トワの大いなる学習帳:「カポタスト」
まずいことになった。これだけは隠し通さなければ大変になるぞ。
俺は白い部屋の中央で一人ポツンと座りながら、後ろ手に隠したカポタストを強く握り、壁の方へ向けてゆっくりと後退し始めた。今この部屋の主である少女は留守のようだったが、もしこれが彼女に見つかったならば必ず質問されることになるだろう。「これは何?」と。そうなってしまったら最早勝機は無い。試合終了、ゲームオーバーだ。だってどう答えればいい?
「これはカポタストだよ。ギターという弦楽器のネックに装着し弦を抑えつけることで任意の移調を図る器具さ」
無理だ。何一つ理解出来ないだろう。そもそもギターについては以前語り聞かせたことがあったが、実物を見たことが無い彼女にその外部アクセサリーの話をしても想像出来るはずがない。数字を見たことが無い人間に因数分解を教えるようなものだ。これまでの傾向から考えて、俺が彼女を納得させられない場合、きっと彼女は納得出来るまで質問を繰り返すだろう。少女は妥協という考え方を知らない。好奇心を爆発させ、俺が目を覚ますまで縋り付いて放すまい。
「それ、何?」
背後を振り向くと、いつの間にかそこに立っていた少女がカポタストを指さしていた。
「これは・・・カポタストだ・・・」
「?」
少女が俺の表情から疲労感を読み取り、どうしたのかと首を傾げた。こうなったら何としてもはぐらかさなければならない。彼女に納得する答えさえ与えることが出来れば良いのだ。それが嘘だろうと問題無い。少女がこの部屋に居続ける限り、例え食事中に髪留めとして使っていてもネット上に晒されたりすることはない。
「これはな、ここの金属の部分が持ち手になっててだな、こうやって握りしめることで握力を鍛えるトレーニング用の器具だよ」
俺の持ち込んだカポタストはクリップ式の金属製カポタストで、ギターと触れる部分は傷つけないようにゴム製になっている。どことなく握力を鍛えるハンドグリッパーに見えなくも無かった。咄嗟の嘘にしては悪くないぞ、と俺は密かに自分を褒めた。
「・・・」
俺がカチカチと何度か持ち手を握って実演してみせたが、少女はいつものように頷いたり、理解の意を示したりせず、終始無表情のままだった。
「・・・上部の加工された部分は、何?」とトワが言った。ネックを咥え込む部分である。
「いや、これは・・・オシャレだろう・・・」
「安全を考慮されて取り付けられた素材に見える。噛み合わせて何かを抑えつけるのではないか?」
「そうかな・・・」
俺は苦笑いしながら必死に握力トレーニングを続ける。
「アキラ」
「・・・・・・」
「アキラ」
「・・・実は、分からないんだ」
俺は観念したかのようにそっと自分の前にカポタストを置くと、少女の目を見て神妙な顔をした。ガラリと空気の変わった俺の表情を見て、少し不満を露わにしていたトワも表情を引き締めた。
「さっきも言ったけど、これはカポタストと言って、本当は最近発掘された古代人の遺産なんだよ」
「コダイジン・・・イサン・・・」
「大昔の人類が遺したものってことだ。カポタストって変な響きの言葉だろ?これは現代の言葉じゃ無い。古代語で“強い者”という意味なんだ」
トワは特に表情を変えなかったが、しっかりと耳を傾けているようだった。俺は話を続ける。
「勿論これは模造品だよ。古代人の使っていた異物にはあまりにも謎が多いために国連が――要は偉い人たちが皆に解明の協力をお願いしたんだよ。懸賞金をつけてね。だから皆この模造品を持ってる」
トワは何かに引き寄せられるかのように、しゃがみ込んで熱心にカポタストを見つめていた。行ける、と俺は思った。もうひと押しだ。
「・・・私も懸賞金、もらえるか」
「あぁ、もらえるとも。でもなトワ、俺たちは何も懸賞金のためにこの装置の謎を解明しようとしているわけじゃないんだぞ。もっと別の大きなもののために協力し、汗を流しているんだ」
「大きなもの?」
「ロマンさ」と俺は目を閉じ、ここ数カ月の間で一番良い声を出して言った。
「ロマン・・・」
少女はそう呟いた後、暫く“強い者”ことカポタストを見つめたまま動かなかったが、おもむろに目前のギター用器具を手に掴み、持ち手を握りながらポカンとした顔で言った。
「ロマンとは、何?」
俺は頭を抱えた。
今日学んだこと
カポタスト・・・大昔に作られた器具。
・“強い者”の意。
・謎を解き明かしたものにはケンショウキンとロマンが与えられる。
・憶測だが、下部を握り上部の弾力を持つ部分を開き何か板状のものを挟みこむための器具と思われる。弾力を持つ素材で覆われているのは挟み込む部分を傷つけないためだと推測される。形状に汎用性や必需性を感じないことや、“強い者”という語源から考えるに、挟み込む対象は使用者の存在を誇示するための娯楽物であった可能性が高い。