マイナーズインク
「こちらNO.3、目標を補足しましたあ~」
「……NO.3、間違いないか?」
「もちろんですぅ~。ポッとでの日間ランカー、某です」
「NO.4、レーダーに反応は?」
「……目標の現在の識別反応はグリーン、全ての値は有効範囲内です」
「ふむう、今の所異常はナシ、か」
彼女らは民間軍事施設マイナーズインクの特殊工作部隊、ホワイトニーソ、その精鋭部隊。国家特別治安維持組織ナロウズの依頼により、最新鋭駆逐艦エニグマの、配備前の最終テストを兼ねたミッションに駆り出されていた。
「でもチーフ、NO.3なんかに偵察を任せて大丈夫なんですか? 私、なんだかとっても不安なんですけど」
「仕方あるまい。言い出したら聞かないんだから、あいつは」
「新型の四枚羽パワードスーツ〈ギンヤンマ〉ですか。ったく、NO.3……ミーナは。見た目が気に入ったからって、そんな勝手な事」
さっきからブツブツ文句を言っているのはチーフ補佐のNO.2、ニキータ。その横の席でNO.4情報統制官のヨーコが彼女をなだめる。
「まあまあ、ミーナだってホワイトニーソの一員なんだから、大丈夫ですって」
「どうだかな、おいNO.3、今回のミッションの内容を復唱してみろ」
「ぶ~、バカにしないでくださいよニキータ先輩。
ターゲットのジエン軍との繋がり疑いの確認と、エニグマのテスト運航、そしてそして報酬のスイーツフェスタ参加チケットのゲットでしょ、ぐふふふ~」
ニキータがやれやれといったジェスチャーをしながらヨーコを見ると、彼女は肩をすくめるような仕草でその視線をいなした。
ホワイトニーソは既に、ジエン軍と内通していると思しきターゲットのテリトリーに侵入していた。警戒を強めて監視を続ける。索敵レーダーに異常は認められず、またターゲット某も自身の領地で、悠々自適に執筆活動を行っているように見えた。
彼女らホワイトニーソの面々も、NO.3からの動きのない中継モニターと、六秒ごとに鳴るレーダーのインターバル音はまどろみを誘うばかりで、このままなんの異常も無くミッションは終了を迎えるのではないかと思い始めていた。
「今回はハズレですかね~」
「帰還まで気を抜くな、NO.5」
NO.5は国家資格である一級戦艦操縦士の煌。他五人と比べ、肌の色が少し浅黒い彼女は、エルフとダークエルフのハーフだった。その生い立ちから、幼少の頃よりしばしば迫害を受けてきた彼女は、自身の居場所を確保するために必死で学び、軍事航空科に在籍中に二級戦艦操縦士免許を取り、大学卒業後僅か二年で一級戦艦操縦士免許を取得した。これは大卒としては最速最短の取得履歴だ。
波乱の半生を過ごしてきた彼女だったが、まるでそんな過去を感じさせないあっけらかんとした性格で、この時もペロッと舌を出してその場をごまかしていた。
ヨーコの目の前に広がる円形のレーダーの海。その隣にあるテキストボックスに異変。
「あ……、ターゲットのPTに変化が出ました、異常な速度で数値上昇!」
「メインモニタにグラフ表示!」
「今出ます!」
「こ、これは……ジエン軍の仕業か? NO.3、目視確認! 応答せよ、NO.3!
どうした、中継モニターはどうなってる?」
NO.1、遊撃から狙撃までこなすこの部隊の戦闘員アンが、慣れない手付きでミーナの中継モニターを拡大・確認する。
「へ、変化はないぞ?」
「NO.3との通信、ジャミングされています!」
NO.4ヨーコの叫び声が響く中、中継モニターを注視するニキータが声を荒げる。
「これはRECムービーだ!」
「数値益々上昇! きっちり十二PTずつです!」
「くっ、ラチがあかん! これよりエニグマをクリアビューポイントまで前進させる!
煌、航行開始だ! アン、いつでも出られる準備をしておけよ」
「アイアイサー!」
「了解!」
ターゲットのテリトリーに入ってすぐの、巨大な構造物(KUTU-BAKO)の陰に潜伏していた最新鋭駆逐艦エニグマは、舵を切り前進する。
これまた巨大な白いモヤ(NO-REN)を潜り抜け、ターゲットの潜むコーションエリアに近づいていく。
「レーダーに反応出ました、ジエン軍攻殻機動部隊、ドラゴンフライ型フックアッカーです!」
「こ、こんなに……。NO.3の安否は!」
「ダイレクトビューモードに切り替えます!」
ヨーコが手元のパネルを操作して、エニグマの三面鏡の形をした前面モニターをダイレクトビューモードに切り替える。
「ミーナ!」
ニキータが呼びかける。ジャミングから通信が回復し、ミーナの声が艦内にこだまする。
「ふええええ~ん、先輩早く助けて~!」
「言ってる事とやってる事がバラバラだぞ、NO.3」
安堵含みのため息をつくNO.6、チーフのシエル。
新型の四枚羽パワードスーツ〈ギンヤンマ〉を身に纏ったミーナは、しなやか且つ軽やかに空間を舞い、携行していた電磁波を撃ち出すバラストショックガンを、ドラゴンフライ型フックアッカーに撃ち込み、そこそこの数を撃退していた。
「ヒュ~、やるじゃないかミーナ。オレも出るぞ! NO.1、アン出撃!」
射出口から勢い良く飛び出す戦士アン。六人のエルフの中で今、最も脂の乗った軍人だ。デンジャーエリアに颯爽と登場し、ミーナに近づく。
「アンしぇんぱい~、ボク怖かったですぅ~」
「まだ戦闘は終わっていないぞ、気を抜くな馬鹿者!」
現在最も主流となっている補助ブースター付き二枚羽パワードスーツに身を包んだアンは、バラストショックガンを両手に携え華麗に舞う。(本人にも?)予測不能な動きで戦場を掻き乱すミーナとは違い、アンの動きはロジカルで無駄が無い。
一見チグハグな二人だが、その性格、行動理論がガッチリとハマり、その時の敵勢殲滅能力は、ホワイトニーソのエースであるNO.2ニキータも舌を巻くほどだった。
「ふん、私の出番は今回もナシ、か」
手元の個人用モニターに映し出される敵勢力図がどんどん小さくなっていくのを見ながら、ニキータが面白くなさげに呟く。しかし、敵もこれだけでは終わらなかった。
ビィーーーッ、ビィーーーッ、
「アラート!? ……熱源反応増大、敵勢力に援軍です!」
「またフックアッカーか?」
「熱源反応更に増大! これは……ジエン軍幕僚長の駆る機体、サイコフックアッカーです!」
「幕僚長自らお出ましだとぉ!?」
「ギャアアア、デカい~! ボクはもう死んじゃうのね~!」
「おいミーナ、気を乱すな! しっかりしろ!」
サイコフックアッカーは、フックアッカーのおよそ三十倍の巨体。その駆動効率の悪さを解消するためアンチ砲弾&レーザーバリアと、独立起動型追尾レーザーシステム、パナマックスを備えており、不用意に近付く事は出来ない。
「これは、私の出番だな!」
嬉しそうにニキータが立ち上がる。それに一言付け加えるチーフのシエル。
「トドメはこの艦で刺すからな」
「分かってる。主砲のデータを持ち帰れるなんて、ナロウズもラッキーだな、これはボーナスでも付けてもらわなきゃならんな!」
そう言ってコックピットから格納庫へ移動し、出撃準備を整える。その間にチーフ、シエルが指令を飛ばす。
「NO.6からNO.1へ、アン! 今からNO.2が出る、貴君は援護に回ってくれ!」
「チッ、これからだってーのに」
「何か言ったかアン!?」
「イーヤ、何も。……NO.1了解、援護に回る。スナイパーライフルを頼む!」
「私が出た十秒後に射出される、落とすなよ!」
「落とすか! ニキータ、お前こそ久しぶりの戦いでビビっちゃいないだろうな!?」
「まさか。ワクワクしっぱなしさ。ハッチオープン、NO.2ニキータ、出るぞ!」
ニキータの身に付けているものは、アンの物と同じ汎用スーツだが、大火力であるD2ミサイルを装備している。強力ではあるものの、かなりの重装備に動きは鈍重になってしまう。そこで彼女はオーバードブーストをセットアップし、瞬間的に推進力を上げる機構を備える。だが、長年の経験と己のカンを信じる勇気が無ければ、とても前線で戦えるものではない。ニキータはそれだけ修羅場を潜り抜けてきた、ということだ。
「三、二、一、バックパック射出されます、アン、受け取って!」
ヨーコの声にアンが反応する。
「ラジャー、ミーナ、踏ん張り所だぞ!」
そう言って踵を返すアンを見ながら恨めしそうにミーナが呟く。
「うええええ~ん、ボクずっとこうしてなきゃダメなの~?」
「え~い、泣くな鬱陶しい! ニキータが来る、お前が敵のパナマックスを攪乱するんだ! オレも狙撃で援護する!
」
「えっニキータ先輩がっ!? じゃあアレが見れるの、やった~、ミーナアレ大好きぃ~」
くっ現金なヤツと悪態をつきながら、軌道修正してスナイパーライフルをキャッチする。
「狙撃ポイントはっと、ここだ!」
細長く、高さの異なる山が連なるHON-DANAの一角に着地し、寝そべって身体を安定させる。撃鉄を引いてチャンバーに弾を装填し、ハイパースコープを覗き込み、狙いを定める。
一方ニキータは残存勢力のフックアッカーには目もくれず、サイコフックアッカーに近づいていく。視線ロックオンタイプのD2ミサイルの射程は、決して長くない。その鈍重な動きに細かい操作でオーバードブーストを操り、メリハリのある動きで目標を目指す。
ミーナは泣きながら空中を右往左往? していた。パナマックスに狙われひたすら逃げ回る。
「びええええ~、ニキータ先輩、早くしてください~!」
「もう少しだから辛抱しろ! うっ」
気を許した瞬間に、ドラゴンフライ型フックアッカーの刺突がニキータの懐に飛び込んできた。が、アンの狙撃がそれを阻止する。
「サンキュー」
「仕事、だからな」
その後もアンは狙撃でニキータに迫るフックアッカーを撃墜していく。NO.6チーフ、シエルが口を開く。
「煌、トドメはエニグマキャノンだ、やり方は分かってるな?」
「もちろんでさあ!」
「ヨーコ! 重粒子砲、発射準備、その後充填開始だ!」
「了解!」
煌が景気よく声高に叫ぶ。
「駆逐艦エニグマ、主砲発射準備、ヨーソロー!」
主砲を動かすチェーンベルトに指令を送り、サイコフックアッカーの胸元に主砲の照準を合わせる。
ヨーコが叫ぶ。
「重粒子砲、充填開始!」
モニターに充填パーセンテージが表示される。
「NO.6よりアン、ニキータ、ミーナ、こちらは後三十秒で発射準備完了だ。巻き添えを喰らうなよ?」
「そんなヘマするヤツは、ミーナ以外いねーよ」
「ヒドいッスよアン先輩~」
「よし、私もD2ミサイル射程圏内に入ったぞ! ミーナ下がれっ!」
手元の視線ロックオンスイッチを長押しし、最大数の二十発をロックオンする。
「D2ミサイル、発射!」
ボヒュヒュヒュッ、という音と共に全弾射出、約二秒間宙をさ迷うように飛んだ後、ロックオン先に向きを変え、一気にサイコフックアッカー目掛けて飛んでいく。
爆煙がサイコフックアッカーを包み込む。
「どうだ!」
「イヤ~ン、いつ見ても気持ちいい~」
「……」
サイコフックアッカーを守っていたアンチバリアが、ビビッとブレながら消えていくのを確認したシエルの檄が飛ぶ。
「今だ、エニグマキャノン、発射!」
「エニグマキャノン、発射!」
煌が勢い良くボタンを叩く。辺りの空間を歪めながら重粒子砲が発射される。
「エニグマキャノン、命中!」
重粒子砲をまともに喰らったサイコフックアッカーは轟音をたてながら崩れ落ちていく。
「敵残存勢力ゼロ、殲滅に成功!」
「よっしゃあ!」
フックアッカーを殲滅したことによってジエン軍はターゲット某のジエン行為を助成する事は出来なかった。
「少々予定とは違う結果になったが、ミッションコンプリートだ!」
「チーフ~、ボク言いましたよね、キメ台詞はこうですよ?
正義の味方、ホワイトニーソ、今日も完全勝利だぜ! イヤッフ~!」
「ミーナ、それカッコイイと思ってんのお前だけだから」
「アン先輩はヒドいですぅ」
全員を収容した最新鋭駆逐艦エニグマは、踵を返し戦場を後にする。
「ホワイトニーソNO.4よりナロウズ管制塔へ、本艦はこれより帰還します!」
「スイーツスイーツゥ~!」