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4、 異端の呪術師 (その1)



4、異端の呪術師




 眩しさに眼が慣れるには、相当時間が必要だった。

 光は突き刺すように感じられているが目を開くことができない。これではまるで盲人だ。暗闇の中のほうがよほど自由に動けると老婆は思った。

 彼女を監獄から引き出した役人に縋りつくようにしてよろよろと這い出す。足腰も弱り、まともに歩くことができない。


『いまさら、何を……。さては、大首領はとうとう我を生贄とすることに決めたか……』


 それなら何と有難いことだろう。何年も暗闇の中で生かされていることは耐え難い屈辱であった。ようやく神の元へと行くことができるのだ。


「もう容易に歩くこともかなわん! 我を抱えてさっさと神殿へ連れて行き、一息に心臓を抉っておくれ!」


 老婆は自由にならない脚に苛立ちながら怒鳴った。


「神殿? お前は大首領さまから思し召しがあったのだ。これから軍の遠征先の大陣営へと向かう」


「なんと? いったいどういうことなのじゃ!」


 役人に縋りついた手に力を込めて、叫んだ。


「軍はいよいよ、遠征の最大の目標である東の大国の領土へと近づいた。大首領さまは決戦を前にして、大呪術師キータの予言を聞きたいと申しておる」


「我の言葉を不吉だとして、牢獄へ閉じ込めたのは誰じゃ!」


 怒鳴った途端に縋りついた手が離れ、そのまま正面から倒れこんだ。

 先ほどの役人と数人の兵士が寄ってきて、老婆……キータの両脇を抱え引き起こすと、そのまま宙に吊り上げ、兵士たちの担ぐ輿の上にその身体を放り投げるようにして乗せた。

 輿の上にうつ伏したまま手を這わせて周囲をまさぐり、輿のへりと思われるところをぐっと掴んだところで、輿を担いだ兵士たちが一斉に立ち上がったため、キータは輿から振り落とされそうになった。

 手に渾身の力を込めて何とか耐えたものの、動き出した輿はまるでキータを振り落とそうとするかのように大きく上下する。


 暗い牢獄に入れられ、何年も忘れ去られていたかと思えば急に牢から引き出され、こんな不安定で硬い板の上に乗せられ、見ず知らずの土地まで連れて行かれようとしている。

 かつて一言で国の行く末を左右するとまで言われた呪術師は、己の惨めな姿を嘆き、数々の危機を救ってやった恩も忘れて奢り高ぶる己の主を呪った。


 それからキータを乗せた輿は一日中休まずに進み続けた。

 輿を担ぐ兵士たちは交代で任を外れ歩きながら干し肉をしゃぶり、腰に提げた小さな土器の水で喉を潤す。輿の上に括りつけられた土器の水と、ときどき輿の上に投げられる干し肉と干し芋がキータの食事だった。しかし目が不自由なことと、掴まっていないと振り落とされそうな輿の上では、それらをまともに口にすることなどできなかった。

 夕暮れになると兵士や役人たちはようやく歩みを止め、野営を敷いて休んだ。キータが輿の揺れから解放されたのもつかの間、朝はまだ夜も明けないうちからたたき起こされ、また輿の上の生活が待っていた。


 そうして何日が過ぎただろうか。

 輿が目的地に着いたときには、酔いと疲れ、また牢獄よりもまともに食事を取ることもできなかったせいでキータはげっそりとやつれ、自ら輿を降りることさえできないほど憔悴していた。

 しかし何日も、遮られることのない太陽の光を浴び続けていたお蔭で、陽光には慣れ、何とか目を開けることができるようになっていた。


 そこは、そそり立つ岩山に縋りつくように無数の天幕が張られた軍の大陣営だった。ほぼ垂直に切り立つ岩山の周囲を囲うように白い天幕が張り巡らされている。天幕は岩山に続く通路の両側にびっしりと張られているが、その中央通路だけは広く開けられていて、真っ直ぐに岩山の裂け目へと続いていた。

 裂け目の入り口の両側にいかつい風貌の戦士が立っていて、鋭い目線で絶えず周囲の様子を窺っている。その中がこの陣営の中で最も重要な場所であることを示していた。


 中央通路の正面に輿が下ろされるやいなや、素早く大柄の兵士が寄ってきてミイラのように干からびた老婆を軽々と肩に抱えた。彼は老婆を肩に担いだまま早足で岩山の裂け目へと入っていった。裂け目の両脇を守っていたあのいかつい二人が、キータを抱えた兵士が通り抜けるとき、すっと硬直して頭だけを深く垂れた。

 

 岩山の裂け目は迷路のような細い路地を作って奥へ奥へと続いていた。

 やがてその迷路の果てに周囲を岩壁に囲われた丸い空間が現れた。

 かなりの広さがある。周囲は見上げるほどに高い岩壁だが、遥か上に見える青天井から差し込む陽の光は、四方の岩壁に反射しながら、やわらかい光となって底のほうまで届いていた。


 丸い広間の正面、通路の反対側に一段高くなった岩棚があり、舞台のようなその岩棚の中央には一脚の木製の椅子が置かれていた。反射した日光がちょうど交差して明るく浮き上がらせているその椅子は、背もたれや肘掛に精緻な彫刻が施され、ところどころに美しく輝く石が埋め込まれている立派なものだった。

 老婆を抱えてきた兵士は広間に入った途端、彼女を放り出し、彼もそれを護衛してきた兵士たちも、『玉座』の置かれた岩棚からかなり距離を置いた場所でぴたりと立ち止まり、正面に向かって一斉にひれ伏した。


 キータはすぐに、正面のその椅子に座るべき人物に察しがついたが、敢えて知らない振りをして叫んだ。


「いったい、ここはどこじゃ! 私に何をさせようというのじゃ」


 

 椅子の背後の岩壁の向こう側からひとりの男が姿を現した。正面の岩壁の向こうにも狭い空間があるらしい。

 キータはまったく物怖じなどせず、玉座の置かれている岩棚の直前までずりずりと這い寄って行くと、声を張り上げた。


「アストゥ! そなたはこの婆にいまさら何を求めるのじゃ! 我の言うことなどに耳を貸さず、己の思うまま侵略を続けてきたのであろう! いまさらこの婆あの言うことなど訊いて何になる。そなたの邪魔になるのならさっさとこの心臓を抉って神に捧げるが良い! そなたの所業の数々に憤っておられる神のお心を多少和らげて差し上げられるじゃろうて!」


 顔を真っ赤にして獣のように咆哮するキータを見て、アストゥと呼ばれた男は右手の甲を口に当て、くっくと声を押し殺して肩を震わせた。

 身体を少し丸めてはいるが、その体躯は岩壁に囲まれた狭い空間では非常に窮屈ではないかと思うほどだ。身につけた麻の上衣と短い腰巻がはち切れんばかりにもり上がった筋肉は、ただでさえ大きな身体をさらに拡張して見せている。見事に鍛えられた身体の表面はほとんど青黒い刺青が埋め尽くしていた。

 アストゥは俯き加減で笑いを堪えながら玉座の前に回り、そこにゆっくりと腰を沈めた。堪えていた嗤いが落ち着くと、矢張り青黒い刺青で覆われた顔を上げて、真っ直ぐキータの方を向いた。


「相変わらずじゃな、おばば。長いこと幽閉されていたとは思えぬ達者ぶりじゃ。変わらぬ闊達さに胸を撫で下ろしたぞ」


「茶化すではない! 我があの牢獄で干からびて死ぬるを望んでいたのはそなたではないか!」


「あれは余計な波風を立てぬために、仕方のないことじゃった」


「仕方がなかった? 神のお告げをそのまま伝えた我を捕らえるとは、神の御心に背いたのと同じことじゃ! 不届き者めが!」


「神のお告げを聞く者なら、ほかにもたくさん居る。わしはあのとき最もわしの意に叶う占いを信じたまでだ」


「なんと。そなたのご機嫌伺いをして神のご意志とは違うことを口走った者を信じたのか」


「信じるかどうかは問題ではない。

 キータはあのとき、侵略戦争を止め古来から続く土地で狩猟民族として生きるのがよいと申したな。しかし考えてもみよ。我が一族は最早、大昔のように狭く痩せ細った土地で細々と狩猟を続けて生き抜いていけるような規模ではないのだ。この大部族のすべての者の生活を保障するためには、新たな土地の開拓は必須。そして我らがもっとも理想とする土地は東の果てにあるのだ。我らがその理想郷にたどり着くためには、その過程に立ちはだかる部族たちを屈服させていかねばならない。

 おとなしく滅びるのを待つのであれば、他部族の人間の命と引き換えにしてでも我らが生き延びる術を手に入れるのが必定であろう。

 これから国を挙げて東の征服に臨もうとするときに、戦士たちの士気をくじくような予言をされては困るのでな。しかもそれが聞こえの高いキータの言葉となればその影響は計り知れぬ。混乱を防ぐために、キータの気が狂れて口走ったことだとするしか方法はなかったのだ」


「それなら最後まで貫き通すが良いではないか。何をいまさら弱気になっておる!」


 キータの言葉にアストゥは急に険しい表情になった。


「素直に謝ろう。当時、わしの意にそぐわぬ予言をしたからと、偉大な呪術師を投獄したのはまったくの浅慮だった」


「ほほぉ。偉大な大首領さまがどうなされた? さては東の大国の正体を知って急に怖気づいてしまわれたのか?」 


「そうかもしれぬな」


 あっさりと自身の非を認めた大首領にキータは脱力し、逆に弱気を見せる大首領を不安げに見つめた。


「これまでは我らに敵う敵はいなかった。どんなに無様な戦い方であっても簡単に打ち負かすことができてしまった。しかしそれが仇となって下級の兵士までもが戦いを舐めてかかるようになってしまったのだ。

 東の大国は今までの部族とは雲泥の差。心して掛からねばこちらが滅びることになろう。しかしどの戦士にもその危機感はない。さらに呪術師たちの口にする言葉は皆同じ。『この戦いはわれらが圧倒的に有利である。怖れることはない』とな。

 奢り高ぶって戦いに臨めば我らは負ける。東の大国が今までとは違うこと。心して戦いに臨まねば勝てる見込みはないということを戦士たちに分からせたいのだ。

 今こそキータの助言が必要だ。東の国の領土に入る前に首領たちを招集し、その場で大呪術師の先読みをお聞かせ願いたい。このとおりだ」


 アストゥ……アストゥワラカという男はただ大部族の頂点に君臨して奢り高ぶるだけの男ではない。

 冷静に物事を判断し必要なときには下々に頭を下げることも厭わない。要は、部族が繁栄するために彼が何を必要と考えるかが重要なのだ。絶対的な自信を持つこの男の前では、神さえもその意志を変えてしまうかもしれない。

 キータを投獄した理由は先ほどの通りなのだろう。部族の発展の支障となるのであれば時に冷酷に味方を切り捨てる。しかしこの先この呪術師が必要となることも見通していたに違いない。だから人目から遠ざけはしても餓死させることはしなかったのだ。己の過ちであったと口にはしているが、すべてアストゥの思惑どおりに運んでいるのであろう。

 キータは神から受託した言葉をそのまま伝えることが使命であれば、アストゥはその情報を操って星の数とも知れぬ戦士たちの進むべき方向を指し示すことが使命なのだ。



 思いを巡らせてその考えに至ったキータは、真っ直ぐにアストゥを睨み、ゆっくりと頷いた。


「分かった。次の(さく)(新月)の晩に先読みを行おう。しかし今回はすべての首領が聞いておる。我は神の御言葉を伝えるのみじゃ。一度申したことは決して取り消すことはしないぞ。それでも良いのじゃな」


「ああ、勿論だ」





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