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バレる

「くそったれが。」

 橋の手すりにもたれながら、不満を漏らす。日々の生活に、社会に、俺自身に。

 ぼやいた言葉は空か、もしくは川かに消えていく。


 大学を卒業し、社会に出て数年。慣れないながら必死に働いていたが、ある時上司に呼びだされた。

 入社面接以来、入室したことがない部屋には直属の上司と何度か見たことがある程度のお偉いさんが座っていた。この人誰だっけ?

「とりあえずこれを見てくれ。」

 表示されたパソコンには見慣れた動画サイトのアカウントが表示されていた。

 それは紛れもない夜中真自身のアカウントだった。投稿済のはスクロールされる度に次の動画が表示される。自然と脈が早くなる。

 そして再生された1本の動画。自作のラップをSNS上げたところ、大炎上をしてしまったのだ。

 好意的な意見も多くあったが、少なからず批判的な意見もあった。それを見せつけるようにコメント欄をゆっくりとスクロールさせる。


 ―自分が仕事できない事を他人のせいにするな

 ―お前みたいな奴が社会に文句言うな

 ―単純に下手

 ―また女性をバカにしてる


「申し訳ないが、君はここを辞めてもらう。」

 有無も言わさずクビを宣告された。


 それから就職活動に勤しむも、どこも雇ってもらえず、アルバイトで食いつないでいる。

「はあー。」

 夕焼けが川に反射し、キラキラと光っている。

 どうしようもない感情に呑まれそうになった時にこの橋からの景色を見に来る。


 ――――――――――――――――

 突然会社を解雇 学生時代を懐古

 生活はバイトでタイト 

 繰り返すハイとロー

 彼女に言われた「そこに愛はない」と 

 闘志に火が付いた あの頃

 上げたラップに火が付いた

 今じゃ尻に火が付いた

 後は爆発するだけのダイナマイト

 ――――――――――――――――


「はー。しけてんな。」

「何が?」

「別に何でもねーよ。」

 寧ろ何もないことが問題なのだ。ただ消化するだけの日々。

 バイト先のコンビニで新人として入った女子大生。若い女子ではあるが、気軽に話をしてくる妹や親戚のような気楽な関係性である。始めはドキドキしながらレジのやり方や陳列の仕方などを教えていたが、物怖じしない態度と明るさで異性というよりは妹のような感覚になっていた。

 仕事のことだけではなく、学校での出来事、流行っている物、この前見た映画の感想などいろいろな話をしてくれる。

 聞く度に、自分の学生時代を無意識に思い出す。そして同時に考えてしまう。どうしてこうなってしまったのだろうか…。

 ―――――――――――――――――

 俺の人生 消化試合

 どんな出来事も 昇華したい

 消化できなかった 過去の炎上

 最低ランク まるでG線上

 生活の為、働くあくせく

 君は心に踏み込むアクセル

 その距離感が不快とは思わない

 同じ頃があったと思うぐらいと。

 ―――――――――――――――――


「いらっしゃいませー。―が1点、-が1点。合計〇円です。…はい。はい。ありがとうございました。」

 軽いお辞儀をして、客を見送る。

 客の退店を確認し、踵を返す。

「休憩いただきます。」

 スタッフルームに行くと、既に例のバイト女子がいた。「日暮」と書かれた彼女のネームプレートを器用に机の上で回している。

「今日は早いね、夕方シフトだったよな?」

「そうだよ。めんどくて、サボっちゃった。」

「…ほどほどにな。」

 そう呆れたというジェスチャーをし、軽く窘める。いつもなら「はいはーい。」と能天気に返されるところだったが、今回は違った。

「えー、そんなこと言って良いのかな?良いのかな?」

 下から覗き込むように挑発してくる。

「なんだよ、何か良い事でもあったのk…。」

 あったのか?と聞こうとしたが言葉が止まる。

 私のノートを持っていたからだ。

「ニヒヒヒ。」

 と不敵な笑みを浮かべる。

「これなーんだ。」

「良いから返せよ。」

「やだよ。」

 日暮が持っているのは、俺の歌詞ノート。思い当たった韻やラップの歌詞が書き連ねている。動画投稿を止めても思いついた韻や感情を書き残す悪癖は簡単には治らない。

 今更、批判を受けることは何も感じない。作品として出すのは何とも思わないが、途中過程を見られるのは気恥ずかしさがある。

 そして、決定的なことを口にする。

「やっぱり夜中さんがmidnightさんだったんですね。」

 バレた。バレてしまった。嫌な汗が滴り落ちる。

 俺の青春であり、消し去りたい過去。

「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから。私からはね。」

 意味あり気な言葉を最後に、その日は解散した。


 ―――――――――――――――――

 バレる 俺の拭い去りたい黒歴史が

 バレる 俺を貶めた過去の投稿が

 バレる 俺が辞められなかった業が

 バレる バレる バレる バレる

 今の貯金では 割けることない財

 数年たっても 枯れることない才

 ラップへ想いは 欠けることない愛

 バレる バレる バレる バレる

 ―――――――――――――――――


 過去が明るみになってから、何か変わるかと身構えていたが、何も変わらない日常が過ぎていった。

「何もしないんだな。」

 スマホで動画を見ている日暮に声をかける。

「ええ、言ったじゃないですか『私からバラすようなことはしない』って」

「言ってたけど。多少の覚悟はしていたんだぞ。」

「バラしてほしいなら、バラしてあげるけど?」

「止めてください。」

 即座に否定しておく。ここできっちり言っておかないと、言いふらされては堪らない。ここで一つ、賄賂でも渡しておくかとある提案をする。

「何か欲しいものとか、してほしいことってあるか?」

「欲しいものは…ないかな。してほしいことはー。うーん。」

 頭を左右に振り、時には天を仰ぎ、時には俯いて考え込む。

「ほら、そんな考え込まずに、な?別に今回だけって訳じゃないし、気軽にな。な。」

「そっか、今回だけじゃないんだ。なら…。」

 あれ?何かまずい事言った?

 この一言を後に大きく後悔するのだった。


 ―――――――――――――――――

 過去の過ちがバレてハラハラ

 俺はこんなもんじゃないまだまだ

 この才能は世界の宝だ

 相手の思考は疑問だ 甚だ 

 だから 戦いは まだだ

 決して外れちゃいない 箍は

 俺を包むは 暖かい 肌だ

 掲げる 旗は 赤だ

 ―――――――――――――――――


「夜中さーん。こっちです。」

 待ち合わせ場所で、ぴょんぴょん跳ねながらアピールをする日暮――。

「はいはい。」

「テンション低っ。」

「俺もそんな年じゃないからね。」

 苦笑いをしながら、頭を撫でる。対して日暮は抵抗することもなく目を細める。

「さあ、行こう。」

「はいはい。」

 話した手を掴み取り、目的地に引っ張っていく。

 巷で有名なアニメ映画を見に行く。その後遅めのランチを摂り、ウィンドウショッピングに耽る。

 男女二人っきりでのお出かけと言うのに、見るのは恋愛映画でもないし、ショッピングも通常の買い物といった感じで、特にドキドキイベントはない。

 何で女性は買う気がないのに、いろんな店に入り、商品を手にとり、陳列棚に戻すのか…男には分らない価値観である。

「こんなんで良かったのか…?」

「良いんだよ。それに今日だけじゃないし。付き合ってよ。」

「いやいやいや。」

「出かけるのに付き合ったってことだからね。」

「なら良いか…って、良くない。」

「えー。」


 ―――――――――――――――――

 電子タバコ吸うくらいなら、葉巻巻くハードボイルド

 飽きさせないのも重要、聞いた全員のハートホールド

 電磁波では足りないパワー、言葉のビーム打ちまくり

 昔では考えられない年の子 紅を引いてる

 天気は晴れ、全然ない雲 爆弾も落ちない

 敗北を喫し、べそ掻く 主人公も前を向く

 現実には 暴力も天使も台風もないが、

 店頭で買うよりポチッた方が楽だ

 ―――――――――――――――――


「最後はここ。」

 デートの最後に訪れたのはクラブだった。

 女子高生が訪れるには、やや怪しい雰囲気が漂っている会場。ステージには2人がマイクを持って向き合っていた。

「帰る。」

「ちょっと待ってー。」

 踵を返し、帰路に着こうとしたが、腕を掴んで妨害される。

「だって、ここ…。」

「そうだよ。今日、MCバトルがあってる。」

「俺はこういうのは辞めたんだよ。」

「嘘。」

 真剣な目を向ける。

「なら、どうして今でも歌詞を書いているの?暇な時にラップを口遊んでいるの?世に出してないだけで、夜中さんの、いやmidnightさんの魂はこういった場を求めているはず。

 だから、我慢せず、自分に素直になってほしい。今日だけでも良いから。1回だけ。それで心が燃えなかったら、もう言うのは止める。」

「では、次の人は、midnight――って本物?まあ、どっちでも良いや。とりあえずステージへ。」

 以前炎上した名前をそのまま使ったらしい。おいおい、周りも「えっ?ほんと?」「今さら?」「マジかよ?」という好奇の声や困惑の声で溢れる。

「ほら。」

 ステージに引っ張り込まれる。

「あんな若い子が?」

「どうせ偽物だろ?」

「本物だったら前の名前で出る訳ないだろ?」

 ざわめきが次第に大きくなるが、司会がバンドメンバーに指示をし、1小節演奏すると、観客も静かになる。

「おいおい。本物か?だとしたら、こんなガキだったとはな。まあ、俺の踏み台として頑張ってくれよ。」

 暢気に客を煽る様に、挑発してくる。

「それに何だ、その女は?女作って、調子に乗ったか?ネットで調子に乗って、今度は女で調子に乗るって学ばねえな、そう言うところがお子ちゃまなんだよ。」

「別にこういうラップバトルは初めてだけどよ。ラッパーつーのはラップで語るもんじゃねーのか?さっさと始めようぜ。御託は良いから。」

 煽り返された対戦相手は怒りを露わす。ジャンケンをし、後攻になった。

 ――――――――相手のターン――――――――――

 相手が誰かと思えばmidnight 炎上したただのガキ

 俺はずっと戦ってきた お前は逃げた臆病者

 戦った場数が違う 今更出て来て何の用?

 お前は言うだろう「責はない」 いやいやここで座る「席はない」

 ――――――――自分のターン―――――――――――

 確かに俺は逃げたガキ 閉じ込めた心のカギ

 ネットで言われた「お前は詐欺」 このレベルじゃこいつは鴨

 踏んだ場数が上でも 俺は倍踏んでる韻

 席は不要 愚弄する奴はフローでかます ボディーブロー

 ―――――――――――――――――――――――

 

 ラップ対決に会場が湧く。

 久々のラップで思ったほどうまくは行かないが、心の底から熱いものが沸き上がる。

 ビートに乗って音をはめる。自分の言葉に体が追いかけていくような感覚。

 懐かしい、この高揚感。次の小節が待ちきれなく感じる。


 ――――――――相手のターン――――――――――

 お前のフローがボディーブロー? 嘘つけ

 まるで随分と長い風呂? 半身浴じゃ温くて敵わん

 俺は熱湯で沸かす お前はネットが分からせられる

 ここでは俺との決闘 敗北をお前にプレゼント

 ―――――――自分のターン―――――――――――

 敗北のプレゼントは要らない それよりくれ銭を

 アンチが言う「バズったのは運ですよ。」 

 勘違い ただ戦場の先頭で戦闘をエンジョイ

 お前は俺には勝てない それが分ですよ

 ―――――――相手のターン――――――――――

 分不相応? いやいや俺は文武両道

 尚且つ冷静さを失わないクールモード

 外出時は着るウールのコート

 いつまでもやり合おうぜオール上等

 ―――――――自分のターン―――――――――――

 オール上等? 俺は暇じゃない

 ただ思ったことを言って 着飾らない

 お前は夢と現実で 板挟み

 スキルは光らないし、相手にとっても嫌じゃない

 ―――――――――――――――――――――――


 ラストバースに向け、劣勢であるのを感じた相手サイドが賭けに出る。

 日暮のことを弄り始めた。それが完全な悪手であることに気づかずに…。


 ――――――――相手のターン――――――――――

 おやおやよく見れば 女連れ?

 低くなったんじゃね? 音楽性

 全くそそられないマグロは半解凍

 ラップも女も 長続きしないワンナイト

 ――――――――自分のターン―――――――――――

 俺らは長続きしないワンナイトじゃないぞ

 愛と財と才ないお前はただの傀儡のよう

 闘い甲斐ないよ 一方的な解体ショー 書いたか遺書?

 ここの勝利は頂く はい毎度

 ―――――――――――――――――――――――


 会場がこれまでない程に湧き上がる。

 最早確認をするまでもない。勝者は――midnightだった。


 その夜は興奮してなかなか眠れなかった。

 それでも朝になれば、バイトがある。だが、不思議と眠くはなかった。

 退屈な何も生まれないような作業をしながらも、昨日のラップ対決を頭の中で再生される。

 レジでお客様を待っている間も、ビートと歌詞が湧きだしていく。

 時々、自分のメモ帳にメモをしていく。仕事内容は変わらないのに、少し楽しく感じるから面白い。要は気持ちの持ちようなのだ。


 更に次の日。

 出勤日だった日暮は悪戯っ子のような何かを企んでいる顔で現れた。

「ねえ、夜中さん。これ見てください。」

 目の前に突き出して来たスマホを見ると、この前のラップバトルシーンが流れていた。

 その時の自分は――活き活きしていた。

 最初だけ見るつもりだったが、最後まで見入ってしまった。

「ね。カッコいいでしょ。」

 笑顔でそう語りかける日暮はとても魅力的に見えた。妹のように思っていた相手に心臓が高鳴る。

「で、どうだった?」

「どうって…。」

「楽しかったかって。」

「…楽しかった。」

 紛れもない真実だった。あの瞬間は楽しかった。血が沸いた。生を実感できた。

「ありがとう。久しぶりに楽しかったよ。」

「何言ってんの?これからもやるんでしょ?」

「えっ?」

 思いもしない返答に目を丸くする。

「だって『ワンナイトじゃない』んでしょ?男に二言はないよね。」

 にじり寄り、詰め寄られる夜中はたじたじになる。

「ね。やるよね。」

 ゆっくり頷くしかなかったのだ。

「…はい。」

 ―――――――――――――――――

 興奮止まらず ハイになる

 灰にはならない 燃え続ける

 闘志は倍になる ガチになる

 その結果 俺の戦は勝ちになる

 そんな俺でもあいつ相手には逃げ場ない

 心に持つ聖杯 関係性はまるで兄妹

 まあ、予定は未定だし 日時の指定なし

 だから口から出た返事は「はい」

 ―――――――――――――――――


 それからも日暮は事ある毎に夜中を呼び出した。

 水族館や遊園地などの遊戯施設や日暮が好きねアニメのイベント、その他お互いの家にも行ったことがある。勿論、手は出していない。

 だが、毎回話題に上がることがある。当時midnightとして活動していた時の話だ。

「何でラップを始めたの?どこで学んだの?どうやって考えてるの?」

 質問は矢継ぎ早に質問をしてくる。

 夜中にとってmidnightとしての配信は楽しいこと、嬉しいことばかりではなかった。アンチもいたし、脅し紛いな行為をされたこともあった。

 炎上したラップも、賛否両論を呼んだ。人格否定の言葉を永遠と書き込まれることもあったし、逆に「その通り」と賛同の声も多かった。

 各々が自分のラップの一部を切り取り、多くの議論がネット上やニュース番組で取り上げられた。

 夜中が投稿した1本のラップを使い、賛成派と反対派がお互いを煽り合い、夜中の収集が着かないところまでいってしまった。

 結果、夜中はアカウントを閉じた。名前こそ芸名だったし、顔もほとんど映ってはいない。だが、見る人が見ればすぐに分かるだろう。それから数年は周囲の視線に怯えながら生活した。

 やっとの思い出で取り戻した平穏だったが、職場にもバレ、解雇された。

 これまでの思いを語るにはまだ時間も心の準備もできていなかった。

「ああ、そのうちにね。」

 夜中は誤魔化すことしかできなかった。


 今日は日暮とラップ作りにレンタルスペースにやってきた。

「って、ハマらないねー。」

 二人が項垂れている。1時間もビートに乗せてやってみたが、正直鳴かず飛ばずといった感じだ。

「どうなってんのよ。」

「ほんと、何だよ。」

「何か、熱さがない。」

「そうなんだよ。何か腹の底から燃え上がる感じがないんだよ。」

「何が違うんだろうね。」

「さあ?」

「とりあえず、近くでご飯でも買ってくるから。」

 立ち上がり、買出しに向かう日暮に「俺も行くよ。」と言うが、

「良いから、さっきの続きしてて。」

 と断られる。仕方ないので数千円だけ握らせる。

 ドアの閉まる音が聞こえたところで、大きな溜息を漏らす。

「本当に何やってんだか。一度止めたのに捨てきれず、それで女子大生に感化されてこんなことまでしてるんだから。」

 今までの奇怪な人生に笑ってしまう。

 スマホを取り出し、一番落ち着いたビートを選んで再生する。


 ―――――――――――――――――

 昔はネットが会場 突っ走ったマイロード

 今では倍通る声で 時にはバイトオール

 人生どうなるか分からない 塞翁が馬

 だけど確実に分かるのは 最高な今

 そして将来のラップ界の王だ

 圧倒的火力はまるでカイオーガ

 出会いも別れも ネタの香料だ

 何度も繰り返す 怪我の功名だ

 ―――――――――――――――――


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