第83話 干渉の代償
風が、戻った。
丘の草が揺れる。
鳥の声が、遠くで鳴く。
空は、ただの空だった。
――なのに。
「……おかしい」
エルナが低く言う。
誰も否定しない。
空気は普通だ。
光も暴れていない。
裂け目もない。
だが。
何かが、消えていた。
「……軽すぎる」
セレナが胸に手を当てる。
さっきまであった“圧”が、
完全に消えている。
それ自体は良いことのはずだ。
だが違和感が残る。
レオンがリリアを見る。
「……大丈夫か」
リリアは立っている。
いつも通りに見える。
だが。
「……はい」
答える声が、ほんの少し遅れた。
ほんの一瞬。
だが確かに。
レオンは眉をひそめる。
「今の……」
「問題ありません」
リリアは言う。
だがその目は、
少しだけ焦点がずれていた。
イリスが一歩近づく。
「……影響」
短く言う。
リリアは否定しない。
「あります」
アルデリックが即座に聞く。
「どの程度だ」
リリアは少し考える。
言葉を選ぶ。
「……一部、欠落しています」
丘の空気が止まる。
「欠落?」
レオンが聞き返す。
リリアは頷く。
「はい」
静かな声。
「記憶の一部」
沈黙。
誰も言葉を出せない。
エルナが顔をしかめる。
「どのくらい?」
「……小さいものです」
だが。
その“小さい”が問題だった。
セレナが恐る恐る聞く。
「何を……失ったんですか」
リリアは、答えない。
数秒。
そして。
「……わかりません」
静かな答え。
だがそれが、
一番重い。
レオンの背筋が冷える。
「……それって」
「自覚できない欠落です」
アルデリックが低く言う。
「記録欠落と同じ現象か」
南の惨事。
あの現象。
それが、
リリアにも起きている。
イリスが静かに言う。
「……代償」
その言葉に、
全員が沈黙する。
リリアは否定しない。
「はい」
短い答え。
「世界に干渉した結果です」
風が吹く。
丘の草が揺れる。
だが誰もその音を聞いていない。
レオンが一歩前に出る。
「やめろよ」
声が少し荒い。
「そんなの」
「必要です」
リリアは即答する。
迷いがない。
「均衡を保つために」
「でも……!」
言葉が続かない。
正しい。
だが納得できない。
その時。
イリスが言った。
「非効率」
全員の視線が向く。
「自己損耗型」
冷たい分析。
「長期維持不可能」
リリアは頷く。
「はい」
否定しない。
エルナが苛立つ。
「じゃあどうすんのよ」
イリスは答える。
「だから中心が必要」
結論は変わらない。
レオンが歯を食いしばる。
「またそれかよ」
「事実」
短い。
だが揺るがない。
アルデリックも言う。
「今の現象で証明された」
「均衡は維持できない」
「いずれ崩れる」
正論が並ぶ。
リリアは静かに聞いている。
そして言う。
「……完全には、維持しません」
全員が顔を上げる。
「え?」
レオンが聞く。
リリアは空を見る。
青い空。
だがその奥に、
何かがある。
「周期的に調整します」
その言葉は、
新しい選択だった。
中心でもない。
完全分散でもない。
「干渉と解放を繰り返す」
均衡の維持。
だが負担は増える。
エルナが呆れる。
「無茶苦茶ね」
「はい」
リリアは素直に認める。
イリスがじっと見ている。
初めて、
明確に興味を持っている。
「……持続可能性」
小さく呟く。
計算している。
だが答えは出ない。
未知だからだ。
その時だった。
空気が、変わった。
全員が同時に顔を上げる。
「……またか」
エルナが呟く。
だが違う。
さっきとは違う。
軽い。
だが確実に。
“触れられている”。
レオンの胸が震える。
「……なんだよ」
見えない。
裂け目もない。
だが。
感じる。
“見られている”。
リリアが静かに言う。
「……干渉です」
その言葉と同時に。
レオンの視界が、
一瞬だけ歪んだ。
「――ッ!」
知らない景色。
一瞬だけ。
白い空間。
何もない場所。
そして。
自分ではない誰かの視点。
次の瞬間、戻る。
丘。
現実。
呼吸が荒い。
「今の……!」
セレナも同じだった。
「私も……見えた」
イリスが低く言う。
「観測」
アルデリックの声が硬くなる。
「世界が、こちらを見ている」
それはもう、
比喩ではなかった。
実際に、
干渉している。
リリアは空を見ている。
その目は、
わずかに変わっていた。
「……次は」
小さく言う。
「こちらからではありません」
沈黙。
風が止まる。
全員が理解する。
次に来るのは、
“選択”ではない。
“介入”だ。
ここで「代償」と「新しい均衡の形」が提示されました。
そしてついに、
世界が“干渉してくる側”に変わりました。
次はもう完全に「人 vs 世界」です。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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次回、「介入」。




