SF作家のアキバ事件簿264 ミユリのブログ 空白には君がいる
ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!
異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!
秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。
ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。
ヲトナのジュブナイル第264話「ミユリのブログ 空白には君がいる」。さて、今回は異なる世界線同士をつなぐ"人間スマホ"の物語。
"人間スマホ"役のタイムマシンセンター所長が錯乱し、人質をとってセンターに籠城。包囲した警官隊は突入を試みますが…
お楽しみいただければ幸いです。
第1章 スピアの前説
今日は、ブロデの話から始めるわね。
彼は、タイムマシンセンターの新しいオーナー。
そしてラレクは、私たちとは別の世界線…
太陽が3つある星に住んでる、テリィたんの親友。
…ね?
ブロデとラレクって、
どことなく似てると思わない?
実は、別の世界線にいるラレクは、
そのままじゃ秋葉原の私たちと話せない。
だから、ブロデを"人間スマホ"代わりに使って
私たちと会話してるの。
誰かお願いだから、世界線同士を直接つなぐスマホを早く発明して。お願い。
さて。
秋葉原で"覚醒"した私たちスーパーヒロインは、
いつか"母なる世界線"へ帰る運命にあるらしい。
アレクを殺した犯人の目星もついて、
私たちはようやく事件を乗り越えつつある。
そう思っている。
でも、本当の始まりは、そのあとよ。
数週間前。
テリィたんが突然"母なる世界線"で
生きていた頃の記憶を思い出す。
それも、アレクが死ぬ前の記憶を。
その記憶には、まだ誰も知らない真実が眠ってる。
そして…
それが、すべての鍵となったの。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
パーツ通り。タイムマシンセンター。
展示室に古い計測器やタイムマシンの模型が並ぶ。
パネルのランプが規則正しく明滅している。
僕は、口笛を吹きながら歩き、
館長室の扉をノックする。
「ブロデ館長、いますか?」
「やあ、テリィたん」
扉が開く。
ブロデは、いつになく人懐っこい笑顔だ。
「ミステリーサークルの資料整理、
今日でしたよね?」
「ああ、そうだった。
でも、今日はもう上がって良いよ」
「まだ勤務が3時間もありますけど?」
「いつになく真面目だなあ。
少しくらい仕事を忘れても世界は終わらない」
困ったように笑う。
「じゃあ頼むかな。
展示室の天体観測機器が1台、停止中なんだ」
「了解です」
僕は、工具箱を持って展示室へ向かう。
扉が閉まる。
ブロデの笑顔が、すっと消える。
机の引き出しから、無数の電極と細いアンテナが伸びた奇妙なヘルメットを取り出す。
静かに頭へかぶる。
端末へケーブルを接続する。
モニターが青白く起動する。
「AI。誘拐シミュレーション。
バージョン1.50を開始」
視界が暗転する。
サイバー空間。
立体映像となったブロデ自身は、
黒い空間に立っている。
20XX年11月25日 14時24分
「このあと、僕は失踪する。
3日間、誰にも見つからなかった」
静かな声でつぶやく。
「思い出せ…」
空間が揺らぐ。
「シミュレーション1.60」
景色が切り替わる。
薄暗い部屋。
鉄の壁。
タイムマシンというより、
巨大な倉庫のような空間だ。
ブロデは、辺りを見回す。
「ここだ……。」
ゆっくり歩き始める。
「僕は、確かにここにいた」
目を閉じる。
「僕1人じゃない…
AI、人物データを追加」
六つの人影が霧の中から現れる。
男が3人。
女が3人。
輪郭だけがぼんやり浮かぶ。
「違うな……。」
ブロデは、1人ひとりの位置を修正していく。
「僕はここだ」
椅子が現れる。
「左隣には…幼女?」
幼女の姿が浮かぶ。
「ニコル」
幼女の顔が鮮明になる。
ブロデの鼓動が速くなる。
「そして、テーブルの一番奥には…」
最後の人物が姿を現す。
ブロデの表情が凍る。
「…テリィたん?」
息を呑む。
「なぜ君が、ここにいる?」
その瞬間。
画面いっぱいに
MEMORY OVERFLOW
赤い警告が点滅する。
"メモリー不足。
シミュレーションを停止します"
「ダメだ、停止するな!」
ブロデは叫ぶ。
「オーバーライド。続行!」
ヘルメットから火花が散る。
激しいスパーク。
「ぐああああっ!」
頭を抱えてフロアへ転げ落ちるブロデ。
館内の照明が一斉に消える。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
展示室。
工具を持った僕は、突然の暗闇に立ち尽くす。
次の瞬間。
タイムマシンセンターだけではない。
アキバ全域の灯りが、音もなく落ちる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
懐中電灯の明かりだけを頼りに、
僕はタイムマシンセンターの廊下を歩く。
配電盤を開ける。
ヒューズを1つずつ確かめる。
けれど、どれも切れていない。
「おかしいな」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その頃。館長オフィス。
ブロデは引き出しを開ける。
中から取り出したのは、
銃口がラッパ型に開いた見慣れない銃。
音波銃。
その銃身を握りしめる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
背後から足音。
僕は、振り返る。
「原因はヒューズじゃないわ」
僕の"前世の妻"ティルが立っている。
手には、小さな紙袋。
「秋葉原中が停電してるもの」
「ティル?」
ティルは微笑んで、紙袋を差し出す。
「これ、テリィたんに」
「僕に?」
「開けてみればわかるわ」
「でも、どうして?」
「別に。お祝い」
「お祝いって、何の?」
「理由がないとプレゼントしちゃダメ?」
袋の中を覗く僕。
「ユニKARAでTシャツが安くなってたの。
黒いVネック。テリィたんに着てほしくて」
僕の顔を見る。
「でも、無理しないで。
気に入らなかったらカレルにあげるから」
「待ってよ、ティル」
振り向くティル。
「何?」
「ごめん。ありがとう」
紙袋を受け取る。
「とても嬉しいよ。」
ティルが、にっこり笑う。
僕は、非常用電源のスイッチを探す。
「さてと。灯りを戻そう」
スイッチを入れる。
タイムマシンセンターに照明が戻る。
その瞬間。
暗闇の奥から、ブロデがゆっくり歩いてくる。
「なぜ僕に嘘をついた?」
「ブロデ?どうしたんだ?」
ブロデは答えない。
真っ直ぐ僕を見つめている。
その目だけが、異様に冴えている。
「君は…時空漂流者だな?」
「何を言ってるんだ?」
「とぼけても無駄だ」
1歩近づく。
「乙女ロードで会っただろう?」
「僕と君が?まさか執事喫茶でか?」
「ふざけるな。他の時空漂流者たちもだ」
僕は、息を呑む。
「君は…ラレクか?」
ブロデの目が見開かれる。
「そうだ」
口元が歪む。
「それが時空漂流者の名前なんだな?
君がレーンウォーカーでなければ
どうして、その名前を知っている?」
僕は黙る。
ブロデが音波銃を構える。
「ブロデ。音波銃を捨てろ。
僕はスーパーヒロインじゃない。
そもそも男だ。
音波銃は、僕には効かないぞ」
ブロデは止まらない。
引き金を引く。
轟音。
僕は、咄嗟に両手を広げる。
大声で叫ぶ。
「ATフィールド!」
透明な壁が現れる。
音波が弾き返され、配電盤を直撃する。
火花が飛び散る。
ブロデが目を見開く。
「今のは何だ?」
「(僕が聞きたいょ)ATフィールドだ」
僕は、胸を張る。
「ヲタクなら誰でも持ってる心の壁さ。
"人妻新世紀ヲヴァンゲリヲン"見ろよ」
ブロデの顔から笑みが消える。
「やっぱり、君は…」
音波銃を握り直す。
「レーンウォーカーだ」
僕は、ティルを見る。
ティルは、何も言わず僕を見つめる。
手には、さっきの小さな紙袋。
黒いVネックのTシャツが入っている。
場違いなほど平和なプレゼント。
第2章 ブロデの自分探し
「防犯カメラは、非常用電源でも動く」
ブロデはそう言いながら、
PCからディスクを抜き取る。
片手には音波銃。
そのラッパ型の銃口は、
僕とティルから一瞬も外れない。
モニターには、さっきの映像が静止している。
僕のATフィールドが音波を弾き返した瞬間。
「これが証拠だ。」
ブロデがディスクを掲げる。
「何の証拠だよ」
「君が普通の人間じゃないという証拠だ」
マジか?僕は、タダのヲタクじゃないのか?
「望みは何なんだ、ブロデ」
僕は、1歩前へ出る。
「僕が何者なのか教えてくれ。
ブロデなのか。それともラレクなのか」
ブロデの顔から笑みが消える。
「僕は…誰なんだ?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンターの前。
1台の車が停まる。
ドアが開く。
スピアのママがTシャツの束を抱えて降りてくる。
その後ろからション。
同じく両手いっぱいにTシャツを抱えている。
「"サナエ首相は金星人だTシャツ"なんて、
売れるわけないじゃない」
「ただで配っても余るね」
ションは、Tシャツの束を見下ろす。
「情けないわね」
ママが腕を組む。
「それでも売るのよ!
それが企業家精神ってものなの」
「蔵前橋から出てきて
最初の仕事が、これかよ」
「何よ?」
「あ。いや……。」
ションは、Tシャツを抱え直す。
「社会復帰って、もっとこう……。」
「甘いわね」
ママは、胸を張る。
「こうやって私たちはご飯を食べていくの。
絶対にヒットするわ」
「しないと思うけど」
「するの!」
2人の後ろからスピアがついてくる。
「ママ、声が大きい」
「何よ。商売は声が大事なの」
「はいはい」
3人は、タイムマシンセンターへ入っていく。
元・防空壕を改造した建物。
狭い階段を、3人はゾロゾロと地下へ降りていく。
「ほら、この階段だってタダなのよ」
「何の話?」
「家賃」
「そこ?」
地下へ降り切ったところで、スピアが足を止める。
「…あ、あれ?」
その先に、ブロデがいる。
銃口がラッパ型の変な銃を構えている。
その向こうには、僕とティル。
3人の動きが止まる。
「……。」
ママがションを見る。
ションがママを見る。
スピアを見る。
「……。」
「……。」
「……。」
「でも。」
ママが小声で言う。
「後で改めてまた来ましょう。」
ションが頷く。
「そうだね。」
「後でいいわね?」
「うん」
3人は、ソロリソロリと後退する。
「おい」
ブロデの声。
3人が止まる。
「……。」
「待て」
ママが振り返る。
「私たち、何も見てないわよ」
「そうそう」
ションが続ける。
「何も聞いてない」
スピアも頷く。
「私たち、Tシャツを売りに来ただけだから」
「返さないぞ」
ブロデが音波銃を向ける。
「何を?」
ママが首を傾げる。
「そのTシャツだ」
「えっ。」
ママの顔色が変わる。
「全部、買い取ってくれるのね?
安くしとくわ」
「ふざけるな。この時空漂流者め」
音波銃を持ったブロデ。
Tシャツの束を抱えたション。
その横で呆然とするスピア。
地下の元防空壕に、奇妙な沈黙が落ちる。
「…ブロデ」
僕が声をかける。
「今、そんなことをしてる場合じゃないだろ。」
ブロデがゆっくり僕を見る。
「その通りだ。
僕は今、そんなことをしている場合じゃない」
その目が再び僕を捉える。
「僕が誰なのか。それを知るまでは」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「警部、お元気ですか?」
停電したラギィの家をハンソが訪れる。
「どうしたの、ハンソ?」
「実は、大停電で困ってるんですよ」
ハンソは、帽子を脱ぎ、暗闇の向こうを見回す。
「どうやら秋葉原全体の高圧送電線網が
ダメになったようです。
秋葉原中がすっかり真っ暗です。
第3新東京電力より、
南秋葉原条約機構に連絡するべきかなと
思ってるトコロです」
「フルラを呼べば?」
「フルラ?」
「電気工事士の。
以前も修理してくれたでしょう?」
「ああ、あのフルラ」
「SATOじゃなくて?」
「YES」
「どうも」
ハンソは、帽子をかぶり直す。
「それじゃあ、私はこれで」
「待って」
「はい?」
「私は、もう警部じゃないから」
「ああ、そうでしたね」
ハンソは、一瞬考える。
「お世話様です、ラギィ」
「誰がラギィょ」
ハンソは、何事もなかったように部屋を出ていく。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「知ってるはずのない記憶があるんだ」
ブロデがメモリーチップを握っている。
「僕は、ブロデでもあり、ラレクでもある」
僕は、黙っている。
「どういうことなんだ?」
ブロデの声が震える。
「わけがわからない。
だから真実を教えてくれ」
メモリーチップを突きつける。
「そうしなければ、
これを南秋葉原条約機構に渡す」
ションが眉をひそめる。
「一体、何の話をしてるんだ?」
「SFオタクの戯言でしょ。」
スピアのママが口を挟む。
「夏コミ前で頭がおかしくなってるんじゃない?」
「おい!」
ブロデが振り向く。
「勝手に喋るな!」
音波銃が向く。
ママの顔から笑顔が消える。
ションも黙る。
スピアだけがブロデを見つめている。
「わかった」
僕が両手を上げる。
「ブロデ。話すから」
「早いところ喋れ。
僕の頭から、時空漂流者を追い出してくれ」
「じゃあ、私たちはお邪魔でしょ?」
ママがちゃっかり手を挙げる。
「帰っていい?」
「ダメだ」
「ですよね。」
ブロデがガムテープを僕に渡す。
「全員、これで縛るんだ」
「僕が?」
「君がやれ」
仕方なく、僕は3人の手を後ろで縛る。
何とも情けない。
「テリィたん」
スピアが僕を見る。
「ごめん」
「私たち、友達でしょ?」
ブロデが答える。
「スピア。今は友達じゃない」
「…何があったの?」
スピアが悲しそうな顔をする。
そのとき。スマホが鳴る。
暗闇の中に、着信音だけが響く。
「娘に銃を向けないで!」
ママが叫ぶ。
「スマホに出なきゃ」
「ダメだ」
ブロデが即答する。
「出ないと変だと思われるわよ」
スピアが食い下がる。
「今まで電源を切ったことなんて
一度もないんだから」
「……。」
「誰かが探しに来るわ」
ブロデは考える。
「わかった」
スピアのスマホを取り上げる。
「疑われないように話せ」
「何を言えばいいの?」
「今は忙しいと言え」
ブロデは、スマホをスピアの耳に押し当てる。
「もしもし?」
電話の向こうから声。ミユリさんだ。
「スピア?ラテン語のクラス、大変だったの。
何が起こったと思う?」
スピアは、ブロデを見る。
「それよりもね。あのね…」
「姉様。今、ちょっと忙しいの。
「今夜のバイト、遅れそうというか…
行けないかも」
「どうしたの? 何があったの?」
スピアは、一瞬考える。
「考えたんだけど。」
「うん?」
「ペパージャック入りのサンドイッチ、
売れ行きが悪いからメニューからは
外すべきだと思うの」
「え。メニューから外す?」
「そう」
「何の話?」
「だから…」
ブロデが突然スマホを切る。
「もういい」
スピアからスマホを取り上げる。
「今のは何の話だ?」
「ちょっとした業務連絡よ。」
「…業務連絡?」
呆れるブロデ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
御屋敷。
生焼けのハンバーガーをボックス席に運ぶマリレ。
そこには、同じメイド服のミユリさんとエアリ。
「ねぇ。スピアが変なの。」
ミユリさんが話し出す。
「スピアの方から先にスマホを切ったのょ」
「え。私にはいつもそうだけど」
百合相手のマリレは、興味なさそうに答える。
一方、エアリは、ハラペーニョをつまむ。
タバスコをたっぷりかける。
「何よ、このハンバーガー」
エアリがバンズをめくる。
「チーズ、全然溶けてないじゃない」
キッチンメイドのマリレは口を尖らせる。
「黙って食べて」
「ちゃんと焼いてよ」
「贅沢言わないの。胃に入ればみんな同じよ」
「悪いけど」
エアリは、生焼けのパティを指でつつく。
「あなたと違って、私の繊細な身体は、
大腸菌だの狂牛病だのを受け付けないの」
「大腸菌と狂牛病を同列にするんじゃないわよ」
「そこ?」
ミユリさんが2人を見る。
「…どっちも嫌よ」
「ほら、ミユリ姉様もそう言ってる。」
「姉様まで!」
マリレが頬を膨らませる。
エアリは、ハンバーガーをテーブルに置く。
「じゃあ、貴女が食べてみなさいよ」
「何で私が?」
「自分で安全だって言ったじゃない」
「私は、胃に入ればみんな同じって言っただけよ」
「同じじゃないじゃない」
「もう!」
マリレがハンバーガーを睨む。
そして、ふと思いつく。
「だったら」
マリレが手のひらをかざす。
ふわり。
ハンバーグから白い湯気が立ち上る。
ジュッ、と小さな音。
赤かった肉が瞬く間に焼き上がり、
チーズがとろりと溶ける。
香ばしい香りが漂う。
エアリが目を細める。
「最初からそれやってよ」
「超能力を何だと思ってるの?」
「厨房機器」
ミユリさんは、焼き上がったハンバーガーを見る。
「便利ね」
「ミユリ姉様まで!」
マリレは、頭を抱える。
エアリは溶けたチーズを眺めながら、
何気なくつぶやく。
「でも、スピアが変なのはホントよ」
ミユリさんの表情が、ほんの少しだけ変わる。
「そうね」
さっきまでの笑顔が消える。
テーブルの上のスマホを見る。
「いつもなら、あの子の方から
電話を切るなんて絶対にしないもの」
「何かあったのかしらね」
マリレが言う。
「知らない」
エアリは、ハンバーガーを1口かじる。
「でも、何かあったとしても」
「しても?」
「どうせまた、私たちには言わないわよ」
ミユリさんは答えない。
ただ、スマホの黒い画面を見つめている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンター。
ブロデは、音波銃を額に押し当てて、
何かを考え込んでいる。
その少し離れた場所で、
ティルが僕に小声で話しかける。
「ブロデの心にマインドワープを使って入るわ」
「入れるのか?」
「やってみる。入れれば、これですぐ解決よ」
「頼む。でも、充分に気をつけて」
ティルがブロデをまっすぐ見つめる。
思念を集中させる。
ブロデがふと顔を上げる。
その瞳の奥に、別の景色が浮かぶ。
乙女ロード。
人混みの中を歩いている。
ブロデは立ち止まり、空を見上げる…
その瞬間…景色が溶ける。
「おい!」
ブロデがこちらを向く。
「妙なパワーを使うな」
音波銃のラッパ型の銃口がティルの方を向く。
「ティル、大丈夫か?」
ティルは、荒い息をついている。
「彼の心…隙間がなさすぎるわ」
「隙間?心の?」
「どこから入れば良いのか、わからない」
ブロデが僕を見る。
「教えてくれないか、テリィたん」
「え?」
「いや…君は、ザーンなのか?」
僕の表情が固まる。
「名前なんて、どっちでも良い」
ブロデの声が震えている。
「どうして僕は、
自分の記憶にない名前まで知っている?」
「……。」
「このトリチウム増幅装置についても
僕は、知っているぞ」
ブロデが手のひらの装置を掲げる。
「この五角形の装置を動かすと…」
カチッ。
装置が作動する。
空間を青い波が横切る。
「きゃあっ!」
ティルが吹き飛ばされる。
僕は、その場に立ったまま。ヒロイン only?
「スーパーヒロインはパワーを使えなくなる」
ブロデがつぶやく。
「でも、なぜそんなことを僕が知っている?」
「何の話だか、まるでわからないよ」
僕は、答える。
すると、ブロデはぷい、と横を向く。
ティルが起き上がる。
「パワーが使えないわ」
「え?」
「何をやっても、何も出て来ない」
その横で、スピアがこっそり胸を張る。
「大丈夫よ」
「スピア?」
「さっき、ミユリ姉様に
暗号でメッセージを送ったから」
「暗号?」
「すぐ警察が助けに来てくれるわ」
「どんな暗号なんだ?」
スピアが得意げに微笑む。
「ペッパージャックチーズ入りの
サブマリンサンド」
「何だソレ?ニイタカヤマ、ノボレ的な?」
「いいえ。ブロデの大好物なの」
「だから?」
「だから、メニューから外すって伝えたの」
僕は、スピアを見る。
「そ、それが暗号なのか(どこが?)」
「ミユリ姉様なら、
きっと何かあったって気づいてくれるわ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
御屋敷。
ボックス席。
ミユリさんが腕を組んでいる。
「ペッパージャックチーズ入りの
サブマリンサンドを、メニューから外す……。」
首を傾げる。
「どういう意味かしら?」
エアリは、首を振る。
「私、いつもスピアの話って聞いてないから」
「……。」
「まともに聞いてないの。ごめん、姉様」
ミユリさんは、マリレを見る。
「マリレはどう思う?」
「姉様。私も全く心当たりないわ」
マリレは、エプロンを手に立ち上がる。
「じゃね」
そのまま、キッチンへ消えていく。
「ちょっと待って」
「何?」
「スピアがあんな言い方をするのよ。
何か意味があるはずだわ」
「そう?」
マリレは、キッチンから顔だけ出す。
「じゃあ、姉様が考えて」
「マリレ!」
「私、仕事に戻るから」
再び引っ込む。
「もう帰ろうかしら」
エアリも立ち上がる。
「閉店まで、あと4時間もあるけど」
「停電じゃ客も来ないし。
タイムマシンセンターで時間を潰してくるわ」
「え。待ってよ」
エアリとマリレは、店を出ていく。
1人残るミユリさん。
頬杖をつく。
「ペッパージャック……。」
もう一度、つぶやく。
「スピア…あなた、何を伝えようとしてるの?」
店内の非常灯が、ぼんやりと明滅する。
ミユリさんは、ふと顔を上げる。
何かに気づきかけたように。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンター。
停電した館内の前で、
マリレ、エアリの2人が立ち止まる。
「ドアも開かないのかな?」
マリレが扉を押す。
「中で誰か閉じ込められてたら大変ね」
「ちょっと待って」
マリレがノブをつかむ。
ロックが、カチリと外れる。
「ほら」
「救助隊の到着ね」
「みたい」
元防空壕の階段を、2人は降りていく。
「全部ブロデのせいね」
「そうよ。彼って変人だから」
「ちょっと、本人が聞いてたら怒るわよ」
笑いながら地下へ降りていく。
その瞬間。暗闇の奥で、金属音。
カチャリ。
2人の笑顔が止まる。
当のブロデが音波銃を構えている。
「伏せて!」
マリレがエアリを突き飛ばす。
同時に両手を前へ突き出す。
いつものように、
エネルギー波を放とうとする…
…が、何も起こらない。
「え?」
ブロデが引き金を引く。
轟音。
「逃げて!」
メイド2人は、一斉に階段を駆け上がる。
タイムマシンセンターの外へ飛び出す。
その様子を見て、ミユリさんは仰天。
御屋敷から駆けてくる。
「大丈夫?なんでパワーが使えないの?」
マリレが両手を見つめる。
「わからないわ。私も…」
エアリも自分の手を見つめる。
「私も何も出ない」
ミユリさんの顔から笑みが消える。
「ちょっと待って。
2人とも、さっきの銃声は何なの?」
2人が顔を見合わせる。
「テリィたんが中にいたわ」
マリレが答える。
「捕まってるみたい」
「スピアもね」
ミユリさんの表情が変わる。
「…テリィ様が?」
「ええ」
短い沈黙。
ミユリさんがタイムマシンセンターを振り返る。
真っ暗な建物。
「ラギィ元警部を呼びましょう」
今度は、誰も冗談を言わない。
3人は、タイムマシンセンターの前で立ち尽くす。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンター。
「ママのそばにいなさい」
スピアのママが娘を抱き寄せる。
その横を、ブロデが落ち着きなく歩き回る。
さっきまでの爽やかな笑顔は、
もはや、どこにもない。
突然、足を止める。
僕の前まで、ツカツカと歩み寄る。
音波銃を突きつける。
「テリィたん。君にはがっかりだよ」
「ブロデ…」
ブロデが引き金を引く。
―カチッ。
何も起こらない。
ちくしょう。空砲だ。
ブロデは無表情のままカートリッジを抜き、
新しいものを装填する。
「今度、勝手に時空漂流者同士で
連絡を取ったりしたら…」
カートリッジを押し込む。
「その時は、ただじゃ済まないぞ」
「イカれてるわ」
スピアのママが小さく呟く。
その瞬間、スマホが鳴る。
ブロデが振り返る。
「…なんだ?」
画面を見る。
「もしもし?」
"ブロデ館長か?"
「さあな。ラレクかもしれない」
"今はラレクなのか?"
ブロデの眉が動く。
「誰だ?」
"私は、ラギィ…警部"
「え。警部?警察か?何の用だ?」
"どうやら今夜、タイムマシンセンターで
問題が発生したようね"
確かに大発生してる。
「そのようだ。でも、あんたに解決できるのか?」
"いや。だからまず、君の要求を聞かせてよ"
「要求?」
ブロデは、本気で困惑する。
「僕の要求って、何の話だ?」
"君は人質を取って立てこもっている。
何か目的があるんでしょ?"
「目的か…それもそうだな」
ブロデは、周囲を見回す。
"何か要求があるはずだ。
食料でも、車でも、お金でも良いわ。
リストがあるなら読み上げて"
「要求のリストか…」
ブロデは、スマホを耳に当てたまま、
みんなを振り返る。
「おい。僕に何か要求はないかって
聞かれてるんだけど!」
誰も答えない。
ブロデがもう1度見回す。
「おい!何かないのか?」
ションが手を上げる。
「ハンバーガーが食いたい」
「…何言ってるんだ?」
「腹減ってるんだよ」
ションは、当然のように答える。
「そうだな」
ブロデは、考える。
「みんな腹を減らしてる」
「私たちも、お腹空いたわ」
「じゃあ…ハンバーガーをくれ」
ブロデがスマホに向き直る。
「早いところ頼むぞ」
ションが横から付け足す。
「それとポテト」
「ポテトもだ。塩増量」
"OK。でも、塩増量は先月で終了してる"
電話の向こうで、ラギィが一瞬黙る。
"それで、ブロデ…"
「警部」
ブロデが遮る。
「話は、食事が来てからだ」
"わかった。では…"
「ただし」
ブロデの声が低くなる。
「間違っても警官をよこすなよ」
音波銃を握り直す。
「スーパーヒロインもダメだ」
"了解した"
「じゃあな」
ブロデは、スマホを切る。
しばらく画面を見つめる。
「…ハンバーガーか」
ションが頷く。
「ポテトも忘れるなよ」
「そうだな」
ブロデは、真顔でうなずく。
その背後で、僕は小さく溜め息をつく。
籠城事件は、奇妙な方向へ動き始めている。
第3章 ガミラズの岩の上で
「これで誰も突入できないようにしてやる!」
ブロデはそう言うと、突然、
博物館の展示物を次々に運び始める。
ストレッチャーに乗せられたタイムマシンの模型。
未来人の死体を模した人形。
用途を誰も知らない機械。
コスプレしたマネキン。
壊れた展示ケース。
それらを階段に積み上げていく。
「みんな、ここにいるんだ。そうだろう?」
汗を拭いながら振り返る。
「幸せな大家族みたいにな」
誰も答えない。
ブロデは、構わず作業を続ける。
やがて階段は、博物館のガラクタで塞がれていく。
ブロデがツカツカと歩く。
ティルの背後に立っていた未来人の人形を、
突然、鷲掴みにする。
「君たちの従姉妹を借りるよ」
人形をバリケードの上に放り投げる。
「よし」
ふとブロデの動きが止まる。
何かを思い出したように、ゆっくり振り返る。
そして、ニヤリと笑う。
「そうだ」
「なんだ?」
僕が聞く。
「ガミラズの岩だ」
ティルの目がわずかに動く。
「ずっと思い出せずにいたのに…
今、突然、名前が出てきた」
ブロデは、自分の頭を指で叩く。
「ガミラズだよ。冥王星沖海戦のあとで、
君たちはそこで出会った。覚えてるだろう?」
僕を見る。
「ガミラズの岩だ。海の上に突き出していた。
覚えてるよ。いや…」
ブロデの瞳が遠くを見る。
「今なら、はっきり目に浮かぶ」
その声が少しずつ恍惚として逝く。
「水平線の上に第7の月が浮かんでいた。
水の色は…真っ赤だった。紅色の海だった」
ティルが目を閉じる。
うっとりと。
ブロデの言葉を聞いているというより、
その言葉の向こう側にある何かを見ているようだ。
「君は、未だヲタクの王として即位してなかった」
ブロデは、夢中になって続ける。
「岩の上には彼女がいた。君は、泳いでいたんだ。
海面から顔を上げて…
君は、そこでビキニの彼女を見つけた」
ブロデの視線がティルに向く。
「一目で(巨乳の)虜になったんだ」
ティルがゆっくりと目を開く。
堂々とブロデを見つめ返す。
「ところが君は、
自分から彼女には話しかけられなかった」
ブロデは、笑う。
「僕が代わりにアプローチしてやろうか?
と言っても、君は止めた。あの頃の君は、
とてもシャイだったからね」
「そんな話……」
僕が口を挟もうとする。
けれど、ブロデは止まらない。
「でも、僕は従順じゃなかった」
ムダに誇らしげに胸を張る。
「君の言いつけに背いたことは、
むしろ感謝して欲しいね。
僕は、こっそり彼女に会いに行った。
そして、その夜…」
ブロデがティルを見る。
「君と彼女を引き合わせたんだ」
ティルが微笑む。
その唇に、ほんの少しだけ艶が宿る。
「王宮の舞踏会の席でね」
ティルが付け足す。
僕と視線が合う。
「素敵な話だね」
投げ槍に言葉を挟む。
ブロデは、怪訝そうに僕を見る。
「作り話じゃない。実際にあった話だぞ」
「そう?」
「君は覚えてないのか?」
ブロデの声が切実になる。
「頼むよ。ザーン。
僕の記憶が確かなのかどうか、教えてくれ」
「君には悪いけど」
僕は、ゆっくり首を振る。
「初めて聞く話だ(そもそも僕は金槌だしw)」
ブロデの顔から笑みが消える。
「たぶん、それは実際には起きていない。
誰かの夢物語なんじゃないかな」
「違う!」
ブロデが叫ぶ。
「でも、君が彼女に一目惚れしたとき、
僕もその場にいたんだ!」
その言葉に、ティルの微笑みが一瞬だけ消える。
僕はティルを見る。
そして、ブロデを見る。
「僕たちは恋人同士じゃない」
ブロデが黙る。
「恋愛関係なんてないんだ」
慎重に1拍置く。
「今までも、ずっと」
ティルの顔から、血の気が引いていく。
何か言おうとした唇が、微かに開く。
しかし、言葉にはならない。
やがてティルは目を閉じる。
悲しげに。
その表情だけが。
ブロデの口から語られていた「美しい過去」が
彼女にとり、どれほど大切なものだったかを…
物語っている。
そして、僕もまた知らない。
いまブロデが語った記憶のどこまでが本物で、
どこからが誰かの"夢"なのか。
あるいは…
その両方なのか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
バックヤード前の狭いベランダ。
双眼鏡を覗き込み、パーツ通りを見下ろすラギィ。
その左右にミユリさんとマリレ。
少し離れたところにエアリもいる。
ラギィは、双眼鏡を下ろす。
天を仰ぐ。
「まずいわ」
「何が?」
マリレが聞く。
「ハンソが来た」
その直後。
ドンドンドン!
タイムマシンセンターの扉を叩く音が、
ベランダまで響く。
間髪入れず、センターの前では、
ハンソがスマホを見て首を傾げる。
「ラギィからだ」
電話に出る。
「もしもし、警部?」
「ハンソ。ドアの前から離れて!」
「警部?どこにいるんです?」
ラギィがベランダから手を振る。
「そこですか」
ハンソが顔を上げる。
「電気工事士に頼んで調べてもらったら、
今回の停電の原因は、
どうやらタイムマシンセンターらしいんです。
それで今、調べに来ました」
ハンソが懐中電灯を向ける。
まぶしい。
「ちょっと!懐中電灯を消して」
「え?あ、失礼しました」
「消して。こっちに上がってきて」
ラギィはスマホを切る。
マリレが小声で言う。
「ハンソを巻き込んだら、まずいわ」
「わかってる」
ラギィは、センターを見下ろす。
「でも、武装したハンソが中へ突入する方が、
もっとまずいわ」
「確かに」
ラギィが唇を噛む。
そのとき。
ギシッ。
はしごが軋む。
ハンソがベランダへ上がってくる。
「警部」
「静かに」
ラギィは人差し指を唇に当てる。
ハンソも声を落とす。
「中に人がいるんですか?」
「ええ」
ラギィは、通りの向こうを見ながら説明する。
「あそこは昔、大本営の防空壕だったの。
出入り口は、1か所しかない」
「なるほど」
「だから停電するとロックがかかる。
中に誰か閉じ込められている可能性があるわ」
ハンソの顔が険しくなる。
「それは大変です」
「そうなの。だから、力を貸して」
「わかりました、警部」
「心強いわ」
ラギィが微笑む。
「でもね」
ハンソが身を乗り出す。
「ほら、信号が全部消えているでしょう?
今、秋葉原中の交通が混乱しているはずよ」
「確かに」
「交通整理をしないと救助活動も出来ないわ」
ハンソが考える。
「…そうですね」
ラギィが大きく頷く。
「そっちが先決よ」
「わかりました。では、私は交通整理を」
「お願いするわ」
「警部もお気をつけて」
「ハンソ」
「はい?」
「貴官もご安全に」
ラギィは、ハンソの懐中電灯を手で覆う。
「ここから先は、私に任せて」
「はい。警部」
一瞬、ハンソが首を傾げる。
「…じゃなかった。ラギィ」
「そうよ。警部は貴方」
ラギィは、笑う。
「じゃあ、行って」
「はい!」
ハンソは、素直にはしごを下りていく。
「気をつけて行くのよ!」
「ありがとうございます!」
ハンソの姿が暗闇の向こうへ消えていく。
しばらく待つ。ラギィが双眼鏡を覗く。
ハンソがパーツ通りの角を曲がる。
「行ったわ」
マリレが振り返る。
「これで、マジ私たちだけね」
ミユリさんがタイムマシンセンターを見つめる。
「ええ」
エアリがつぶやく。
「中にはテリィたんとティル、
それにスピアたちがいる」
ラギィが双眼鏡を下ろす。
「だったら」
ミユリさんが一歩前へ出る。
「今度は、私たちが行く番ね」
4人が暗いタイムマシンセンターを見つめる。
その奥では、ブロデの音波銃が待っている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
御屋敷のキッチン。
「私がやったほうが早いわよ」
マリレがスキレットでハンバーグを焼いている。
その上から、エアリが手をかざす。
一瞬。
ジュウジュウ。
まだ赤かったハンバーグが、
6人分まとめて完璧な焼き上がりになる。
「ポテトはどうするの?」
ミユリさんがフライヤーを覗き込む。
その瞬間。
ボコッ。
油が突然、沸騰する。
「便利…なのね」
「そんなコトより!姉様が見ているものは、
私たちにもずっと見えてるからね」
ラギィが言う。
その横で、ミユリさんの胸元には、
小さな赤いバッジを取り付ける。
ネルプのマーク。
その中には小型カメラが仕込まれている。
「出前を届ける以外は何もしなくていいわ。
部屋全体を見渡せる場所にカメラを置いて。
誰がどこにいるのか、
それだけ確認したら、すぐ戻ってきて」
「よーくわかってます」
ミユリさんは、ゆっくり笑う。
「気をつけて。姉様」
「私は大丈夫ょ」
1拍置く。
「やりたいんだもの。だから、大丈夫」
ラギィの目に、少しだけ不安が浮かぶ。
「料理の準備ができたわ」
マリレがベルを鳴らす。
チーン。
エアリが箱詰めされた
ハンバーガーとポテトのセットを
カウンターに運んでくる。
「さあ、出前の時間よ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンター。
ドアをノックする音。
ブロデが振り返る。
「お?やっと夕飯が来たぞ」
嬉しそうに立ち上がる。
「今、取ってくる」
ゲートを開ける。
「入ってくれ。バリケードをどけよう」
ミユリさんが慎重に階段を下りてくる。
ブロデは、すっかり機嫌が良い。
「頭に気をつけて」
「ありがとう」
「さ。手を貸そう」
ブロデが箱を受け取る。
「さて、夕食は何かな?」
「バーガーとポテトのワンコインセット、
6人分ずつです。特別に塩増量」
「ありがたい!すごく美味しそうだね」
ブロデが無邪気に笑う。
「それじゃあ」
ミユリさんが奥を見て…息を呑む。
拘束されたスピア、スピアのママ、ション、
そして僕がいる。
ミユリさんの表情が一瞬だけ固まる。
ブロデが財布を取り出す。
「いくら?」
「いいえ。これは店のおごりです」
「いや、それは困るよ」
ブロデが紙幣を差し出す。
「受け取ってくれ。
どうやら、僕は金持ちらしいからね」
「他には何かいりますか?
これで足ります?パイも美味しいですよ?」
「いや。これだけあれば十分だ」
ブロデは、心から嬉しそうに笑う。
「ご苦労様」
ミユリさんも笑顔を返す。
少し離れたところで、
スピアのママとションが小さく頷く。
…ここまでは、完璧。
「…おや?」
ブロデがミユリさんを見る。
「キッチンメイドが新しい人に変わったのかな?」
「どうしてですか?」
「"時空バーガー"の味が、いつもと違う」
「あ。停電で器具が使えなくて。
ガスで焼いたせいかもしれません」
「え。ガスで?ポテトは?」
「それもガスで…」
「ウソだね」
ブロデの笑顔が消える。
「きっと超能力で料理したんだ」
ミユリさんの顔からも笑みが消える。
「お前も同類か」
「…何のことです?」
ブロデが1歩近づく。
音波銃が揺れる。
「とぼけるな!」
ミユリさんの後頭部に音波銃を当てる。
「よせ!」
僕が立ち上がる。
「彼女を離せ!」
「座ってろ!」
ブロデは、僕を突き飛ばす。
呆気なく尻餅をつく僕。
次の瞬間。
ミユリさんを引っ立てようとするブロデの足に、
ションが足を引っ掛ける。
「うおっ!」
ブロデが派手に転ぶ。
音波銃が床を滑っていく。
どーも、こーゆー小技は
元不良には敵わない…いや、現役か。
音波銃へ全員が殺到する。
しかし、ブロデの手が先に届く。
ガチャッ。
今度は、ションの胸元に
ラッパ型の銃口が突きつけられる。
「貴様…」
ブロデの顔が歪む。
「なめたマネしやがって」
「待てょミユリは時空漂流者じゃない」
ションが睨み返す。
「だから、解放しろ」
ブロデは、ションを突き飛ばす。
そのとき。
スマホが鳴る。
ブロデは、舌打ちする。
「なんだ!」
のんきなラギィの声。
「美味しい食事が届いたでしょ?
少しは落ち着いたかしら?」
「ふざけるな!」
ブロデが怒鳴る。
「落ち着くだと?バカを言うな!」
ミユリさんがじっとブロデを見る。
「ずいぶんなものを差し入れてくれたじゃないか」
「何のこと?」
激昂するやり取りを尻目に
ミユリさんに尻を突き出すション。
「何のつもり?」
「俺の尻のポケットだ」
「え?」
「いいから早く」
ミユリさんが手を伸ばす。
何かを取り出す。
「ナイフ…」
小さな刃が現れる。
「ラギィ警部!」
ブロデが叫び出す。
「僕を信じてたんじゃなかったのか!」
音波銃を振り回す。
「それなのに時空テロリストをよこしやがって!」
ブロデの声が裏返る。
「僕のことをバカにしてるのか!」
僕たちは、凍りつく。
「人質が死んでも良いんだな!」
ブロデが叫んでいる隙に、
ミユリさんはションの拘束テープを切っていく。
ビリッ。
もう一度。
ビリッ。
最後の一本が切れる。
そのとき、ブロデがスマホを切った。
「もういい!」
背を向ける。
ションが立ち上がる。
「待てよ」
「ション!」
僕が叫ぶ。だが遅い。
ションは、ブロデに飛びかかる。
「やめろ!」
2人がもつれ合う。
ドン!
床に倒れる。
ゴロゴロと転がる2人。
そして…静寂。
床に転がるション。
誰も動かない。
「…ション?」
ミユリさんがつぶやく。
ションは、ゆっくり自分の腹を見る。
手を当てる。赤い。
「…なんだ、これ」
信じられないという顔。
ブロデの手にも血がついている。
その手に握られたナイフ。
「ション!」
ミユリさんが駆け寄る。
ブロデは、音波銃と血塗れのナイフを両手に、
凄んだ顔で立っている。
「僕のせいじゃないぞ!」
息を荒くしながら言う。
「僕を襲ったりするから、そんな目に遭うんだ」
展示物を蹴飛ばす。ガシャーン!
また蹴る。
「やめろよ、ブロデ!」
僕が叫ぶ。
だが、ブロデは止まらない。
「ション、大丈夫?」
スピアのママが天を仰ぐ。
「しっかりして!…テリィ様」
ミユリさんが僕を見る。
「治してあげて」
「え。」
「私のときみたいに」
僕は、首を振る。
「出来ないんだ」
「でも…」
ミユリさんは、ションを見る。
「ションが刺されたのは、
テリィ様のせいでしょう?」
「仮に、僕にパワーがあったとしても、
今は使えないんだ」
「…」
「この装置が妨害してる」
僕は、親指で五角形の装置を指す。
「リアルのブロデは良い人なんだ。
あれは…正当防衛の事故だよ」
ミユリさんの目が僕を捉える。
「ションは、刺されて当然ということですか?」
「そうは言ってない」
「……」
ミユリさんは、何も言わない。
立ち上がる。
僕の横を通り過ぎる。
ションのところへ向かう。
「大丈夫?」
ションが、かろうじてうなずく。
ミユリさんは、ションを庇うように身体を寄せる。
そして振り返る。
僕を見る。
その目は、さっきまでの出前の笑顔とは、
まるで違っている。
責めるでもなく。怒鳴るでもなく。
ただ、失望している。
僕は、何も言えない。
小さく息を吐く。
その向こうで、ブロデは、
血のついたナイフを握ったまま立っている。
楽しいはずだった夕食は、
もうどこにもない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ションの傷が…
もう少しよく見えると良いんだけど」
バックヤード前の狭いベランダ。
ラギィはモニターを凝視している。
隣からマリレも画面を覗き込む。
画面の向こうで、床に横たわったションを
ミユリさんが必死に介抱している。
そのとき、金属の梯子が軋む。
ハンソが上がってくる。
「交通整理をしていたんじゃなかったの?」
ラギィが振り返る。
「ええ。でも、ちょっと気になりましてね」
ハンソは息を整えながら、ラギィを見つめる。
「なぜ僕を、現場から遠ざけようとするんです?」
「だから、言ったでしょ。
タイムマシンセンターの中には、
インバウンドが閉じ込められてるかも
しれないのよ」
「それだけじゃないでしょう」
ハンソの視線は、ラギィのPCに落ちる。
「ラギィ。警察のPCを何に使ってるんです?」
「別に」
「別に、で済めば警察は要りません」
ハンソが1歩近づく。
「今回の停電は秋葉原全体に及んでいる。
原因はタイムマシンセンターの可能性が高い。
そして、中には人がいる。
なのに、僕を中へ入れようとしない」
ラギィは、答えない。
ハンソは、モニターを見る。
「それに…その画面」
ションが床に倒れている。
ハンソの表情が変わる。
「あれは…」
マリレが慌てて画面を伏せる。
「見せてください」
ハンソが手を伸ばす。
「ダメ」
「なぜです?」
「韓流ドラマよ。結末は教えられない」
マリレは嘘をつき、ラギィは黙り込む。
ハンソは、2人の顔を交互に見る。
「その沈黙で十分ですね」
「ハンソ。待ちなさい」
「僕は、貴女の後任の警部です」
帽子をかぶり直す。
「秋葉原で事件が起きたら、
僕が現場を預かる。それが仕事です」
ハンソは、タイムマシンセンターの方向を見る。
「なのに、ラギィは僕に何も知らせない」
「だ・か・ら、ハンソ……。」
「中にいるのはインバウンドじゃないンですね?」
ラギィの顔が強張る。
「人質なんでしょう?」
マリレが息を呑む。
ハンソは、さらに続ける。
「しかも、既に怪我人が出ている」
ラギィは答えない。
「当たり、ですか」
ハンソの顔から、
フニャフニャした表情が消える。
「僕を外に置いておくわけにはいかない」
「待つの。ハンソ警部」
ラギィが腕をつかむ。
「貴方、何をするつもり?」
「決まってるでしょう」
ハンソは、梯子に足をかける。
「直ちに突入して人質を救出します」
「ハンソ!」
ラギィの声を背中で聞きながら、
ハンソは、梯子を降りていく。
「今、突入したら人質が危険よ!」
ハンソは、1度だけ振り返る。
「わかりました。慎重にやります」
そして、降りていく。
梯子がガチャリと鳴る。
マリレがラギィを見る。
「まずいわ」
「最悪ね」
「そうみたい」
ハンソは、本気だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
横たわるションのそばに、
スピアのママ、スピア、ミユリさんの3人。
少し離れた場所では、
僕とティルが後ろ手に縛られている。
「まだミユリ姉様のことが好きなのね?」
ティルが僕に尋ねる。
その一言で、僕はスピアのママ、スピア、
そしてミユリさんの視線の集中砲火を浴びる。
露骨に興味津々だ。
「それを説明するのは、ちょっと難しいよ」
窮地に陥った時の、煙幕代わりの常套句。
ティルは、静かにうなずく。
「わかるわ」
そして、少し遠くを見るような目をする。
「私たちも昔、そうだったから」
「え?」
「ブロデがさっき言ったこと…」
ティルは、ミユリさんをチラ見。
ミユリさんは、慌てて視線を落とす。
「あれは、ホントよ。全部、ホントの話」
ミユリさんは、何も言わない。
その沈黙だけが、かえって重い。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
同時刻。タイムマシンセンター。
ブロデは、何事もなかったかのように
マグカップを片手に歩き回っている。
さっき、人を刺したとは思えないほど、
ヤタラと機嫌が良い。
一方、刺されたションの方は、
ミユリさんの腕に抱かれ弱々しく呟く。
「ミユリ姉さん」
青息吐息だ。
「解決したら、後でディナーに行かないか?」
スピアが呆れた顔をする。
「そんな怪我をしてるのに、
よく女を口説く気になるわね」
「大丈夫だ。たぶん」
「たぶんって……。」
ミユリさんは、聖母の眼差しで
ションを見る。この展開はヤバい。
「本気で言ってるの?」
「もちろん」
ブロデは、胸を張る。
「こんなに腹から血が出てるんだ。大真面目さ。
冗談を言ってる余裕なんかない」
ミユリさんは、一瞬だけ考える。
「わかった。考えとくわ」
「ちょっと!」
スピアが食いつく。
「そんな返事しちゃっていいの?
あっちは大丈夫?」
あっち?スピアが顎で指したのは僕だ。
ティルは、何も言わず、僕の横顔を見上げる。
「これ以上、怪我人は出せない」
僕が言う。
「何とかしないと」
「テリィたんは昔から、話題を変えるのが上手ね」
ティルはティルで、呆れている。
「話題を変えたんじゃない。決めたんだ」
「何を?」
「ブロデと話してみる」
ティルの表情が変わる。
「でも、何を話すの?」
僕は、ブロデを見る。
「真実だ」
その言葉を聞いた瞬間、
ティルの目がわずかに揺れる。
ミユリさんもこちらを振り返る。
僕は、もう1度、ブロデを見る。
「ブロデが知りたがっていることを、全部話す。
自分が誰なのか。
なぜ、知らないはずの記憶を持っているのか。
そして…
君たちスーパーヒロインが、どこから来たのか」
その瞬間。遠くで、何かが倒れる音。
全員が振り向く。
ブロデがコーヒーを置く。
その顔からは、さっきまでの笑みが消えている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ベランダで頭を抱えるラギィ。
「警部!警部!」
バックヤードの窓から、四つん這いになり、
這い出てきたのはカレルだ。
「万世橋はセンターに突入する気だ。
狙撃手を配置してる」
ラギィが顔を上げる。
「なんてことなの。あいつら、
動くものは、何でも撃つから…」
再び頭を抱えるラギィ。
「どうする?ラギィ」
ラギィの警察用PCを、全員で覗き込む。
タイムマシンセンター内部の映像に切り替わる。
カレルが画面の隅を指差す。
「これ、何だ?」
「非常時に、防空壕を外界から
完全に遮断するシステムがあるみたいね」
「まだ動くかしら?」
エアリが聞く。
ラギィは、画面を睨む。
「わからない。でも、もし生きているなら…」
一瞬、全員が黙る。
「作動させて装甲シャッターを下ろせる。
そうすれば、少なくとも突入を遅らせられる」
「動かすにはどうすれば良いの?」
マリレが尋ねる。
「センターの内部に入るのは無理ね。
でも、外部から操作できるかもしれない」
ラギィは、カレルを見る。
「カレル。センターの設計図を探して」
「え?設計図?」
「そう。装甲シャッターの制御盤が
どこにあるのかを知りたい」
「そんなもん、どこにあるんだよ?」
「カルチャーセンター。図書室の書庫よ」
カレルの顔が引きつる。
「でも、とっくに閉店してるぞ」
「だから、窓から入って」
「ソレって強盗?」
「大急ぎ」
「マジかよ…」
「カレル!」
「わかったよ!」
カレルは、踵を返す。
その背中を見送りながら、ラギィが呟く。
「急いで。
警察より先に、こっちが動かないと…」
遠くで、サイレンが鳴る。
全員が一斉に振り返る。
ラギィの顔から血の気が引く。
「もう来た」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
僕は、ゆっくり立ち上がる。
ガムテープで後ろ手に縛られている。
自由の利かない身体を引きずるように歩き、
ストレッチャーに腰掛けたブロデの前へ。
ブロデは、音波銃を握っている。
そのラッパ型の銃口を見ながら、僕は口を開く。
「君がさっき言った話は、全部ホントだ」
ブロデの眉が動く。
「僕は"母なる世界線"の王だ。
そして、ティルは僕の妃だ」
ブロデがゆっくりと身を乗り出す。
スピアのママが小声でつぶやく。
「ション。これはテリィたんの心理作戦?」
「いや。マジで王なのかも」
僕は、続ける。
「全部、ホントの話さ」
「僕の記憶も正しいのか?」
「YES」
「じゃあ僕がラレクで、君はザーン。
そして僕たちは"母なる世界線"から来た
時空漂流者なのか?」
「その通りだ」
「だったら、なぜ僕たちは、
この腐った世界線の秋葉原にいる?」
「種の保存のためだ」
ブロデは、黙る。
僕は、大ウソをつく。
「生き延びるんだ。
いつか"母なる世界線"へ帰れる日まで」
「僕たちは、いつか帰るのか?」
「YES」
僕は、預言者気取りで気楽に即答。
「君も、僕も、ティルも。
それに他のみんなも。全員で帰ろう」
ブロデの表情から、ほんの少しだけ険が取れる。
「テリィたん…」
そして、つぶやく。
「悪いけど…信じられないな」
「え?だったら、もう音波銃を捨ててくれ」
すると、ブロデは自分の手を見る。
「ああ。それもそうだな」
なんと音波銃を下ろす。何故だかわからないが、
事態は急速に改善スル。
その瞬間。
ブロデの視線が止まる。
僕の背後。
ミユリさんのメイド服の襟。
そこにつけられた小さな赤いバッジ。
「…それは?」
「ネルプです。このメイド服、
ヲヴァ第12話のコスプレなので…」
ミユリさんの下手なウソ。僕より下手だ。
ブロデの顔からは血の気が引いていく。
「おい」
1歩、近づく。
「なんだ、それは」
ミユリさんが1歩下がる。
「カメラじゃないか」
空気が凍る。
「僕を監視してたのか?」
ブロデはミユリさんの眉間に音波銃を当てる。
目を瞑るミユリさん。何かで見た処刑シーンだ。
僕は、叫ぶ。
「ブロデ!やめろ!」
「黙れ!」
ブロデは、ミユリさんを引き寄せる。
「ミユリ姉様を殺されたくなかったら、
全員そこで動くな!」
「殺すなら僕を撃て」
僕は、1歩前へ出る。
ブロデが振り向く。
「そんなに死にたいのか?」
音波銃の銃口は、あっさり僕の胸に当てられる。
「いや。実は、そうでもない。ただ…」
そのとき。遠くから、サイレン。
1台。そして2台。次第に数を増していく。
ブロデの顔が変わる。
「警察?」
サイレンの音は、さらに近づく。
ブロデは、音波銃を振り回す。
「警察だ!」
全員が息を呑む。
「全員、僕のオフィスに入れ!」
誰も動かない。
「早くしろ!」
ブロデの声が裏返る。
「全員だ!ぐずぐずするな!早く!」
人質たちは、やっとゾロゾロと動き出す。
「急げ!」
ブロデはミユリさんを連れて、
最後にオフィスに飛び込んで施錠する。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンターの外。
パーツ通りに赤色灯がいくつも回り始める。
万世橋の四輪駆動車が次々と停車する。
ハンソが車から飛び降りる。
「正面に狙撃手を配置!」
「了解!」
警官たちが一斉に散る。
ハンソは、タイムマシンセンターを見上げる。
その顔には、現場指揮官の精気がみなぎる。
「正面ゲートから突入する」
「展開しろ!GO GO GO」
隊員たちが装備を整える。
ハンソが高々と拳を突き上げる。
「突入準備!」
タイムマシンセンターの正面で、
赤い警告灯が明滅している。
その向こうでは。
誰も知らない古い防空壕が
静かに息をしている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
PC画面は砂嵐に覆われている。
マリレが小さく息を吐く。
「映像が切れたわ」
「突入は時間の問題ね」
エアリも画面を見つめたまま、溜め息をつく。
「このまま狙撃隊が突入して
銃撃戦にでもなったら…最悪だわ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンターの正面。
パトカー、装甲車、消防車。
5, 6台の緊急車両が建物を取り囲む。
赤色灯が、真夜中のパーツ通りを不気味に染める。
その光を見つめながら、スピアが青ざめる。
「これ、マジでヤバいわ。
ママ、私たち、殺されちゃうカモ」
「大丈夫よ」
スピアのママは、妙に落ち着いている。
「私たちは絶対に助かるわ」
「何を根拠に?」
スピアが聞き返す。
「もちろん、根拠なんかないわ」
その時、僕は床に転がっているものに気づく。
配線の飛び出したヘッドセット。
拾い上げて、ひっくり返す。
「これを見ろ」
「何それ?」
「ヘッドセットだけど…かなり酷いな。
激しくショートしてる。たぶんシステムが
オーバーロードを起こしたんだ」
ミユリさんが覗き込む。
「これをブロデが被っていたのでしょうか?」
「そうだとしたら…」
僕はヘッドセットを見つめる。
「ショートした瞬間、これを頭に装着していた。
つまり、脳に強烈な電気的刺激が
入った可能性がある」
「爆発的な突入電流……。」
ミユリさんが呟く。
「テリィ様。それでラレクの記憶が
断片的に戻ったのでしょうか」
僕とミユリさんの視線が合う。
今まで別々だった点と点が、
急に1本の線になり始める。
「何なの?」
スピアが割り込む。
「一体どういうことなのか、
私にもわかるように説明してよ」
「ほら。人間の脳ってさ、
普段使っている部分って、
ほんの一部だと言われてるだろ」
僕は、ヘッドセットを指で叩く。
「ラレクたちは、その使われていない部分を
巧みに利用していた。
つまり、異なる世界線と世界線の間で
情報をやり取りするための…
いわば"人間スマホ"としてね」
「脳の使われてない部分で"人間スマホ"?」
「そうだ。ところが、何らかの原因で
そこに強烈な電気刺激が入った。
眠っていた部分が一気に活性化したんだ」
ミユリさんが静かに言う。
「そして…そこに封じられていた記憶まで、
一緒に呼び戻された?」
「そういうことさ」
スピアが眉を寄せる。
「じゃあブロデの脳は…壊れたってこと?」
「ちょっち違うわ」
ミユリさんが首を振る。
「壊れたというより…眠っていたものが、
勝手に再起動してしまったのよ」
僕は、ミユリさんを見る。
やはり、ミユリさんとは波長が合うな。
「やっぱり、そう思う」
2人の視線が重なる。
そして僕は、五角形の装置へ目を向ける。
「なら、その逆も出来るカモな」
「え?」
「ブロデの中で暴走している記憶を、
元に戻せば良い」
「じゃ早くやれば良いじゃない?」
「スピア、そう簡単に逝うな。
それができないんだょ」
僕は、五角形の装置を指差す。
「あれが超能力の発揮を邪魔している」
ミユリさんが装置を見る。
「…つまり、ブロデに止めてもらうしかない?」
「そういうことだ」
その瞬間。
スピアが1歩前に出る。
「OK」
全員が振り向く。
「私が話すわ」
マリレが眉を上げる。
「貴女が?」
「YES」
スピアは、胸を張る。
スピアのママが目を丸くする。
「ちょっと、スピア…」
「大丈夫…ブロデ、扉を開けて!話があるの」
扉が薄く開く。一瞬、回転する赤色灯が
スピアの横顔を赤く染める。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あったよ!」
窓からカレルが転がり込む。
その手には、白い設計図。
カレルは息を切らしたまま、
それをベランダの床に広げる。
ラギィが懐中電灯をかざす。
その瞬間、上空から轟音。
警察のヘリコプターがパーツ通りの上空を旋回。
強烈なサーチライトをベランダにも浴びせる。
「まぶしい!」
エアリが顔を背ける。
ラギィは設計図を押さえながら、
懐中電灯で図面を照らしていく。
「…あったわ」
指先が止まる。
「やっぱり裏側に
コントロールパネルがあるわ」
「それで装甲シャッターを?」
「動かせるはずよ」
ラギィが顔を上げる。
「誰か、行ける?」
間髪入れずに手が上がる。
「私が行くわ」
マリレだ。
その隣から、もう1人。
「私も」
エアリが1歩前に出る。
ラギィが2人を見る。
「…決死隊ね」
マリレが肩をすくめる。
「大げさね」
「かなり危険よ」
「大丈夫」
エアリが胸を張る。
「スーパーヒロインだから」
マリレも続ける。
「身は守れる。その代わり、
超能力使用フリーでしょ?OK?」
ラギィが一瞬黙る。
「そうだったわね…なら、頼むわ」
設計図を2人に向ける。
「コントロールパネルは、センターの裏側。
開けると中にレバーがある。
それを下ろせば装甲シャッターが閉まるわ」
マリレが図面を覗き込む。
「レバーは1本?」
「YES。でも、長い間使われていない」
ラギィが顔をしかめる。
「錆びついている可能性があるわ」
「だったら力ずくね」
マリレが拳を握る。
エアリも笑う。
「そういうの、得意」
ラギィは、2人を見つめる。
「気をつけて」
そして、低い声で続ける。
「もう警察は、突入態勢に入ってる。
装甲シャッターを閉められるかどうかで、
中の人たちの運命が変わるわ」
サーチライトがまた2人を照らす。
マリレが目を細める。
「じゃあ、急がなきゃ」
エアリも頷く。
「行きましょう」
2人がベランダから身を乗り出す。
「待って!」
ラギィが呼び止める。
振り返る2人のメイド。
「…必ず戻ってきて」
マリレがニヤリと笑う。
「もちろん。私、遅番が入ってるし」
エアリも笑う。
「秋葉原のメイドは、逃げないから」
2人は、闇の中へ消えて逝く。
ラギィは腕時計を見る。
もう時間がない。
遠くで、警察の拡声器が響き始める。
「タイムマシンセンター内の人質に告ぐ!」
ラギィの顔から笑みが消える。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「よし。ドアを破るぞ」
ハンソの声が響く。
突入隊員がドアハンマーを取り出す。
分厚い鉄の塊が、赤色灯の下で鈍く光る。
「投入準備!」
警官隊が一斉に身構える。
「行くぞ!」
ハンソが踏み出す。
その横を、2人のメイドがすり抜けて逝く。
マリレとエアリ。
警官隊が正面へ。
メイドたちは建物の裏へ。
同じ建物を目指しながら、
2つの隊列が全く違う方向へ走り出す。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンター。
スピアは、ありったけの愛想を顔に貼り付け、
ブロデに近づく。
「私、毎日あなたにランチを届けたわ」
ブロデが見る。
「スピア」
「そう。スピア」
「君も、楽しそうだったな」
「そうね」
スピアは笑う。
「実は私も、ちょっと楽しんでた」
「…そうか」
ブロデは頭を抱える。
「でも今の僕の頭の中は、めちゃくちゃなんだ。
何が本当で、何が嘘なのか。
自分が誰なのかさえ、わからない」
スピアは、1歩近づく。
「あなたは、ブロデ・デビス」
「僕は…ブロデ?」
「とても面白くて、ユーモアがあって、それに…」
少し考える。
「きっと、彼女ができたら、
素敵なボーイフレンドになるタイプ」
ブロデが眉を上げる。
「そんなに良い奴なのか?」
「ええ。とっても」
スピアは、即答する。
「ほんとに良い奴。
少なくとも、娘さんにとっては最高の父親よ」
ブロデの顔が止まる。
「…僕に娘がいる?」
「いるわよ」
「覚えてない」
「みたいね」
「誰かが僕の人生を丸ごと奪ったみたいなんだ」
スピアは、一瞬だけ悲しそうな顔をする。
そして、朗らかに笑う。
「あのね。娘さんの名前はシドニ」
「シドニ…」
「写真がどこかに貼ってあるはず」
スピアが周囲を探す。
「ほら」
デスクのパネル。
そこに、1枚の写真がピンで留められている。
スピアが外す。
「これよ」
ブロデに差し出す。
「この子がシドニ」
ブロデは写真を受け取る。
そこには、幼女が映っている。
そして、その幼女を胸に抱く、
ブロデ自身が写っている。
ブロデの指が止まる。
写真の中の自分。腕の中の娘。
じっと見つめる。
「…」
スピアも黙って待つ。
長い沈黙。
「やっぱり…」
ブロデがつぶやく。
「思い出せない」
写真を持ったまま、悲しそうに首を振る。
その瞬間…建物の外。
「構え!」
ハンソの声。
ドアハンマーが持ち上がる。
同じころ、建物の裏。
マリレとエアリが闇の中を走る。
「コントロールパネルは?」
「もうすぐ!」
2人の足音が、夜の壁際に響く。
そして、タイムマシンセンターの中では…
スピアが、写真を見つめるブロデの顔を
じっと見ている。
「思い出せなくても良いわ」
ブロデが顔を上げる。
「え?」
「あなたがブロデで、シドニのお父さんなら…」
スピアは、1歩だけ近づく。
「もう1度、そこから始めれば良いじゃない」
ブロデの瞳が揺れる。
そのとき。
「いまだ!」
外でハンソが叫ぶ。
ドアハンマーが振り上げられる。
同時に。
センターの裏で、マリレが叫ぶ。
「見つけた!」
2つのカウントダウンが、
同時にゼロへ向かって走り出す。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
コントロールパネル。
マリレとエアリは、懐中電灯の明かりを頼りに
盤面を覗き込んでいる。
「単純ね」
マリレが指先でパネルをなぞる。
「レバーが1本」
「それだけ?」
「それだけよ」
エアリが首を傾げる。
「でも、何も起こらないわ」
「急いで!」
「わかってる!」
マリレがレバーを握る。その時…
遠くから、複数の足音。
メイドたちは、顔を見合わせる。
「…警察?」
壁の向こうを、足音が駆けていく。
「隠れて!…一応」
2人は、咄嗟に身を伏せて懐中電灯を消す。
闇。
足音が近づく。そして…遠ざかる。
エアリが小声で囁く。
「間に合う?」
「間に合わせるのよ」
マリレが再びレバーに手をかける。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンター。
オフィスの中を、スピアのママが
苛立たしげに歩き回っている。
「娘が殺されちゃう。どうしよう…
今すぐここから逃げないと!」
「でも、今は…」
僕が口を挟む。
「テリィたん!」
ママが振り返る。
「あなたの御託はもうたくさん!」
そして、ションを見る。
「ション!さっさと鍵を開けてよ!」
「やってるよ!」
ションは、床にしゃがみ込み、
ヘアピンを鍵穴に突っ込んでいる。
「なんでそんなに時間がかかるの?
金庫破りは得意なはずでしょ!」
「金庫と普通のドアを一緒にするなよ!」
「いいから早く!」
「だから、やってるって!」
ヘアピンが鍵穴の奥でカチリと鳴る。
ションの顔が上がる。
「もうちょっとだ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンター正面。
「ドアをぶち破れ!」
ハンソの怒鳴り声。
突入隊員が一斉に身構える。
「突入!」
衝角が振り上げられる。
その瞬間…
タイムマシンセンターの中。
「警察が来るぞ!」
ブロデが振り返る。音波銃を握り直す。
スピアが、その前に立つ。
「警察のことはいいから!」
「どけ、スピア」
「いやょ」
ブロデが睨む。
スピアは退かない。
「今は、私に集中して」
「…何をする気だ?」
「貴方は、自分を取り戻すの」
「僕を?」
「そう。あなたを」
スピアは、ブロデの目をまっすぐ見つめる。
「あなたはブロデ・デビス。
タイムマシンセンターの館長。
私に毎日ランチを届けさせて、
いつもくだらない冗談を言って、
たまにすごく優しい」
ブロデの眉がわずかに動く。
「そして…シドニのお父さん」
「…シドニ?」
その名前を聞いた瞬間、ブロデの表情が変わる。
「写真を見たでしょう?」
「ああ。でも、何も思い出せないんだ」
「でも、あなたの腕の中にいた」
ブロデは、黙る。
「記憶がなくても、写真の中のあなたは、
その子をちゃんと抱いていた」
「…」
「だから私は、あなたが誰なのか知ってる」
ブロデが音波銃を下ろしかける。
「スピア…」
「私を信用して」
その瞬間。
バリーン!ガッシャーン!
正面ドアのガラスが吹き飛ぶ。
「突入!」
「行け!ゴー、ゴー、ゴー!」
警官隊が雪崩れ込もうとする。
その同時刻。
センターの裏。
「動いて!」
マリレがレバーを握り締める。
「動けぇっ!」
ギギギギギ……。
錆びついたシステムが、長い眠りから目を覚ます。
「動いた!」
エアリが叫ぶ。
「もっと!」
マリレが全身の力を込める。
ギィィィィィ――。
巨大な装甲シャッターが、ゆっくりと降り始める。
正面。
「行け!行け…わ。何事だ」
警官隊が一斉に踏み込む。
その目の前で…
ゴォォォン!
鋼鉄の壁が落ちてくる。
「止まれ!」
「退避、伏せろ!」
警官隊が足を止める。
ガシャン!
装甲シャッターが完全に閉じる。
あと数メートル。
あとほんの数メートルだ。
核爆発にも耐えるという分厚い鋼鉄が、
警官隊と人質を完全に隔てる。
ハンソが呆然と立ち尽くす。
「装甲シャッターだと?」
隊員が駆け寄る。
「どうします、警部!」
ハンソがシャッターを叩く。
ビン、と低い音が返ってくる。
「…びくともしない」
壁に刻まれた音波銃の痕跡。
ハンソが、それを指でなぞる。
「犯人は、武装している」
顔を上げる。
「では、別の入口から…」
「探せ!」
ハンソが怒鳴る。
「人質の命が危ない!急げ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンター。
外の騒音が、分厚いシャッター越しに遠く響く。
ブロデは音波銃を握ったまま、スピアを見ている。
「シドニ?」
「そうよ」
「僕は、マジあの子の父親なのか?」
「YES」
「だったら…」
ブロデは、自分の頭を押さえる。
「どうして、何も思い出せない?」
スピアは、答えない。
代わりに、そっと手を差し出す。
「写真、もう1度見せて」
ブロデが写真を見る。
小さなシドニ。その子を抱く自分。
「…この子」
「うん」
「笑ってる」
「あなたもね」
「僕が?」
「あなたが」
ブロデの指が写真の端をなぞる。
そのとき…
ほんの一瞬。
誰かの笑い声。幼い女の子の声。
そして、胸に飛び込んでくる小さな身体。
「パパ!」
ブロデが息を呑む。
写真を落とす。
「…今」
「え。何?」
「誰か…何か言ったか?」
スピアが身を乗り出す。
「何を思い出したの?」
ブロデは答えない。
ただ、落ちた写真を拾い上げる。
「…もう1度」
「え?」
「もう1度、僕に話してくれ」
スピアは、静かに頷く。
「何度でも話すわ」
ブロデが初めて、音波銃を持つ手の力を緩める。
外では警官隊が、別の侵入口を探して走り回る。
そして、中では…
たった一人のメイドが、狂いかけた男の記憶を、
ひとつずつ呼び戻そうとしている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
タイムマシンセンター。オフィスのドア。
ションがヘアピンを鍵穴に突っ込んでいる。
「…いけそうだ」
カチリ。
その瞬間だ。
ドアが外から開く。
「!」
音波銃を構えたブロデが立っている。
ションは、飛び上がる。
「何してる?」
「いや、これはその…」
頼まれもしないのに、
ションは、両手を上げる。
ブロデは、慌てて音波銃を構え、僕を見る。
「テリィたん。来い」
「待ってくれ。スピアは?」
「…」
ブロデは答えない。
僕を連れ出す。
背後でドアが閉まる。
「ブロデ!」
スピアのママがドアを叩く。
「スピアを返して!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アセチレンバーナー。
青白い炎が鋼鉄の装甲シャッターを焼いている。
ゴォォォ……。
分厚い扉の内側に炎が吹き込んでくる。
「ブロデ!」
スピアが叫ぶ。
「お願い!」
音波銃を構えたブロデが振り返る。
「もう1度だけ言うわ。あの装置を止めて」
五角形のトリチウム増幅装置。
青白い光が、不気味に明滅している。
「お願いだから」
扉の向こうからの火花は激しさを増す。
「ブロデ、頼むよ」
とりあえず、僕も口を挟むが、
何を頼んでいるのか、自分でもよくわからない。
「頼む」
スピアが僕を見る。
そして、ブロデを見る。
「あの五角形の装置を止めるの」
「…あれか」
ブロデが装置を見る。
「わかった。止める」
「え。マジ?」
「ああ…テリィたん、止めてくれ」
「え。僕か?止めてくれって、何を?」
「わからない」
スピアは、僕の手を取る。
「テリィたん。あなたのパワーで」
「僕の?」
「そう」
「癒しのパワー?」
自分の手を見る。
「僕にそんなものがあるのか?」
僕は"覚醒"していない。
スーパーヒロインでもない。そもそも、男だ。
「まるで新興宗教の教祖になった気分だな」
スピアに促されるまま、
僕は、ブロデの胸に手を当てる。
その瞬間…
光。
いや、光ではない。
頭の奥で、何かが一斉に開く。
幼女。
笑っている。
小さな手。
お誕生日ケーキ。
パーティ。
知らない世界線。
3つの太陽。
そして…ティル?
僕は、彼女にキスをしている。
これは、別の世界線の記憶なのか?
さらに、向こうから無数の声が押し寄せる。
「おや?いったい、僕は…」
ブロデは、音波銃を持ったまま立ち尽くす。
その目は、大きく見開かれている。
「戻ってきた?」
僕が訊く。
「君に…」
ブロデが額を押さえる。
「僕は、君に誘拐されたんだ!」
「え?」
「でも…」
ブロデは、ゆっくり顔を上げる。
「その君が、僕を戻してくれた」
何が何だかサッパリわからない。
ブロデは、周囲を見回す。
「なんで電気が消えてるんだ?」
「それはさ…」
スピアは、僕を見る。
「もう時間がないわ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
オフィスの扉が開放される。
スピアが飛び込んで来る。
「ママ!」
「スピア!」
ママが抱きつく。
「無事だったのね!」
「うん」
「よかったぁ……!」
その後ろからブロデも入ってくる。
そのまた後ろから、僕も両手を広げて…
「何もかも解決だ。みんな、今夜のことは、
全部忘れるんだ。何もなかった。
籠城も逮捕もナシ」
誰も聞いてない。
「ション、大丈夫?」
ミユリさんは、ションに駆け寄る。
「ミユリ姐さん…俺なら大丈夫だ」
「あのね。ブロデを逮捕させるわけにいかないの」
ションが顔をしかめる。
「そっちかよ」
「ええ。そっちよ」
スピアのママも腕を組む。
「私に家族を刺した男を見逃せっていうの?」
「ママ!ブロデはウチと同じ家庭環境なの」
「家庭環境?」
スピアが写真を取り出す。
「ほら。この子」
写真の中で、シドニが笑っている。
「可愛いし、賢そうでしょう?」
「…」
「父親が刑務所に入ったら、
この子が可哀想だと思わない?」
ママは、渋々写真を見る。
「そ、そうね…」
「だから」
スピアがブロデを見る。
「1回だけ、許してあげよ?」
「1回だけって…俺は刺されたんだぞ?」
ションが不満そうに口を挟む。
「あの男は、危険人物。秋葉原の疫病神だ。
悪いけど、見逃すわけには…」
「お願い」
ミユリさんがションを見る。
「1回だけデートしてあげるから」
「…」
ションの表情が変わる。
「わかった」
あまりにも早い。
「それなら怪我は階段から落ちたことにしよう」
ミユリさんは、大きくうなずく。そして…
「じゃ、これを着て」
"サナエ首相は金星人Tシャツ"を渡す。
「これで傷を隠すの」
ションは、Tシャツを見る。
「こ、これを着るのか?」
「嫌ならデートなし」
「着ます」
即答。
そのとき。
装甲シャッターの向こうから声。
「もうすぐだぞ!」
「突入班、スタンバイ!」
「狙撃手、配置につけ!各個に撃て」
一方、この期に及び、ママは顔をしかめる。
「悪いけど、私は嘘をつけないわ」
「ママ…」
スピアが天を仰ぐ。
すると、ティルが何気なく天井を見上げる。
「ねぇ」
ママは、一瞬で"別の人"になっている。
「いつになったら電気がつくのかしら?」
「電気?」
「まだTシャツの配達も終わってないのに」
一瞬の沈黙。
そしてティルが僕を見上げる。
いたずらっぽい笑顔。
「もう大丈夫ょテリィたん」
「何が?」
「今夜の事件は、みんな忘れたみたい」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ゴォォォン!
アセチレンバーナーが最後の鋼鉄を焼き切る。
装甲シャッターが…
ドサッ。
落ちる。
「突入!」
警官隊が一斉に雪崩れ込む。
しかし、その先には…
階段いっぱいに積み上げられたマネキン。
タイムマシンの模型。
未来人の人形。
ガラクタ。
警官隊が一斉に立ち止まる。
「…なんだ、これは?」
ハンソが眉をひそめる。
「警部!どうします?」
「人質は、全員いるか!」
「はい!確認します!」
そのとき。
オフィスからスピアのママが出てくる。
「あら、ハンソ警部」
ハンソが振り向く。
「…ご無事だったんですか?」
「ええ。助かったわ」
ションも続く。
「もう閉じ込められて、どうなるかと思ったよ」
「そうですか…」
ハンソは、2人を見る。
2人ともヘンテコなTシャツを着ている。
周囲を見る。
壁。
銃痕。
バリケード。
床に散乱するガラクタ。
「これは?」
「何が?」
「壁の銃痕です」
「模様替えよ」
「…模様替え?」
「そう。ちょっと大掛かりな」
ハンソは、バリケードを見上げる。
「だから、こんなに散らかってるんですか」
「そういうこと」
「なるほど」
なぜか腹落ちしてしまうハンソ。
そのとき。
階段の上から、マリレとエアリが顔を出す。
「みんな、元気?」
「どうやら一件落着みたいね」
「そうみたいだが…おい!」
ハンソの目に、床のディスクが入る。
「これは?」
ブロデが振り返る。
「それは…」
スピアが先に答えた。
「好きな曲をダウンロードしておいたの」
にっこり。
「そうですか」
ハンソは、ディスクを見つめる。
やっぱり、何かがおかしい。
しかし、何がおかしいのかがわからない。
「じゃあ、行きましょう」
スピアがみんなを促す。
元人質一行は、バリケードの隙間を潜って
パーツ通りへと出て逝く。
最後に僕が振り返る。
ブロデがいる。
ティルがいる。
ミユリさんもいる。
そして…
「ミユリ姐さん。お茶でも飲もうか」
ションの野郎が爽やかな顔で口説いてる。
スピアのママも、もうすっかり元気だ。
「ねぇ。1枚買わない?」
"サナエTシャツ"を広げる。
「これ、評判いいんですよ」
「いや、本官は…」
ハンソは、立ち尽くす。
「一体、ここで何があったんだ?」
誰も答えない。
第4章 失われた記憶の午後
翌日。パーツ通り。
昼下がりのオープンエアのテーブルで、
ブロデは1人、コーヒーを飲んでいる。
「ブロデ!」
御屋敷から、メイド姿のスピアが駆けてくる。
「一瞬だけ休憩」
そう言って、向かいの椅子に腰を下ろす。
「やあ、スピア」
ブロデは、昨日、籠城騒ぎなど、
なかったかのような、穏やかな笑顔だ。
スピアが1枚の写真をテーブルに置く。
「これ、返すね」
「おや?」
ブロデは、写真を手に取る。
そこには、幼いシドニを抱いた自分が写っている。
「これ、スピアに貸したんだっけ?」
「そうよ」
ブロデは、写真をしばらく眺めている。
そして、少し困ったように笑う。
「また、記憶が全部ボヤけてるんだ」
「また、いつもの空白?」
「うん」
写真の中の娘を指でなぞる。
「でも今回は、少しだけ残ってる」
「え?」
「おぼろげだけどね。何を見たのかは、
ほとんど思い出せない。でも…
感覚だけは残ってるんだ」
「どんな感覚?」
ブロデは、少し考える。
「変なんだよ」
「変?」
「きっと夢なんだと思う」
「だったら聞かせてよ」
スピアが身を乗り出す。
ブロデは、笑う。
「今と同じなんだ」
「今と?」
「君がいて…」
そこで言葉を切る。
「僕を助けてくれる」
スピアの笑顔が、ほんの少しだけ揺れる。
「でも、変なんだ」
「何が?」
「僕は、誰かにさらわれたような気もする」
「…」
「だけど、誰に?どこへ?何があった?」
首を振る。
「何も思い出せない」
スピアは写真を見つめる。
そして、いつもの調子で笑う。
「とにかく」
ブロデを見る。
「貴方が戻ってきてよかった。おかえり」
「ただいま。メイドさん」
ブロデも、笑う。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夜。
僕は、窓から部屋に入り込む。
「ティル?」
ベッドでは、ティルが眠っている。
「誰?テリィたんなの?」
目を覚ましたティルは、身体を起こす。
「どうしたの?」
寝ぼけたまま、僕に身体を寄せる。
「いや、その…」
条件反射のように、
たわわな胸が僕の顔に押しつけられる。
「ちょっと待って」
僕は、慌てて顔を離す。
「実は…」
ベッドの端に腰を下ろす。
ティルは、僕を見る。
「ブロデを癒したときに、
過去の記憶が見えたんだ」
「過去の記憶?」
「うん」
僕は少し黙る。
「ラレクの記憶も」
ティルの表情が変わる。
「そして…」
「そして?」
ティルは、僕を見つめる。
僕は答えない。ただ、彼女の顔を見る。
その時。
ティルの目から、1筋の涙がこぼれる。
「…どうした?」
僕は指先で、その涙を拭う。
ティルは何も言わない。
僕も、何も言わない。
ただ見つめ合う。
そして僕は、ようやく口にする。
「君を思い出した」
ティルの瞳から、また涙がこぼれる。
僕は、その涙を、もう1度拭う。
窓の外。
アキバの夜は、何事もなかったように明るい。
けれど僕の中では…
忘れていたはずの世界線が、
ゆっくりと目を覚まし始めている。
おしまい
今回は、海外ドラマによく登場する"消された記憶"をテーマに、それぞれの世界線で生きる時空漂流者の苦悩を描いてみました。次作でシーズン2は終了します。
海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、すっかり家族旅行型インバウンドの増えた秋葉原に当てはめて展開してみました。
秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。




