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9、 ふたりのクシ (その1)



9、ふたりのクシ



「もう少しで一本草にとどめを刺せるところだったのだ。今、偵察が奴の(ねぐら)を探りにいっている。その場所が分かればまだ奴に与えた打撃が大きいうちに、息の根を止めることができるかもしれぬ!」


 急いで援軍に来たふたりの首領に向かって、イラパは意気揚々と言い放った。

 それを聞いていたヤナとトケリョは怪訝な顔でお互いを見た。ヤナは深い溜め息を吐いて言う。


「クスコの侵略戦のときに思い知らされたのではなかったか? 一本草の底知れない力を。そう簡単に倒せる相手ではないということを思い知っておろう」


「いや、今回、奴らは大軍を率いておって油断していたのだ。確かに我々は苦戦していた。だからこそ、気を良くした奴は輿の上でのうのうと軍が退避するのを眺めておった。まさかわしが狙っているとも知らずにな」


 イラパは高らかに笑うが、他のふたりは単純なこの男を呆れて眺めるばかりだ。

 そのとき、イラパの命を受けてクスコの陣営を探りに行っていた偵察たちが戻ってきた。彼らは疲れきった表情で弱々しく報告した。


「申し上げます。我らは途中まで確実に敵の後を追っていたのですが、おそらく敵陣の目前であろうところで、奴らは複数の集団に分かれて各方向に散っていってしまったのです。おそらく根城をいくつかに分けて潜んでいるのでしょう。もう既に夕闇に紛れて敵軍の姿もはっきりとせず、最後まで根城を突き止めることができませんでした。申し訳ございません」


 顔を真っ赤に上気させて、深く頭を下げている偵察兵たちの背中を順々に蹴りつけながらイラパは訳の分からない喚き声を上げた。イラパが憤慨する姿を見て、ヤナとトケリョは腹を抱えて笑い出した。


「それ、言ったことか! お前ひとりで簡単にやっつけることができる相手なら、既にあの太陽の都はわれわれが手にしていたはずであろう! それだけの自信があったなら、何故我らを喚び寄せたのだ!」



 イラパは偵察の兵士たちやそこいらに置いてある物に怒りをぶつけて喚き散らす。しかしひととおり騒いで怒りを解消したかと思うと、急に沈黙した。それからかろうじて平常を取り戻したかのように低く静かに告げた。


「このわしがクシに重篤な傷を負わせたのは確かなことだ。明日もまたあいつらは姿を現すであろう。傷を負った首領を仕留めてしまえば居ながらにして太陽の都を奪ったことになる。ヤナ、トケリョ、お前らの軍も手を貸せ。三軍が一丸となってクシひとりに狙いを定めれば、勝敗が付くのはそう長くは掛かるまい。その間どんなに犠牲を払おうともクシの命さえ奪えば我らは勝利する」


 そう言ってイラパは不敵な笑みを浮かべた。


「お前の短絡的な考えにはいつも賛成し兼ねるところがあるが、今回はお前の言うとおりかもしれぬな」


 そう応えたのはトケリョだ。


「手負いの獲物が自ら我らの縄張りに飛び込んでこようとしている。こんな機会を逃すものではない。敵の首領に近づくにはそれなりの犠牲を払う覚悟が必要だが、戦を長引かせてのちのち犠牲を増やしていくのなら一気に首領を狙ってその首を捕ってしまう方が得策だ。兵士たちにも伝えよう。何としてでもクシに近づけ。そしてその首を狙え。手荒な方法だが、大軍の兵士の狙いがひとつならば、敵もクシを守り通すことが難しくなるだろう」


 どんな犠牲を払ってでもクスコ軍の要となる首領クシの命を狙えというのは、大首領アストゥワラカの命でもある。覚悟を決めた三人の首領は明日こそクスコ軍を打ち破る絶好の機会だと夜明けを待ち遠しく思うのだった。




 一方、三軍が集結して大規模となったチャンカ陣営を背後から眺めているのはリョケたちの第二軍である。


「奴らが集結するのを阻止することはできなかったか……」


 リョケは溜め息を吐くが、ビカラキオ将軍は強気で応える。


「しかし、我らは素晴らしいタイミングで敵の背後に潜むことができたのです。こんな好機はありませんぞ。明日、第一軍にはしばらく自力で持ち堪えてもらいましょう。敵は第一軍に応戦することに夢中で背後に隙が出来る筈だ。敵が油断した頃合を見計らって背後からチャンカを叩く」


「ただし、叩き潰して(・・・)はいけないぞ。我ら第二軍の目的はあくまで長期戦に持っていき、皇帝軍とワコ軍がそれぞれの目的地に到着するまで敵の目を眩ませるのが使命だからな」


「もちろん。兵士たちにもそれは徹底してありますから。かえって敵を挟み撃ちにできるこの状況ならば我らの思惑通りに運ぶことができます」

  

 ビカラキオ将軍の言葉にリョケも「なるほどその通りだ」と頷いた。





 空に僅かに色が差してきた頃、アマルとアポ・マイタ将軍は彼らの軍を率いて陣地を出発した。

 出発前、アマルの怪我を心配した将軍と側近の兵士たちがアマルに出陣を思い止まるように説得したがアマルは聞き入れなかった。

 アナワルキはアマルの腕が動いて痛みが走らないようその肩に布を何重にも巻きつけて固く固定してやった。それでもアマルの怪我は非常に心配な状態なのだが、彼がそのことを理由に陣に留まることはしないと分かっている。祈るような気持ちで彼を送り出した。

 

 日の出前には第一軍は昨日と同じようにチャンカ陣営を遠くに望む位置まで来て整列した。

 チャンカ側でも、クスコ軍がやってきて攻め込む態勢を整えたことを確認して自分たちの陣の前にずらりと並んだ。最早、イラパ軍が単独で戦いに挑んだ昨日とは違い、ヤナとトケリョの軍も加わったその軍隊はまるで規模が違っている。昨日は兵士の数では圧倒的に不利だったチャンカ軍もクスコ軍と対等に、いやそれ以上の規模で臨めるようになったのだ。


 遠目の利く兵士がチャンカ軍の様子を眺めアマルに進言した。


「数の上では僅かに敵が勝っているように思われます。昨日と同じ態勢で臨むのでしょうか」


「焦らずとも大丈夫だ。リョケの軍も加勢にやってくる。それまでは昨日のように攻撃は極力控え、敵を翻弄することに集中せよ」


 アマルは兵士たちすべてに聞こえるように大声で返事を返した。兵士たちはそれに反応したように雄たけびを上げた。そのまま彼らの闘争心を十分に高めるため声を上げ続ける。

 アマルがアポ将軍に目で合図を送り、それを受けて将軍が手を高く掲げ、勢い良く振り下ろす。ほら貝の音が響き渡り、第一の部隊がチャンカ軍へと向かっていった。


 同時にチャンカ軍の前線部隊もクスコ軍へと向かってきた。

 しかし二つの大軍隊が衝突するかと思われたとき、チャンカ軍はクスコ軍の正面まで突き進まずに左右に分かれて走り出したのだ。

 驚いたクスコ軍がチャンカ軍を追う。まるでクスコ軍をからかうように、チャンカ軍はひたすら左右に走り去っていくではないか。


 アマルは次の合図を送って次の部隊を出発させた。

 同時にチャンカ側からも第二陣が送り込まれる。このチャンカ兵たちも衝突目前でそれを回避し、左右へと走り去ったのだ。クスコ兵は当然彼らを追う。


 そして第三部隊を送り出したとき、アマルとアポ将軍は敵の作戦に気付いた。

 大きく外側を回りこんできた敵は、残された第四部隊とともに最後尾に待機していたアマルとアポ将軍を目指して集結してきたのだ。走りながら敵は投石器で石を放ち、槍を投げてくる。輿の上のアマルとアポ将軍は格好の標的。

 輿を担ぐ兵士たちと、その周囲の兵士たちは急いで退避するが、敵は大声で一斉に叫びながら嬉々として彼らを追いかけてくるのだった。


『クシを狙え! クシを倒せ!』







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