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14、 皇帝対大首領 (その1)



14、皇帝対大首領



 ワコたちがチャンカ本国を占拠した日の前日、皇帝軍はチャンカの大陣営に向かって進撃を開始していた。


 クスコ側が進撃の合図にほら貝の音を響かせると、チャンカの戦士たちもその音に導かれるように大陣営から一斉に飛び出してきた。

 彼らはすでにクスコ軍の侵攻を予期し、訓練を積んでいたのであろう。

 彼らの陣営をクスコ兵の視界から遮るようにそのかなり手前でいったん集結すると、すぐに広がって横並びの長い整然とした列を作った。

 向かってくるクスコ兵から大陣営を護る人間の壁である。チャンカ兵は限りなく横に広がって並んでいるので、クスコ軍よりはるかに大軍に見えるが、実際には兵の数にそれほど差異はなかった。


 クスコ軍を十分に引き付けたところで、列の両端のチャンカ兵は中心にいる兵よりも一足早く動き出した。まるで敵から逃れるように斜め外側へ向けて走る。


「敵はわれわれの軍の周囲に回り込んで包囲するつもりだ。われわれも広がって応戦する!」


 敵の作戦に気付いたクシは輿の上に立ち上がり、合図を送った。各部隊の司令官は皇帝の合図を受けてそれぞれの部隊に指示を出す。

 指示とともに、クスコ軍もその隊形を左右に大きく広げた。そして彼らを取り囲もうと一足早く進撃してきた両端のチャンカ軍と正面から対峙した。


 両翼の戦士がぶつかり合うなか、クシの輿に率いられるような形で中央の軍は、真っ直ぐにチャンカ軍へと向かっていった。

 敵はどうしてもクスコ軍の周囲に回りこみたいらしい。正面に向かってきたクスコ兵の攻撃を適当にあしらいながら、中央のチャンカ軍も徐々に外側へ外側へと移動していく。

 目前の敵を相手にすることで精一杯だったクスコ兵たちは、気付くと敵に取り囲まれる形になっていた。


 包囲された中央の軍とは隔離された形になり、両翼の軍はやはり目前の敵と相対することで手一杯である。しかしその両翼の敵も、端くれのクスコ兵など眼中にないといった具合に、戦いを放り出し中央に集まり始めた。


 皇帝の輿を中心とする中央のクスコ軍は、その周囲を幾重にもチャンカ兵に囲まれてしまった。

 戦いを放棄された外側のクスコ軍がすぐさま後を追い、さらにその周囲を取り囲む。大きな円になってその内外で戦う二つの軍は、どちらが有利とはいえない状況となった。敵に包囲され逃げ場を失った皇帝とその周囲のクスコ兵たちは確かに不利であるが、円の中心と外縁の敵に挟まれているチャンカ軍もこれまた不利である。

 

 しかし、挟まれたチャンカ兵たちは奇妙な行動を取り始めた。外縁のクスコ兵に背後から襲われようと、円の中心にいるクスコ軍の方だけを向き、彼らを追い詰めることだけに集中しているのだ。

 味方が背後のクスコ兵にあっさりと倒されても、まったく構う気配はない。そして大勢のチャンカ兵は呪文を唱えるように一様に同じ言葉を繰り返していた。


「×××××! クシ! ×××××! クシ!」


 皇帝の名を叫んでいることだけは、クスコ兵たちにも分かった。

 そこで彼らの狙いがつまり皇帝ただひとりだけなのだということを察した。勿論クシもそれに気付いていた。

 中央のクシだけを倒すべく群がってくる敵は、外縁のクスコ兵たちからは格好の標的になる。クシは狙われていることを承知のうえで、しばらく輿の上から周囲の混戦の様子を見守っていた。

 もちろん油断は禁物だ。その間もクシに向けて盛んに槍や石が放たれるからだ。それらを盾でかわし、斧でなぎ払いながら、クシはできる限り敵の注意を自分に向けさせていた。


 だいぶ長い間そうやって持ち堪えながら、クシは外縁の味方に倒されていくチャンカ兵たちの様子を慎重に窺っていた。

 そして突然、クシは輿からひらりと飛び降り、混戦の輪の中に飛び込んだ。

 クシの姿は敵味方の入り乱れる人の渦の中に消えたが、それは自滅的な行為でもある。

 敵も味方も皇帝のこの行為に動揺し、特にクシだけを見据えて群がっていたチャンカ兵たちは右往左往し出した。


 しかし折りしも、いやおそらくクシの計算どおりに、太陽は西に姿を消し、急速に戦場は闇に包まれていった。



 ワイナは断崖の近くに身を潜めて様子を伺っていた。

 ときどき風に乗って(とき)の声が響いてくる。それで大陣営で戦が始まったことを知ったが、皇帝の命を受けた以上、断崖にチャンカ兵が潜んでいない事をしっかりと確かめるまではその場を動くことができない。


 鬨の声の中にときどき混じる叫び声はどちらのものだろうか。ただ風に乗って微かに聞こえてくるその音だけを耳にしていると、言いようのない不安と焦りが込み上げてくる。

 断崖のへりには未だ何の変化も見られない。このままありもしない奇襲を警戒して留まり続け、援軍のタイミングを外してしまったらそれこそ取り返しは付かないだろう。


 その焦りは大きく膨らんで限界を越え、ワイナは決心した。

 彼に従って草原の各所に潜んでいる兵士たちに、急いで本軍に戻ると指示を出そうかと腰を浮かせたとき、断崖のへりから人影が現れた。

 チャンカの兵士だ。最初のひとりに続いて、断崖から続々とチャンカ兵が姿を現した。


 断崖を渡るときに見下ろした渓谷の底には、ぽつりぽつりと痩せた潅木が生えているだけで隠れる場所など見当たらなかったが、どこに身を潜めていたのか、地の底から現れたチャンカ軍の数は、今ワイナが率いている兵士たちの数と変わらないくらいの規模だった。

 断崖のへりにそのチャンカの兵が揃い、整然と列を作って並んだ。そして最後のひとりが悠々と上がってくると、居並ぶ兵士たちの列の中央に立った。その男は他のチャンカ兵には無い貫禄を醸し出していた。


「もしや、あれ大首領なのか」


 ワイナがそう感じるほど、男には威厳が備わっていた。

 もしもそれが大首領であれば、彼に率いられているチャンカ軍は兵士の数だけでは判断できないほどの軍事力を持っているに違いない。

 彼らの使命は、大陣営での戦が佳境に入り、クスコ兵の体力が落ちてきた頃を見計らって奇襲をかけ、一気にクスコ軍を殲滅させることなのだろう。

 彼らが現れるのが、ワイナが引き返した後であったならクスコ軍は大変な危機に陥っていたに違いない。しかしここで彼らを食い止めることができなければ同じことなのだ。


「なんとしてでも、ここであの敵軍を食い止めるのだ。クスコ軍よ! 進めー!」


 ワイナが立ち上がって叫ぶと、くさむらに潜んでいたクスコ軍が一斉に姿を現してチャンカ軍に向かっていった。


 奇襲をかけるつもりで逆に奇襲を受けたチャンカ軍の兵士たちは、驚いてその場に立ち尽くしている。その隙にクスコ軍が投石を放ち、敵は次々に倒れていった。その様子に怯え、持ち場を離れて逃げ出そうとするものもいる。逃げようとして何人かのチャンカ兵が断崖に転がり落ちていった。


(何をやっている! 後ろには断崖しかないのだぞ。全員命がけで前に進め!)


 チャンカの首領が低く大地に響くような声で兵士たちに檄を飛ばす。

 ワイナが大首領と思ったその男は、大首領から厚い信任を受けてこの後方支援を任されたトィマイワラカだった。

 自軍の半数を前線に送り込んだあと、『地の果てに一本草クシの率いる軍が姿を現した』という報告を受けその防衛策を立てた。彼は残る半数の兵をすべてこの作戦に投じて機を窺っていたのだ。

 しかし、まさか敵に裏をかかれるとは思わなかった。

 そのとき改めてトゥマイワラカは、『一本草のクシ』と彼が率いる軍の有能さを思い知ったのだ。


 トゥマイワラカは部下に指示を与えて軍を纏めながら、相手の指揮官の容貌を瞬時に観察する。

 彼は噂のクシと同じく両耳に黄金を提げて立派な身なりをしている。しかしトゥマイの鋭い感覚はそれがクシではないことを察した。

 もしもその指揮官がクシならば、ここで彼を倒せばすべてに決着が付く。しかしそれがクシでなければ目前の軍を壊滅させて急ぎ大陣営に向かわなければならないのだ。


(あれはクシではない! クシは大陣営だ! われわれは一刻も早くこいつらを倒して大首領の元に戻らねばならないのだ。ひるむな!)


 すると今までおろおろとして逃げ腰だったチャンカ兵たちが一気に覇気を取り戻した。整然と並びなおし、一丸となってクスコ軍に向かってきたのだ。


 ふたつの軍は激しくぶつかり合った。


 ワイナは、『大首領』に狙いを定めて突進していった。

 ワイナが斧を振り上げて襲い掛かっても、トゥマイワラカは微動だにせず、軽々とワイナの斧をはじき返した。

 すぐさまワイナめがけて自分の斧を振り下ろす。トゥマイワラカの威力は凄まじく、ワイナはよろめいて転びそうになり、かろうじて踏みとどまった。

 しかしその戦いぶりに相手が『大首領だ』という確信を得て、いよいよ闘志がみなぎった。


「大首領の首を捕ってやるぞ!」


 獲物に喰らいつく猛獣のように、かわされてもはじかれても、何度も斧を振り上げてトゥマイワラカを攻めるワイナだった。





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