』になって動揺しまくる自分が、パパッと次の就職先や家を見付けるなんて無理な事は十分分かっている。

 賃貸物件を探しに行く気にもなれず、かと言ってホテルに泊まるにしても、直ぐに就職出来なければお金が減る一方なので、余り貯金を多く切り崩す生活はしたくない。

 よって、当分の寝泊まりする場所として私が選んだ所は───ネットカフェである。

 ガラゴロガラゴロとキャリーバックの音を立たせながら、私は重い足取りでネットカフェに向かった。

 そして……。



「ちょっと今混み合っているから、適当な所に座ってておくれ!」



 下を向きながらネットカフェの入り口に立ち、自動ドアがプシュッと音を立てて両側に開いたので、中に入る為に1歩足を踏み出した瞬間───その声は聞こえた。

「……へ?」

 何事だと思い、下を見ていた顔を上に上げれば、そこは……。



 見たこともない光景が広がっていた。



 ニコニコと笑うネットカフェの従業員ではなく、いかにも魔法使いといった風情のローブを着込んだ人間やら、長大な剣を背中に背負う冒険者みたいな人達が目に入る。

 ん? と首を傾げながら、目元をゴシゴシと擦ってからもう一度目を開けても、目の前の光景は変わらぬまま。

 呆然としながらそこに突っ立っていると、先程声を掛けられた恰幅のいいおばちゃんに邪魔だと注意されて、慌てて空いている席に座った。

 席に着き、辺りをキョロキョロと見回しながらここはどこだと考える。

 一瞬に───そう、本当に瞬き1つした間に、この訳も分からぬ場所に来てしまっていたが……これはもしや小説で流行りの異世界トリップと言うものではなかろうか?

 それとも、ここ最近のツイてない出来事が立て続けに起こった事による現実逃避が見せる幻覚だろうか。

 頬を抓ってみても痛いし、夢にしては現実感が半端ない。

 何がどうなってこんな所に来てしまったんだと思いながら、ハタととある事に気付く。



「に、荷物が無いっ!?」



 そう、今の今まで肩と手に持っていたトートバッグとキャリーバックが忽然と消えていたのだ。

 気付いた瞬間、サァーっと血の気が引いた。

 バックの中には今までコツコツと溜めた貯金通帳やら判子やら何やらが入っていた。

 こんな訳も分からない所でそれらが役に立つかと言えば、立たない可能性が高い。

 だって、お金だって日本円ではないだろうし。……たぶん。

 だけど、自分の全財産(服や靴等も込)が無いと言うのはこんなにも心細いというものなのだと、初めて知りましたよ。

「これから一体どうすれば…………ん?」

 自分の不幸さ加減に泣きたくなっていると、ふと、右の手首に見慣れないモノがあるのに気が付く。



 それは、飾りも何もない細い銀色のブレスレットだった。



 何だこれはと、それに手を触れた瞬間───ブレスレットが淡く光り、そこから不思議な画面が空中に出現したのである。

「え、えぇっ!? 何これ??」

 驚きなら周りを見回しても、人々はそれぞれ食事をしたり話しをしたりしていて、私以外には空中の画面は見えないようであった。

 恐る恐るその画面に書かれている文章を読んでみれば。

 この世界の事。今、自分が置かれている状態等がこと細かく書かれていた。

 事細かく書かれていたが、全てに目を通すのが面倒だったので、文章の中の太文字で書かれている所を読んでいく。

 そこで知ったのが、どうやら自分はチート能力を持ってこの世界にやって来たらしい。

 更に、画面の中にある『南澤渚桜』と自分の名前が書かれた部分を指で触れてみると。



『南澤渚桜 人間 23歳 女 異世界人。


 ☆ 魔力0。

 ☆ 体力25。

 ☆ 能力 無し。


 所持金額

 ★ 999,999,999,999。(固定)


 所持品。

 ☆ 異世界の物。

 ★ 服、靴、その他諸々。

 ★ 武器。

 ★ 防具。

 ★ アクセサリー。

 ★ その他アイテム。


 ※ ★はMAX状態である事を示しています。』



 こんな画面が出て来た。

 下に書かれている説明を読んでいくと、どうやら今の私には、無限のお金。この世界にある特殊能力付きの服や靴やその他諸々の物。

 ノーマルの物から普通なら手に入らない武器や防具、アクセサリーなどの装備品が、MAX状態で手元にあるらしい。

 本当かよ、と半信半疑になりつつ、手始めにこの店にある食事を頼んでみることにしてみた。



 ───結果として分かったこと。それは、画面の中に書かれていたことは本当の事だということだ。



 ご飯を食べ終わり、画面の情報から、お財布携帯ならぬお財布腕輪なるモノで支払いをするというのを仕入れた私は、お会計をするのにおばちゃんが持っていた丸い水晶に腕輪をかざす。

 すると、ピロリン♪ と音がして、水晶が透明なものから水色へと変化した。

 この水晶は支払いが完了すると水色に変わり、まだお金が足りない場合だと赤色に変わるんだとか。

「毎度あり!」

「ご馳走様でした」

 支払いを済ませた私はそのままそこの店を出ると、直ぐに右腕にある腕輪を触って画面を呼び出す。

 すると、先程『1200ルビデンド』支払ったのに、画面の金額欄は『999,999,999,999』のままであった。

 金額の隣に(固定)と書かれていることから、どんなにお金を使っても『999,999,999,999』からお金が減らないことに気付く。




 もしかして私……異世界でちょーセレブになっちゃった?

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