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4、 鷹の砦 (その3)




 クシが最後に訪れた農村は、都に程近い緩やかな丘の中腹にあった。

 その村はウルコの所有する土地であり、クシが帰還したときに見かけた、都の西側にある廃村から移住させられてきた農民たちが住んでいた。


 彼らが必死で働いて得る収穫は、彼らの生活を最低限賄うための量だけを残し、あとはすべて宮殿に納めなくてはならないのだ。

 働いても働いても彼らの生活が潤うことはない。

 人々の目は皆生きる意欲を失っているかのように澱んでいた。その心を反映するように村も畑も荒れ、良い収穫が得られるようにはとても見えない。

 前年にはそれまでにない不作となり、僅かに収穫できた作物はほとんどが宮殿に取られてしまったのだ。


 何に困っているのか何が必要かなど、誰も答えることはできない。それ以前に人としての生活を送ることができていないのだから。

 どの村人も、ただ元の村に帰りたいと繰り返すだけだった。

 


 クシは解決策を探すため、彼らが以前暮らしていた西の谷の村を訪れた。

 廃村には草がはびこり、手入れのされない木々は自由に枝を拡げて生い茂っている。

 しかし昔丁寧に耕されていた土はまだよく肥えているらしく、その上に生える雑草はたっぷりと栄養を吸い取ってほかの場所よりも大きく生長していた。


 クシは雑草を掻き分けて、その土地の様子を丁寧に観察した。

 前に作られていた作物が種を落とし、人がいなくても自然のままに生長し、雑草の合間に実を結んでいた。前年に実った立派なとうもろこしの残骸がいたるところに転がり、土の中からはまるまるとしたじゃがいもが出てきた。


 クシはそれらをいくつか手にして宮殿へと向かった。


 突然訪ねてきて、至急謁見したいと申し出たクシに、不愉快極まりない様子でウルコは応対した。


「いったい、今度は何だというのだ。そなたが勝手に始めたことに私が責任をもつ必要はないぞ」


 口を尖らせてふんと息を吐き、ウルコは他所を向いていた。


「祭壇の建設のことではありません。

 私は偶然にも郊外によく肥えた土地を見つけたのです。そこは、今は廃村となっている場所ですが、このように立派な作物が自然と実っていました。

 今は打ち捨てられた土地ゆえ、是非私に譲っていただきたい。そこを開拓してどれほどの実りが得られるのか試してみたいのです」


 そう言って、採ってきた作物を差し出した。

 その話にウルコは途端に顔色を変え、クシを睨みつけた。


「それはどの場所か?」


「西の谷間の一角にある土地です」


「そこは今私の土地で働いている農民が暮らしていた場所だ。今の畑は昨年より不作が続いている。元の場所がそのように肥えているのなら、今度はそこをわが土地として農民を戻し、収穫を得る。そなたに譲るつもりはない」


「殿下、失礼ですが、それではおそらくその土地もまた不作となるでしょう。

 今、殿下の土地が不作となっているのは、土地と民を育まずに摂取することだけを考えてきた結果です。土地に十分な肥料を与え、年月をかけて育まなければ収穫を得ることはできません。民の心も同じ。奪い取るばかりではやがて民も土地も弱っていき、作物を育てることができなくなります。作物が実らなければ、やがてわれわれも生きることができなくなります」


 ウルコは「ばかな」とクシの話を嗤いとばそうとしたが、今の所有地の不作は深刻であり、クシの話を聞き流すことができなかった。


「私はあの土地の収穫を自分のものにしたいわけではありません。どのようにしたら豊かな実りを得られるのか実験をしたいのです。ですからあの土地を復興させて収穫が得られることが分かれば良いのです。殿下の土地の民を元に戻し、再び開墾させていただきたい。民の生活が安定し実りが得られれば、その一角に国の土地を指定しそこの収穫は殿下に納めさせていただきます。

 不作の続く殿下の土地を持ち続けるより確かな収穫が得られることでしょう。

 どうか私の腕試しのために、あの土地と民を私に託していただきたいのです」


 ウルコはクシの表情に、何か後ろ暗い気配がないかと探った。

 しかし真っ直ぐに向けられたその目は真剣そのもので、この弟は、自分の力を試したいというまったく愚直な理由でそれを申し入れたに過ぎないのだと思った。

 今の所有地ではいつ収穫が途絶えてしまうか分からない。クシが面倒を肩代わりして新しい土地で収穫を得、その一部を差し出すというのだ。いつ収穫が途絶えるか分からないと不安を募らせているくらいなら、クシにすべて預けてしまうほうが都合良い。うまくいかなければ責任を負わせて排斥してしまえばいいのだ。

 ウルコはにんまりとして答えた。


「それではやってみるがよい。貴重な労働力を託すのだ。かならずや結果を出してもらおうではないか」


 

 こうしてクシはウルコの土地の農民たちを元の村に帰すことに成功したのだ。そして近隣の村から少しずつ集めた作物の種や肥料を彼らに与えた。

 農民たちは懐かしい土地に帰った途端に働く意欲を取り戻し、荒れ果てた村を再生するのにそれほど時間はかからなかったのだ。





 クシの地道な努力が実り、植え付けの時期が終わると、あちこちの農村から砦の工事に協力しようと大勢の男たちが集まってきた。

 農夫たちが石切り場から石を切り出して運び、石工たちがそれをきれいに削ると、すぐさま別の農夫たちによって砦に運ばれて積み上げられる。

 持ち場を分担することで作業は驚くほどの速さで進んだ。

 砦は、技術者たちが見積もっていた時間よりもずっと早く完成しそうだ。


「クシ皇子、驚きました。まさかこのように順調に進むとは。なかなか皇子が工事に携わろうとなさらないので、一年で完成させることを諦めてしまわれたのかと思っておりました。

 この調子なら、半年で計画していた部分が出来上がります」


「そうか、それは良かった。

 あの若者たちもいつまでもこの労働に従事してもらうわけにいかないからな。畑の収穫が始まる時期までに完成させねばならない。

 しかし、計画した部分が完成しても、都を守るためにはまだまだ不十分なのだ……」


 砦の改築は、クスコを改変させようとするクシの壮大な計画の一端に過ぎなかった。しかしこの工事の成功が彼の構想を実現させるための大きな足がかりとなるのだ。


 複雑な形の要塞は、完成が近づいてくると、クスコの街を見守る雄々しい龍のように見えた。クシが出まかせでウルコに告げた『祭壇』というのもあながち嘘とは思えない。


 ウルコは遥か向こうの丘の上で賑やかに行われている工事が自分の為のものだと思いつつも、その中心に常にクシがいることが面白くなく、恨めしそうにその建物を眺めた。

 クシが大勢の働き手を集めてきたことにも危機感を感じていた。


「何故かあいつは人を集めるのがうまい。もしもあいつが反逆を企てたとしたら、大勢の者があいつに味方して私に勝ち目はないだろう。なんとかしてあいつを都から追い出さなくては危険だ」


 ウルコの猜疑心は、『祭壇』が完成に近づいてくるにつれ大きく膨れ上がっていった。









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