王子「この”こんにゃく”を破棄する!」
「聞け、エリアナ・コンジャック! 私はこの”こんにゃく”を破棄する!」
王城の贅を尽くした大広間。社交界の華やかな音楽が流れる中、第一王子であるオーディンは、婚約者によって目の前に差し出された純白の皿を睨みつけ、わなわなと身体を震わせながら宣言した。
「私は絶対にこの”こんにゃく”を認めない!」
その鬼気迫る叫びに、音楽がピタリと止まり、会場の視線が一点に集まった。
皿の上にあるのは、黒光りする塊――『こんにゃく』であった。
今回のパーティーの主催者であり、オーディンの婚約者でもある侯爵令嬢エリアナ・コンジャックは、優雅に扇子で口元を隠し、困惑したように小首をかしげた。
「おや、オーディン殿下。私お手製の、丹念にアク抜きをした最高級のこんにゃく刺身ですわよ? わざわざ特製の辛子酢味噌も添えておりますのに、何がご不満なのです?」
オーディンは忌々しそうに皿を遠ざけ、声を大にして叫んだ。
「何がご不満かだと!? ふざけるな! 私にこんな『味のないゴムの成れの果て』を食わせる気か!」
「ゴムの成れの果て……?」
「そうだ! 私は何度も食べたことがある! このぷるぷるとした艶めかしい見た目に騙され、口に入れた瞬間、口内に広がるのは圧倒的な『無』! 噛めども噛めども味はせず、ただキュッキュと歯茎を不快に刺激するだけのゴム! 一体どこに旨味があるというのだ! カロリーがない? 栄養がない? そんなものは食材としてのアイデンティティの完全な放棄だ!」
オーディンは熱弁を振るいながら、腰に帯刀していた黄金のサーベルを抜刀し天に掲げた。
「我が名はオーディン・グランディア! 我が国の食卓の平和を守るため、私はここに宣言する! 味覚を欺くこの不審な灰色い塊を――この”こんにゃく”を破棄する!!」
(……ん?)
会場の貴族たちが一斉に固まった。
「えっと……殿下?」とエリアナ。
「婚約破棄、ではなく?」と周囲の側近。
「勘違いするな! 私はエリアナとの婚約を破棄するなど一言も言っていない! エリアナのことは大好きだ! だが――この”こんにゃく”だけは絶対に許さん!!」
オーディンは本気だった。
彼は黄金のサーベルを構えると、皿の上のこんにゃくを細かく刻もうと――。
「殿下。少々、お耳の貸し出しを」
「なんだエリアナ、私の食のこだわりを否定する気か!」
「いいえ。あなたは『こんにゃくの食べ方』を誤っていらっしゃる。……いいですか、こんにゃくというものは、そのまま素材の味で勝負するような愚直な食材ではありませんのよ」
エリアナの瞳が、なぜか美食の神でも憑依したかのようにキラリと輝いた。
「こんにゃくの真骨頂は、『どんな味付けにも染まる万能さ』と、『表面積を増やす隠し包丁の芸術』にあります。しっかりと格子状に細やかな切れ目を入れ、豚の脂と昆布出汁、そしてたっぷりの根菜と共にコトコトと数時間煮込んでみなさい。細かな切れ目のすべてに濃厚なお肉の旨味と脂をたっぷりと抱え込み、噛み締めた瞬間に、絡みついた出汁がみずみずしくじゅわっと口いっぱいに溢れ出す……! それこそがこんにゃくの真の姿ですわ!」
「な、なんだと……?」
「さらに、ピリッと甘辛く炒りつけた『ピリ辛こんにゃく』であれば、白米が何杯でも進む最強のおかずになります。それを『味がないから』という理由だけで、一切の調理の可能性を無視して破棄するなど……! 我が家の料理人に対する冒涜であり、食材への大罪ですわ!!」
エリアナのあまりの圧に、オーディンは「ひっ」と情けない声を漏らし、一歩後じさった。
「そ、そんな食べ方があったとは……。だが、しかしだ! 私はこれまで食べたこんにゃくのせいで、トラウマが――」
エリアナはため息をつき、パチンと指を鳴らす。すると、どこからか湯気がもうもうと立ち上る土鍋を持った使用人が現れた。
彼女がフタを開けると、そこには黄金色の出汁に浸かり、しっかりと味が染み込んだアツアツのおでんが顔を出す。
中には、丁寧に隠し包丁の入ったぷるぷるのこんにゃくが鎮座していた。
「ほら、殿下。一口、お食べなさって」
「うっ……」
「食べればわかりますわ。さあ、あーん、ですのよ」
「あ、あーんって、私は王子だぞ!?」
「いいから、あーん」
有無を言わせぬ圧力に負け、オーディンは恐る恐る口を開けた。エリアナが箸で挟んだこんにゃくが、彼の口へと運ばれる。
――モグモグ。
大広間の全員が、固唾を飲んで王子の表情を見守った。
オーディンの目が、カッ! と見開かれた。
「こ、これは……!!」
出汁の旨味がじゅわっと広がり、噛むたびに染み出してきたコクと絶妙な弾力が、彼の舌の上で最高のハーモニーを奏でている。味がないどころか、旨味の塊と化していたのだ。
「うまい……! うまいぞエリアナ!! これが本当のこんにゃくだというのか!?」
「ふふ、お気に召していただけたようで何よりですわ」
エリアナは誇らしげに胸を張り、すっと微笑んだ。
こうして、こんにゃくへの誤解と偏見を完全に破棄したオーディン王子は、その後すっかりこんにゃくの虜となり、王国一の愛妻家兼おでん愛好家として、『おでん王子』の愛称で民たちに慕われたという。
aiちゃんはおでんの大根になりたいそうです。(おでんの主役にふさわしい風格があるから)
※この作品はaiちゃんとの共同作品です。




