転生屋さん
俺は血糊のついたトラックを洗い終えると、仕事終わりの一服をする。
ふー。
この瞬間、ゆっくり煙草を吸うこの時間だけは、俺の時間だ。仕事が仕事なだけに、慣れたもんでも常に気を張る必要があるから。休まねえとやってけねえ。
少しだけ、今日の『依頼者』のことを思う。
「…たしか宛先は、『陰キャガリ勉で会計士になるもカツアゲされ続けた僕は、異世界で財務大臣に成り上がる』って世界だったか」
望む世界に転生するために、現世での死を与える仕事。
転生屋。
それが俺の仕事だ。
世間では殺し屋とも言われてる。だけど本質は少し違う。『魂の運び屋』なんてキザったらしく言うやつもいるが、俺からしたらシンプルな方がいい。「さん」をつけりゃ親しみも湧く、充分じゃねか。
しかしまあ、仕事の多いこと多いこと。
こんなふうにトラックで轢くのも多いが、時に変わり種もある。
ああそう、この前なんか爆弾で修学旅行中のバスを爆破したこともあった。
確か宛先は、『カースト最底辺ゲーマーが、異世界サバイバルでクラスを導く』だ。
自分の異世界転生にクラスを巻き込むなんて迷惑なやつもいるもんだと思っていたが、他の奴らも異世界転生したかったみたいだ。こっちの世界じゃできないことも多いからな。
警察に捕まらないのかって?捕まらねえよ、なぜだか。まあ神様の加護ってやつか、全く人の目につかない。
いくら人を轢き殺しても、そこに目撃者はなく。
どれだけ大急ぎで処理しても、見つかることはなかった。
ただ、死体の処理は丁寧にしてる、つもりだ。餞だからな。
どうしてこんな仕事をしてるのか?
それはちょっと、昔話になるな。
ああ、もう一本吸わせてくれ。
※※※
戦乱の世。
殺さなければ殺される。
奪わなければ奪われる。
そんな世界に生まれた俺は、10歳で親を殺された。父は惨たらしく殺された。母の体は辱められた。
その時、ああ、俺は1人になったんだって思ったよ。
手始めに、親を殺した奴らの命を奪った俺は、死ぬまで奪い続けてやろうと誓った。
相手が嫌がろうとも金を奪い。
どれだけ泣き喚こうとも犯した。
楽しかった、ああ楽しかったさ。
楽しさに酔ってないと、気が狂いそうだった。
それで、17になった頃だったか。
手下に殺されたよ。あっけなく。
寝首をかかれた。
悔しさよりも安心の方が強かった。
自分でも驚いたよ。
でも、それでわかったんだ。
もう奪い合うことに、俺は疲れてたんだって。
そして俺はめでたく地獄に来たってわけだ。
1000年くらい、だったか。
旅をしたよ。
聞いていたよりも地獄はひどいところじゃなかった。山とか池とか色んなアトラクションがあって、むしろ楽しかったさ。
生きていた頃の方が地獄に見えた。
そしたら、なんか煉獄ってところに呼ばれて。
仕事を与えてやるから輪廻の輪に戻してやるって言うんだよ。
まあ地獄も面白いところだったが、1000年も入れば飽きるからな。
俺は二つ返事で承諾した。
仕事は二つあった。
やたら乳のでかい若い女をまわしたり、人の恋人を横取りする竿師か。死にたがってるやつを殺して魂を他の世界へ届ける転生屋か。選べと言われた。
俺は、ある理由から後者を選んだ。
※※※
それで、今だ。
そうこうしてるうちに、次の仕事が入った。俺はタバコの火を消すと、駅に向かう。
ぽつりぽつりと、夕立ちが降ってきた。
全く、一日立て続けに二件とは穏やかじゃねえな。
俺は改札を通り、濡れた頭をタオルで拭きながら、駅のホームへ進む。今度は電車か。
ターゲットは、いた。あの『いかにもな』やつれたサラリーマンだ。やけに子供じみたカバンを持っているが、幼児退行でもしてるのか?
ほっといても死にそうな顔をしてるが、まあこれも仕事だ。
俺は、死んだ目をして電車をぼーっと待っているターゲットの後ろに並ぶ。そして電車の進入を知らせるアナウンスを聞き。
とん、と。
そいつの背中を肩で押す。
男は足がもつれ、体を回転させたまま、あっけなく前に転ぶ。小さなカバンを手放し、全てがスローに動いていく。雨粒が一つ一つ見えるみたいだ。そこにはちょうどいいタイミングで電車が迎えに来てる。しかも特急だから、勢いはそのまま。
一瞬。目が合う。
どこか安堵したような、穏やかな顔だった。
達者でな。
轟音とともに、ターゲットの肉が飛び散る。
悲鳴が上がる。
俺は顔についた血を拭くと、ため息をつく。
誰も俺がやったと気づかない。全く、お前らの目は節穴かよ。と思って周りを見渡しても、やれ取引に間に合わないだとか、デートに遅刻するとか、そんな奴らばかりだ。本当に、この世の方が地獄なんじゃないか?
そうこうしてるうちに、駅員が集まってきた。まあ、ここでそそくさと退散するのは分が悪いので、なんとなくそこに止まっている。
すると、足を何かに掴まれる。
「おじちゃん。お父さんは?」
「あ?」
「ジュースでも買ってきなさいって、お金をくれたお父さんは?さっきまでここにいた、お父さんは?」
足元に目を向けると、小さなガキが俺のズボンを掴んでいた。手にはさっきの小さなカバンを持って。ああコイツのだったか。
「お父さんは、お父さんはどこに行ったの?」
どうやら、電車に轢かれたことに気づいてないらしかった。
ここは、適当にはぐらかしてーー
「お父さんは、どこに行ったの」
ズボンを握る力が強くなり、目に涙を浮かべてる。
ああ、これは気づいてる目だ。
昔の自分に少し重なったからか。
俺は、ほんの少し、ほんの少し、魔が差した。
「坊主、お前の親父がどこに行ったか、知りたいか?」
「知りたい」
「そうか」
俺はスマホを取り出し、宛先を確認した。他のやつにバレない小声で言う。
「『望まない子供を育てさせられていた俺は、養育スキルで無双する』…っは」
「お父さんはどこにいったの?」
「お前のお父さんは、お前を置いて旅に出たんだよ。望まない子供とはずいぶん身勝手な奴だな」
「違う」
「何が」
「お父さんは身勝手なんかじゃない、優しいお父さんだ!僕と、よく遊んでくれた。…お父さんは、僕のお父さんは、本当のお父さんじゃないんだ」
「何?」
養子ってやつか?だが養子を受け入れるような奴が、身勝手に死にたがるとは思えない。
「僕は、お母さんと、その恋人との間に生まれた子供」
「あん?」
「一度だけ、お母さんが会わせてくれた。この人が本当のお父さんよって」
「…」
「僕はお父さんが好きだった。お母さんは、本当のお父さんのことが好きだったけど、お金がないから、お父さんと結婚した。
だから僕は、本当のお父さんの子供で、今のお父さんの本当の子供じゃないんだ」
「…そいつは、難儀な話だな」
つまり、今轢かれてったターゲットは、違う男の子供を托卵されていたわけだ。
「お前が違う男のガキって気づかなかったのか?」
「ううん、お父さんは、気づいてた。
お父さんは時々、僕のことを睨んでた。
ある日、お母さんが1人でお出かけした時、お父さんが早く仕事から帰ってきた日があった。僕と一緒に、ドライブに連れて行ってくれた。
そこで、本当のお父さんとお母さんが仲良くしてるのを見たんだ。そしたらお父さんは、言ったんだ。
『誰だろうね、あの人は。お前によく似た顔の、あの人は誰だろうね』って」
「…」
「とても辛そうに言ってた。
それきり、お父さんは悲しそうな顔をしなくなった。お母さんと僕といる時は、とても明るい顔してた。
でも、1人になると、とても辛そうな顔してた」
「そうか。身勝手なんて言って悪かったな」
多分こいつは、ガキのために真実を知っても父親を演じ続けていたんだろう。でもそれに疲れた。だから、転生を願った。
「まあ、あいつはずっと行きたかったところに行ったんだ。元気でやってくさ」
「…うん」
それきり、俺たち2人は、止まったままの電車を眺めながら、ただただ雨の音を聞いていた。
しばらくして、ガキが、口を開く。
「でもおじちゃん、お父さんは戻ってくるの?旅が終わったら、帰ってくるの?」
すがるような眼差しでこちらを見つめるクリクリした目。
「いいや、二度と戻ってこない」
「う、うわーん!!」
ガキは大声で泣き出した。我ながらもっと言い方もあるだろうと思うが、事実なんだから仕方ない。だが人目につくのはまずい。
「お父さんが!お父さんが!」
俺はそっと離れようとする。父親が事故死して、泣き喚く子供。その隣に大人がいたら、真っ先に疑われる。
「お父さん!お父さん!僕を1人にしないでよ!」
だが、ここでも、俺は魔が差した。
「泣くな」
「っ!」
俺は静かに言う。存外怒りが滲んでしまったようで、思ったより語気が強くなってしまった。
俺は努めて淡々と告げる。
「お前が泣いて、父親は戻ってくるのか?」
「ぐすっ…戻って、こない」
「父親は行きたいところに行ったんだ。それは悲しいことか?」
「悲しいことじゃ、ない」
「じゃあ、お前が泣く必要があるか?」
「ない」
「そうだ。お前にもう家族はいないのか?」
「いる。母さんと本当の父さんが」
「だろ。じゃあお前は1人じゃないんだ」
「うん…」
ここで笑いかける。
「お前の父さんはちゃんと苦労して、旅に出たんだ。汲み取ってやんな」
「…うん」
我ながら体のいいことを言っている。だが、これも仕事だ。
「僕は、これからどうしたらいいの?」
「お前の自由だ」
「…本当のお父さんは大嫌いだ」
「そうか」
「お母さんとも、暮らしたくない」
「…そうか」
ああ、タバコが一本吸いてえ。こういう時、こう、なんか空気を変えるような、保たせるような、何かが…。
俺はガキをじっと見る。
本当に、この時、何かの魔が差した。
「坊主、俺とくるか?」
「…うん」
変な因果で始めた仕事だが、俺はこの日、助手を1人手に入れた。




