~作品中に出てくる慣習等の解説~
次回より最終の第七章へと入ります。
ここで今更ですが、物語中に出てくるインカの慣習や伝承、南米独特の動物、植物、風土などを、登場した順を追って、簡単に解説したいと思います。
~第一章より~
●成人の儀式、ワラチコについて●
12月に当たるカパック・ライミという月に行われる儀式。南半球では夏至の季節。
候補の少年たちには、祖先がクスコへと辿り着いた苦難の旅を模して、過酷な試練を課される。
山上からの徒競走、親類からの鞭打ちの儀を経て、成人の証であるワラ(褌)が与えられ、貴族は耳飾りの着用を許される。
(物語中は離脱者が多いなどの誇張表現をしましたが、この試練は、ある程度、形式的なものだったのではないかと思います)
●キリスカチェという部族について●
キリスカチ、チュクィート、チョコ、カチューナ、年代記によってその名の表記はさまざま。いずれもクスコから南部、またはチチカカ湖周辺にいた部族ではないかと思われるが、この部族について年代記では、クスコがチャンカの侵入を防いだ際に窮地を救った女首領率いる部族として登場する。
●ビクーニャ●
ラクダ科、体調130~160cm
非常に繊細な体毛を持ち、インカ時代にはなめらかなその毛織物を貴重なものとして皇帝のみ着用が許されていた。現在もその毛織物は最高級品として取引される。保護のため、毛の刈り込みの時期は国が規定している。ペルーの国章にも描かれている。
~第二章より~
●リャマ●
アンデス地方一帯に棲息するラクダ科の動物。首が長く、羊のような体毛に覆われている。古くから家畜として飼われ、毛や皮は衣類や道具になり、肉は食用になる。また糞を乾燥させたものは固形燃料になる。荷物の運搬にも利用される。
インカ時代、儀式や祭典で犠牲として捧げられた。
現在でもアンデスの高原地帯では広く家畜として飼われている。同類の家畜でアルパカがいる。
●ピューマ●
南米全域、北米の広範囲に生息するネコ科の肉食哺乳類。アンデス文明の多くがこの動物を神格化している。工芸品のモチーフになっていることも多い。
クスコの街は全体がピューマの形を成しているといわれている。
●シトゥア●
インカ時代に行われた春分の祭礼。あらかじめ異邦人はクスコの街から退去させられ、クスコ生まれの者たちは疫病や災厄を払うために、香を手に街中を歩き回る。郊外で待機していた異邦人たちは、厄払いのあと各地方の神像とともに招き入れられ、クスコに忠誠を誓う。
~第三章より~
●ルクマ(果実)の神話●
『昔、コニラヤ・ビラコチャという神は、その姿をみすぼらしく変え世界を巡っていた。コニラヤは、ある国でカビリャカという大変美しい女神を見かけた。ある日、カビリャカがルクマの木の下で編み物をしていると、コニラヤはハトに変身してその木に止まり、自分の精液をルクマの実に入れて落とした。それを拾って食べた女神は妊娠し、子どもを生んだ。女神がものごころついた子どもに父親は誰かと問うと、子どもはみすぼらしい姿をしたコニヤラに寄っていった。ぞっとした女神は息子をつれて海に身を投げ、ふたりは小島に変わってしまった。女神と子どもを追いかけてコニラヤは、世界をさまよい続けた』
※実はこれは海岸地方の伝説です。
●インカでの『天の川』の概念●
インカでは、天の川の水は雨になって地上に降り注ぎ、地上の河になって海に注ぐ。そして雲を作りまた天の川に戻る。そしてまた降るという天と地上を絶えず循環する水だと思われていた。そして天の川の中に見える暗黒星雲の形は、天の川の水を飲みに来た動物とされていた。見える星の数が多すぎるので、星座を作るという発想ではなく、星の中にぽっかり空いた暗黒星雲の影を動物に見立てた。
~第五章より~
●インカの創生神話(タンプ・トッコ説)
『世界の創造主ビラコチャは、人間を治めるため、四人の男と四人の女を生み出した。
彼らは、タンプ・トッコという岩山の三つの窓から出てきた。そして肥沃な土地を探して旅に出た。
きょうだいのうち、アヤル・カチという男きょうだいは非常に凶暴で、手をあましたほかのきょうだいたちは、アヤル・カチを騙して洞穴に閉じ込めてしまった。
旅を続けるうち、きょうだいの中で頭角をあらわしたのは、アヤル・マンコという男だった。彼は女きょうだいのママ・オクリョと結婚して他を率いた。
旅の途中で閉じ込めたはずのアヤル・カチが鳥の姿になってきょうだいたちの前に現れ、彼らの行き先を指示した。きょうだいたちは、言われたとおりに山間の肥沃な土地に辿り着き、都を築いた。
アヤル・マンコはマンコ・カパックと名を変え、初代の王となった。
導いたアヤル・カチと、もうひとりアヤル・ウチュというきょうだいは、そこを見下ろす丘で石となり、都を見守ることにした』
ママ・ワコはこの女きょうだいのうちのひとりで、非常に有能な戦士であり、残虐な性格でもある。
●マスカパイチャ●
皇帝が頭につける王徴。
リャウトという組み紐を幾重にも巻いたものの正面に朱色の房飾りを連ねたものを提げる。その房飾りをマスカパイチャという。その上にキジの羽に似たクリケンケという鳥の尾羽が挿されている。
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インカ帝国内に伝えられていた伝承、慣習、用いられていた道具などはこの物語の時代においてどの程度知られていたのか、普及していたのかというのは、実は分かりません。
スペイン人に征服される直前には、国内には多様な部族が住み、様々な地方の特産品があり、インカはそれらの人や物を常に移住、流通させていたため、いろんな文化、伝統、特産品が交じり合っていたからです。
たとえば海岸地方の貝などはクスコの宮殿でも装飾や道具として盛んに使われていました。
海岸地方をインカが統一するまでそれを手に入れることはできなかったではないか。
同じように考えると、北部や東部の密林地帯を統一するまで、インコの羽や弓などを使うことはなかったということになります。
しかしインカが現れる以前、アンデスに栄えていた国どうしはまったく隔絶されていたかといえば、そうではありません。
インカの創生記には、上記のタンプ・トッコの説ともうひとつ南部のチチカカ湖が出自とする説がありますが、ケチュア族の統一前、チチカカ湖には文化や言葉の異なる多くの部族が暮らしていたのです。
しかしもっと古い時代、インカの前身といわれるワリ文明は後期インカに近いほどの国土を持っていました。
アンデス一帯では古くから、栄えていた文明が崩壊し、分裂し、また集合、統一する。そんな繰り返しだったのではないでしょうか。
ですから、地方の伝承や慣習も、インカが国土を拡げる以前にもある程度知られていたものもあるかもしれません。
その時代にその伝承や慣習や物が使われていたかどうかは不明ですし、それを確かめる手立てはありません。
作品中で使われている慣習などはインカが征服されたあと、スペイン人が記した記録によるものが多いので時代との齟齬は大きいと思います。しかしそれを細かく確認することはできないので、そのまま使っています。