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癒ししかできない無能聖女として追放されましたが、私がいなくなった国はもう保ちません  作者: 蒼井 玲


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第98話 失われるもの

 「受け入れる価値はある」


 その言葉が、まだ残っている。


 イリスの声。


 冷静で、

 正しくて、

 揺るがないはずの言葉。


 なのに。


「……違うだろ」


 レオンは小さく呟いた。


 誰に向けたのかも、

 自分でもわからない。


 黒は、待っている。


 統合か。


 拒否か。


 その選択を。


 だが。


 レオンの視線は、

 黒ではなく。


 リリアに向いていた。


「……リリア」


 呼びかける。


 返事はない。


 いや。


 少し遅れて。


「……はい」


 返ってきた。


 声は同じだ。


 落ち着いていて、

 静かで、

 均衡そのもののような声。


 だが。


 どこか、遠い。


 レオンの胸が、

 わずかに軋む。


「大丈夫か」


 リリアは少しだけ首を傾げる。


「……何が、ですか」


 その言葉で。


 何かが、崩れた。


「……は?」


 レオンが息を呑む。


 今のは。


 おかしい。


 ほんの少し。


 だが確実に。


 “ズレている”。


 エルナが気づく。


「ちょっと……」


 リリアを見る。


 じっと。


「……あんた、さっきの話、覚えてる?」


 リリアは考える。


 ほんの一瞬。


 そして。


「……さっき、とは?」


 沈黙。


 完全に。


 止まる。


「……おい」


 レオンが一歩近づく。


「リリア」


 名前を呼ぶ。


 はっきりと。


 だが。


 リリアの目が、


 わずかに揺れる。


「……リリア、とは?」


 その一言で。


 空気が凍った。


「……は?」


 レオンの声が掠れる。


 イリスの目が鋭くなる。


「……進行」


 短く言う。


 リリアの代償。


 均衡の代価。


 それが。


 今、現れている。


 レオンが笑う。


 信じられないように。


「……冗談だろ」


 リリアを見る。


 もう一度。


 確かめるように。


「俺だ」


 自分を指さす。


「レオンだ」


 ゆっくりと。


 一語ずつ。


 だが。


 リリアは、


 静かに首を傾げる。


「……レオン」


 繰り返す。


 音として。


 意味ではなく。


 ただの言葉として。


 その瞬間。


 レオンの中で、


 何かが、折れた。


「……そうかよ」


 小さく呟く。


 怒りも、

 悲しみも、

 全部飲み込んで。


 ただ。


 受け入れる。


 その時。


 リリアが、


 わずかに近づく。


「……すみません」


 小さく言う。


 理由もわからないまま。


 ただ。


 謝る。


 その姿が。


 あまりにも、


 “リリア”だった。


 レオンは目を閉じる。


 少しだけ。


 呼吸を整える。


 そして。


 開く。


「……いい」


 短く言う。


「気にすんな」


 その声は、


 驚くほど穏やかだった。


 エルナが叫ぶ。


「よくないでしょ!」


 セレナも涙ぐむ。


「これ……このままだと……」


 言葉にならない。


 だが。


 全員わかっている。


 このまま進めば。


 リリアは、


 すべてを失う。


 イリスが言う。


「……代償としては合理的」


 レオンが睨む。


「黙れ」


 一言。


 それだけで。


 空気が張り詰める。


 イリスは何も言わない。


 ただ。


 わずかに目を伏せる。


 黒が言う。


「――確認」


「――個体の維持は不安定」


 当然だ。


 今、目の前で起きている。


「――統合により安定化可能」


 その言葉は、


 あまりにも“正しい”。


 だからこそ。


 レオンは笑う。


「……だから嫌いなんだよ」


 黒を見上げる。


「お前の“正しさ”」


 そして。


 リリアを見る。


 名前も、

 記憶も、

 消えかけている存在。


 それでも。


 ここにいる。


 確かに。


「……それでもいい」


 静かに言う。


 リリアに向けて。


 いや。


 自分に向けて。


「全部忘れてもいい」


 一歩踏み出す。


 黒へ向かって。


「また繋ぐ」


 その言葉で。


 空間が揺れる。


 リリアの目が、


 ほんの一瞬だけ。


 強く光る。


 だが。


 すぐに消える。


 黒が言う。


「――非効率」


「――再提案」


 圧が強まる。


「――統合を受け入れよ」


 レオンが答える。


 即座に。


「断る」


 その一言で。


 完全に。


 道が分かれた。

ここがこの作品の感情のピークです。


「忘れられても繋ぐ」

この選択が、この物語の核心になります。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白いと感じていただけたら、ぜひブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです。


次回、「選択」。

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