物語上の地図 この物語とインカの歴史について
(現ペルー南部の地図をもとに作成した、物語上の都市、部族の勢力圏の位置関係です)
(この物語とインカの歴史について)
ここではストーリーとは別に、この物語にインカ帝国の歴史をどう関連づけているのかを解説します。
インカ帝国に興味はあるがよく分からない、またはその知識を持っているがこの物語には矛盾を感じると思う方に読んでいただければと思います。
この物語は、インカの歴史である年代記のエピソードに様々な肉付けをし、ときに大きく歪めて書いているものです。
ですからもちろんファンタジーなのですが、主人公や幾人かの登場人物は年代記に沿って書いていますし、大きな出来事やその経緯は年代記のなかのエピソードをピックアップして書いています。
しかし、クロニカというものは信頼のおける歴史書ではなく、このもの自体にも多くの歪曲が見られます。
まず、クロニカがどういうものかというと、この地にスペイン人がやってきてのち、現地の伝承を文字化したものです。
文字記録のなかったインカでは歴史の伝承は口述や詩歌、キープと呼ばれる縄による表記、織物や土器や建築物の図柄で為されていました。
それ自体を解読することはまだ不可能で、頼れるものはこのクロニカしかありません。
しかし、クロニカは一冊の本ではなく、様々な立場の記録者によって、まったく違う視点で書かれた記録書を総称して呼んだものなのです。
ひとつは、インカを征服したスペインの探検家たちが本国の王に報告するために書いたもの。
ひとつは、現地を統治していたスペイン軍の兵士が調査のために書き記したもの。
ひとつは、スペインの教育を受けたインカ皇族の末裔が、その家系に代々伝わる伝承を書き残したもの。
ひとつは、現地人に改宗を勧めるうえで、その土地の世界観を理解しようとスペイン人宣教師が書き記したもの。
その他、多岐に渡ります。
そしてこのように様々な立場の人が書いたものは、同じ出来事であってもまったく違う内容になってしまっているのです。
例えば、スペイン王への報告書として書かれたものは、現地の文化を野卑なものと蔑んでいます。道徳や秩序の存在しない野蛮な国を征服することに正当性を持たせるためです。
それに反発したインカ皇族の末裔はインカの王室を崇高なものとして書き記します。
しかしここでも歪曲が生まれます。
インカの皇室には派閥があり、筆者は自分の祖先である家系が正統であるとし、歴史の中で王位を争った他の家系は異端だったとします。なかには皇帝の名さえ抹消しているものもあります。
純粋にこの土地の記録を残そうと書かれたものもありますが、やはりその筆者の生い立ちや価値観に左右されていることが多いのです。
そのなかで最も信頼が置けるだろうとされているのは、スペイン人の少年記録者ペドロ・デ・シエサ・デ・レオンの書いたものです。
(逆に、このクロニカが書かれた背景自体が歴史であり、そういう目で読んでみると興味深いこともあります。)
インカの歴史研究は、この膨大な数の年代記を照らし合わせて共通項を見つけ、さらに権力の影響を受けていない中心地から離れた地方部族の伝承も加味した上で真実に近いものを見つけ出していく作業です。
そして考古学者や人類学者はその裏づけをするために実際に現地を調査、発掘し、出土品を鑑定するのです。
この調査の結果次第で、ついこの間まで定説であったことが突然覆されるということもあるのです。
この物語は、それらを比較研究している歴史学者の著書を参考にしながら、この『世界の中でももっとも曖昧な歴史』を逆手にとって、自分なりの空想歴史を創り上げたものです。
数年後にはまったく事実無根の空想ファンタジーになるか、逆にこの中に書いた事実が証明されるなんてこともないともいえません。(ない可能性のほうが限りなく大きいですが)
実際、この物語のクライマックスである『対チャンカ戦』が現在の最新の考古学研究で『そういう事実はなかった』とされていることを最近知りました。
これまで『インカ対チャンカ戦』については、多くのクロニカがこの伝承に触れていて、この説は不動だと思われていたのです。
価値観や生活様式の大きく違う地域の歴史を、現代の日本人が理解できるような物語にするには、やはり無理があり、背景はインカでありながらもどこかで戦国時代の日本のような物語になっていると思います。ライトノベルでは馴染みのある中世ヨーロッパ風も入っているかもしれませんね。
恋愛感はまさに現代の日本の感覚。
インカの歴史と南米という土地を背景に借りながらも、ストーリーは今現在の人が理解できるエンターテイメントです。
なかにはいくつか
確信犯的な歴史歪曲があるのをここで断っておきます。
多くの方には、馴染みのない歴史なので誤解を与えてしまうといけないので。
まずクロニカのなかでは主流とされる説(実際に記録に残っている事柄)から引用した事項は、
●クシがビラコチャ帝の嫡子三男であること。
●妾腹の子ウルコが一時後継者となったこと。
●クシが泉で神託を受けたこと。
●ビラコチャ帝がウルコとともにクスコを放棄したこと。
以降、チャンカとの衝突についても引用した様々なエピソードがありますが、ここでは記しません。
逆に明らかに矛盾を承知で作った設定は
●インカには年齢を数える習慣がなかったこと
(年齢を記さないとキャラクターのイメージができないため、年齢を記しました。しかしクシが二十歳前後であったことは記録にあります)
●黄金は皇帝しか身に着けることができなかったこと
(貴族の証の耳飾りの素材は様々だったようですが複雑になるため、ここでは合金の含有量の違いで身分を分けるという設定にしました)
●その他行事の詳細や生活様式は不明な点が多く(不手際で調べ切れなかった部分も多く)、作者の空想が相当混じっています。
クロニカによっては、この物語のもとになったエピソードをビラコチャのものだとしている物もあり、この歴史的記録の混乱ぶりが覗えます。
その他インカの豆知識は
前作の『稲妻と星の花』の中に解説を添えてありますので、興味のある方はそちらをご覧になってください。
http://ncode.syosetu.com/n3488t/17/
http://ncode.syosetu.com/n3488t/32/
http://ncode.syosetu.com/n3488t/40/