4、 会見
4、会見
トゥマイワラカが彼の軍を率いて、目指す『太陽の都』の傍までたどり着き、その目前に陣を設けたあと、本来なら彼らの本陣であるアストゥワラカの大陣営の近くに待機しているはずの首領たちが幾人か、彼らの軍を率いて集まってきた。
大首領アストゥワラカは、この戦は様子見であると明言し、都攻めはトゥマイワラカひとりに託したはずだ。その命を無視して集まってきた首領たちの行動をトゥマイは厳しく追及した。
「大首領は各自の持ち場を離れてよいなどと言わなかったぞ。何故勝手に我が陣に合流するのか」
すると首領たちはニヤニヤと薄笑いを浮かべながら言った。
「トゥマイ、おぬしは知っておったのであろう。我らの獲物、あの太陽の都の首領である『皇帝』がすでに逃げ出したあとだったということを!」
確かに、都にたどり着く前に侵略した村で、住人からそういう情報を聞きだした。それを聞いてトゥマイ自身も今回の侵略は思いのほか簡単に済みそうだと考えたのだ。
「大首領は、キータの言う『一本草』の存在を確認するまでは決して侮るなと言ったはずだ。確かにあの都に『一本草』が存在しなければ、赤子の手をひねるよりも簡単に都を手に入れられるだろう。しかし、もしその『一本草』が都にいるとしたら、そいつは逆に我らを滅ぼすほどの勢いを持っているのだ。もしこのトゥマイワラカ軍が滅んだとしても、大陣営とその周辺の護りは不動でなくてはならぬ。そのためにも持ち場は離れてならないのだ」
「トゥマイ、おぬしはあの『老いぼれ』の言うことを本気で信じているのか? 大首領どのにも呆れる。こんなに容易く手に入る獲物を前にして何故我らがそれを黙って見守っていなければならないのか! 涎を垂らしながら阿呆面して見ていろというのか!」
ひとりがトゥマイに詰め寄れば、他の者もそれに賛同する。
「トゥマイ、あのエセ呪術師と、それに惑わされた大首領の言葉を都合よく利用して、手柄を独り占めしようと考えているのではあるまいな。おぬしは甘い汁を吸えるからいい。誰もが憧れた大国をおぬしの軍だけで勝ち取った英雄になれるのだからな。
我らはどうなる? 呪術師に騙され、ただ突っ立っておぬしらが獲ってきた獲物に食らいつくだけのばか者と嗤われるのだ。
それとも裏でアストゥと懇意にしておったか」
下卑た顔で下から覗き込んできた首領の腹を、トゥマイは膝で思い切り蹴り上げた。
男が一瞬宙に浮き、仰向けに転がった。
トゥマイは転がった男の頭上に回り、その額を踵でぐりぐりと踏みにじる。男はトゥマイの脚を掴むが強靭な脚はびくともしなかった。男を踏みつけたまま、トゥマイは首領たちを見回した。
「よかろう! 一緒に前哨戦に加わるが良い! 大首領の指示を無視してまでこの戦に加わったのだ。もしも勝ち取れなかったときの代償はその命を捧げてもなお余りあるほどに大きいと思え!」
トゥマイの脅しなどまったく聞いていないかのように、首領たちは声を上げた。
「おうさ、これは祭りの余興じゃ! この東の地に君臨した大国との決戦を『演じる』のじゃ! 崩壊寸前の彼の国に入城する栄誉を得たいものは誰もが参戦できる!」
「まてまて、歯向かうことも知らない敵に勢いづいて大事な都を踏みにじってはならぬぞ」
「そうだぞ。あまりにも血気にはやったものが多すぎる。己の獲物を己の足で踏み潰さぬようにな!」
そう言って、首領たちは甲高い笑い声を上げた。馬鹿騒ぎに呆れてトゥマイの脚が緩んだ。脚の下の男はトゥマイを押し退けて立ち上がり、その乱痴気騒ぎに加わる。
「奴らも必死ぞ。わしは見た! 奴らは都を護るために遮るもののない丘に大岩を立て防御壁にしようとしたようだが、うまく立てられずに何度も倒しておった。ようやく出来上がった防御壁はこれまた隙だらけ」
「何と憐れな者たちよ。その努力に免じて情けをかけてやったらどうじゃ? つまり戦わずして都を明け渡す方法もあると教えてやるのじゃ」
「それでは余興はどうなる?」
「楽しみは減るが、少なくともトゥマイだけが甘い汁を吸って他の首領の恨みを買うこともあるまい」
首領たちはまた高らかに笑い声を上げた。トゥマイは騒ぎがひと段落するのを待って静かに告げた。
「もちろん、攻め入る前に交渉をするつもりだ。しかし彼らに猶予を与えることが目的ではない。
キータの予言した『一本草』が存在するかどうかを見極めるのだ。わしの最も信頼のおける部下を向かわせる。『一本草』のことを知らない彼らならば、公平な目で敵陣の様子を見るであろう。もちろんその交渉の過程で、彼らに逃げる機会を与えてやることも告げよう。まずはその交渉を行ってからだ」
トゥマイが慎重な態度を見せても、他の首領たちは直ぐ傍にいる弱った獲物をどう調理するかという話題で勝手に盛り上がっていた。
翌日、クスコ郊外のトゥマイの陣から数人の兵士が交渉に送り出された。
トゥマイの側近二名とクスコの言葉を話せる捕虜、護衛の兵士五名だ。護衛のなかには若いアンコワリョの姿もあった。護衛は敵に不審な動きがあれば即刻斬り倒し、側近を護りながら逃げることのできる俊敏な兵士でなくてはならない。これまでのアンコワリョの戦いぶりからトゥマイが適任と判断したのだ。
大柄な男たちが敵陣から都に向かってくるのに気付き、クスコの郊外を護っていた監視は、斧を震える手で構え、及び腰になりながら近づいてきた。
「クスコの首領と話をしにやってきた。案内せよ」
通訳に言われて監視たちは彼らの列の前後に付くと、都まで下っていく狭い道に誘導していった。「何度も倒して苦戦していた」と首領のひとりが嘲笑っていた大岩の砦が左手の土手の上から頭を覗かせている。敵が苦労してようやく造った防御壁であろうが、今集結している大規模な軍が一斉に押し寄せたとき何の意味も為さないであろう。
トゥマイの側近も兵士たちも、敵を憐れに思った。
都までの道は、その防御壁の丘から脇を流れる河に落ち込む崖の途中にかろうじて設けられた狭い道だ。右手の崖下を走る河は高山の雪解け水をたっぷりと抱えこんで、かなり流れが速い。
トゥマイの兵士たちは歩きながらその地形にも目を配り、それぞれが都攻めの作戦を頭の中に思い描いていた。
そして彼らの考えはやはりひとつのところに行き着く。防御壁のある丘に大軍を一気に投入し突破する作戦だった。
都に降り立ち、監視は石造りの壮麗な宮殿まで彼らを率いて行った。
街全体が見事な石の建造物で埋め尽くされているが、中でもその宮殿の美しさは、埃っぽい荒野とそれに埋もれるような土色の泥レンガの建物しか知らない彼らに驚きを与えた。しかもただでさえ光沢のある石壁に何ともいえない輝きを放つ帯が装飾されている。それを見た彼らの思いはひとつになった。
「なんとしてでも、この都を手に入れるのだ」
監視が案内した宮殿の奥の間には、厚ぼったい布を巻きつけた男たちが大勢集っていた。薄いなめし皮か麻布しか身につけない彼らには、その男たちの姿は何とも窮屈に見えた。あのような動きにくいいでたちで戦えるとは到底思えない。
トゥマイのふたりの側近は同時に鼻を鳴らした。
着膨れした男たちの間をぬって、監視は正面の一段高い位置に居る人物の前に彼らを導いた。そこまで彼らを案内したあと、監視は深く腰を折り、その姿勢のまま後ろ足で下がっていった。
周囲の者たちと同じような服装だが、正面の男のそれは特に鮮やかな色合いだ。建物の正面に装飾された帯と同じ輝くものを顔や体に付けている。監視が腰を屈め最大の敬意を払ったことから、おそらくその人物は身分の高い者なのだろう。
しかし彼らの目には、どう贔屓目に見てもひ弱そうな若者としか映らなかった。
トゥマイの側近のひとりが、顔中に刻まれた青黒い刺青の奥から血走った目をぎらつかせて、低い声で正面の若者に告げた。
「この都の首領を出せ」
その言葉をすかさず都の言葉に直して、通訳が怒鳴る。しかし正面の若者は何も答えずにじっとこちらを見据えていた。
「そこの若造、お前の一族の首領はどこだ!」
再び訳された言葉に、若者はようやく口を開いた。
『私がここの首領だ』
側近は通訳を介してその返事を聞くなり大声で嗤いだした。
「ふざけたことを言うな。教えないなら、ここにいる者を適当に捕まえて首領の居場所を吐かせるまでだ!」
側近はその場に集っている厚着の男たちをぐるりと見回した。
たった数人でもその場の者を残らず捕らえられそうに屈強な彼らに睨まれ、その場の空気が凍りつくのが分かった。
トゥマイの側近は周囲を取り囲んでいる、数の上では勝る敵たちが怯む姿を見て快感を覚える。
『ふざけてなどいない。私がこのケチュア族を率いているクシ・ユパンキだ』
若者は、静かにしかし力強い声で繰り返した。それを聞いてまた側近は嗤った。
「お前のような若造が首領とは聞いて呆れる。かつてはこの東の地一帯に名を轟かせたと聞き及ぶ『太陽の一族』は、もうすでに過去の栄光だったのだな。
我らは西の大平原からやってきた『雷の一族』だ。お前らの真の首領は、我らの噂に怯えてとっくに都を棄てて逃げたとも聞いておるぞ。
その若い身で残された一族を率いて最後まで抵抗しようとする気概には感心する。しかし勝ち目のない戦いに挑んで無駄に命を落としても、誰も喜びはしないぞ。
我らは、憐れなお前らに最後の情けをかけてやろうと、わざわざ出向いてやったのだ。これから三日の間に都を明け渡せ。さすれば都を破壊することはしない。四日目の日の出までに此処に残っている者があれば、そのときは一気に攻め入ってひとり残らず殺す。さらにお前らの神殿と守護神に火をかけて焼き尽くしてやる」
宮殿に集う厚着の男たちが一斉に武器を手にした。トゥマイの側近たちも護衛の兵士も同じく武器を構える。互いに見合ったままの姿勢で動かず、宮殿内に緊迫した空気が流れた。
『私はここを去る気はない』
上座の若者が叫び、張り詰めた空気を揺らした。トゥマイの側近は武器を構える敵に身体を向けたまま、顔だけ上座を振り返って言った。
「お前の一存で、民が皆殺しになり、神殿が破壊されることになるのだぞ。よく考えよ」
『この都は太陽神に護られている。そう簡単に攻め落とすことは出来ない』
そう言い切る若者に、今度は正面を向けたトゥマイの側近がまた高らかに嗤う。
「言うことはでかいな。若造。
お前たちが太陽だというなら我らは雷だ。太陽の光を遮り大地を破壊する力を持っている。
この場でお前を討つのも簡単だが、身の程を知らないその度胸はなかなか面白い。そこでやはり三日の猶予を与えてやろうではないか。
しかし四日目の朝になっても同じ態度であったなら、今度は容赦しない。もう少し大人になってよく考えるのだな。クシ少年よ」
側近がそう言い放つのを合図にしたかのように、八人の戦士は武器を収めた。まだ身構えている周囲の者をぐるりと睨みつけて、彼らは宮殿を後にした。
陣に戻ってきた側近と護衛の兵士は、トゥマイワラカに都と敵の様子を報告した。
ふたりの側近はどちらともなく顔を見合わせてほくそ笑んだ。そしてひとりが、にやつきながら報告を始めた。
「まったく、話にもなりません。今奴らを率いているのは、まだ戦など経験したことの無さそうな少年なのです……」
この部族は、成人を年の数で決めるわけではない。戦の経験が多ければ多いほど、それなりの体格が出来、貫禄が生まれる。成人に相応しい貫禄を備えてはじめて大人として認められるのだった。
その判断基準は、敵を威圧するような凄みでもあり、体に受けた傷の数でもあった。
会見した敵側の首領は、そんな彼らから見ればあまりにも清爽で頼りなく、その容貌からおそらく年も若いのだろうと思われた。
「確かに身分の高い者であるようですが、あのような若輩者が率いなくてはいけないとは、ほかに大した戦士がいないという証拠。最後の悪あがきをしているようです。
彼らに希望は残されていませんが、三日間のうちに都を明け渡せば命だけは助けてやることを約束してきました。抵抗したとしても、あの都を手に入れるにはそう時間はかからないでしょう」
側近の報告を聞いていたトゥマイ以外の首領たちが騒ぎ出した。
「トゥマイ、見たことか! それほど手を汚すことなく勝てる戦だ。いまさら作戦などあったものじゃない。折角ここに集ってきたのだ。我らも参戦して楽しむ権利があるぞ」
トゥマイは側近の言葉を信じ、今のところ敵側にはキータのいう『一本草』が存在しないことを確信した。
「そうだな。四日目が明けたら、もっとも攻めやすい丘を全軍で突破することにしよう」
「おそれながら……」
首領たちの意見がまとまろうとしていたとき、隅の方から声が響いてきた。首領や側近がその声の方を一斉に振り返ると、護衛として側近に同行した若い戦士の姿があった。
「なんだ、アンコワリョ」
トゥマイが以前から期待を寄せている若者だ。彼は珍しく下の者の意見に耳を傾けた。
「私は、あの首領に底知れない恐ろしさを感じました。私たちに怯える様子も見せなかった。侮ってはいけないと感じるのです」
「こわっぱのくせに、生意気な口をきくな!」
ようやくまとまりかけた話に水を差した少年に、首領のひとりが声を荒げた。
しかしトゥマイは真剣に少年に問いかける。
「ではどのようにすれば良いと思うのだ?」
「全軍で同じ箇所を攻めるのは危険です。そこで食い止められてしまえば、後がありません。北側の丘だけでなく、あとの三方にも軍を配備するべきです」
「冗談じゃない。それであっさり勝敗がついたら、三方に控えていた軍は何もせずに終わってしまうではないか」
参戦を楽しみにやってきた首領たちにはまったく納得できない話だ。
都をその目で見た側近も首を振る。
「都を挟むように河が流れているではないか。あれを渡っている間に遅れを取るぞ」
誰もが、勝てる相手にいまさら作戦など必要はないと口々に訴えた。
トゥマイは首領たちの意見が正しいと思ったが、アンコワリョの進言にも何かしら引っ掛かるものを感じていた。
しばらく思いを巡らせて、トゥマイはどちらの意見も立てられる方法を思いついた。
「全軍から年若い者を集めて部隊を組織しよう。
ワリョ、そなたがその部隊を率いて後方支援に回れ。配備や作戦はそなたに一任する。若い戦士たちなら今回は活躍の場がなくとも、熟練者の戦い方を見て倣う機会であったといえよう。
一同、異存はなかろう」
トゥマイの意見に異論を唱えるものはなかった。
大役を命ぜられたアンコワリョは満足げに頷き、膝を折ってトゥマイに敬意を示した。
この頃のアンデスの部族には必ず『ふたりのリーダー』が存在するというのが定説です。
チャンカ族もひとつの部隊につきふたりの首領がおり、その部隊が四つあったので、八人の首領が存在したといわれています。
そしてアストゥワラカとトゥマイワラカという名将が主力部隊を率いていたということですが。
この名将のどちらにも活躍させたくて、この物語ではアストゥとトゥマイがそれぞれ別に軍を率いていることにしました。
またふたりのリーダーの役割が組織のなかではどのような分担になっていたのかということまでは不明なので、首領たちはそれぞれの軍を率いていることとしました。




