第8話 村の外で、起き始めていること
朝、村の門代わりになっている簡素な柵の外が、いつもより騒がしかった。
人の声。
それも、村人のものではない。
リリアが外へ出ると、数人の旅人が立ち尽くしていた。
疲れ切った顔、泥で汚れた靴、怯えを隠しきれない目。
村人たちも集まってきて、ざわめきが広がる。
「……どうしたんだ?」
レオンが前に出て、旅人たちに声をかけた。
「向こうの村から来ました」
一人の男が、掠れた声で答える。
「森の近くで、魔物が出た。今まで見たこともない数で……畑が荒らされ、家畜もやられた」
リリアの胸が、ひくりと跳ねた。
(……始まってる)
村の外。
ここではない場所で。
「他の村は?」
「逃げ出した者もいます。王都に助けを求めると言って……」
村人たちの間に、不安が走る。
ここが辺境であることを、改めて思い出したような空気。
「でも……この村は」
旅人の一人が、辺りを見回す。
「……妙に、静かですね」
その一言が、胸に刺さる。
村長が一歩前に出た。
「事情はわかった。今日はここで休んでいきなさい。水も食料も出そう」
旅人たちは、安堵の表情を浮かべて頭を下げた。
リリアは、その様子を見ながら、ゆっくり後ずさる。
自分が前に出てはいけない気がした。
昼過ぎ。
村の外れで、レオンが仲間の男たちと話していた。
「外の村は、かなり荒れているらしい」
「この辺りだけ、無事すぎるな」
「……気味が悪いくらいだ」
誰も、リリアの名を出さない。
それが、余計に苦しい。
畑の端で、リリアは一人、土を見つめていた。
指で軽く触れると、土はしっとりとして、柔らかい。
(……私が、境界になっている)
村の中と、外。
はっきりと分かれてしまった。
夕方、旅人の一人が、村の子どもに言っているのを聞いた。
「ここは、安全だな。まるで、守られているみたいだ」
その言葉に、息が詰まる。
(守っているつもりは、ないのに)
夜、リリアは眠れず、村の外れまで歩いた。
焚き火の明かりが、背後で小さく揺れる。
森の方角を見る。
暗闇の向こうに、わずかなざわめきがある。
魔物の気配。
はっきりと感じ取れる。
でも――村の中には、入ってこない。
(……私は、線なんだ)
自分が「壁」になっている感覚。
望んだわけでも、選んだわけでもないのに。
背後で、足音がした。
「こんな時間に、どうした」
レオンだった。
「……眠れなくて」
「そうか」
それ以上、聞かない。
いつも通りの距離感。
レオンは森を見て、低く言った。
「外は、きな臭い。だが、この村は……変わらない」
少し間を置いて、続ける。
「理由はわからないが、俺はこの村を守る。それだけだ」
リリアは、胸が締め付けられるのを感じた。
(……私は)
ここを守っている。
けれど、同時に――世界を分断している。
もし、この村が最後の安全地帯になったら。
人が集まり、争いが起き、いずれ壊れる。
その中心に、自分がいる。
夜風が吹く。
森のざわめきが、少しだけ遠のいた。
リリアは、心の中で初めて、はっきりとした願いを持つ。
(……私が、動かなければ)
祈るのではない。
戦うのでもない。
――「どこにいるか」を、選ばなければならない。
追放された聖女は、ようやく理解し始めていた。
自分の存在そのものが、世界の均衡に触れているということを。




