第62話 夜の訪問者
丘の下の道を、松明の列が進んでいた。
炭鉱町は夜になると静かだ。
だからこそ、その足音ははっきり聞こえる。
鎧の擦れる音。
統制された歩幅。
ただの巡礼者でも、商人でもない。
兵だ。
エルナが目を細める。
「やっぱり来たわね」
リリアは、ゆっくり立ち上がる。
「保守派の判断でしょう」
遠く王都で議論が続いている間にも、
現場は動く。
秩序は、議論より早く刃を出す。
レオンは丘の下を見つめていた。
「……俺を捕まえに来た?」
「可能性は高いです」
リリアは隠さない。
少年は黙る。
逃げるか。
立つか。
その迷いを察したように、エルナが肩を叩く。
「慌てなくていい」
「でも」
「選ぶのはあんた」
それはリリアの言葉と同じだった。
丘の下で、兵の列が止まる。
指揮官が町長の家へ向かう。
すぐに灯りが増える。
住民が起き始めた。
ざわめき。
不安。
数分後。
兵の一団が丘へ登り始める。
まっすぐ、ここへ。
「早いわね」
エルナが呟く。
「情報はもう届いています」
リリアの声は静かだ。
兵の先頭が丘に現れる。
鉄の胸当て。
聖堂の紋章。
指揮官は一歩前へ出た。
「未登録適性者レオン・ハルヴァ」
夜風の中で声が響く。
「王都命令により拘束する」
レオンの肩が固まる。
「抵抗しなければ危害は加えない」
形式的な言葉。
だが後ろの兵は、すでに武器に手をかけている。
リリアが一歩前へ出た。
「その命令の発令者は」
指揮官は一瞬迷う。
「……聖堂高位会議」
嘘ではない。
だが全体決定でもない。
保守派の強引な判断だ。
「命令書を」
リリアが言う。
指揮官は黙る。
つまり持っていない。
エルナが小さく笑う。
「ずいぶん雑ね」
兵の空気が硬くなる。
指揮官が低く言う。
「これは秩序維持のためだ」
「恐怖維持ではなく?」
リリアの言葉は柔らかい。
だが鋭い。
レオンは、二人の背中を見る。
逃げることもできる。
丘の反対側は森だ。
だが足が動かない。
彼は前へ出る。
「……俺がレオンだ」
兵がざわつく。
指揮官が視線を向ける。
「抵抗するか」
少年は、首を振る。
「逃げない」
その言葉に、リリアの視線がわずかに動く。
「でも」
レオンは続ける。
「拘束はされない」
兵たちが武器を握る。
空気が張り詰める。
共鳴が、少年の周囲で微かに揺れる。
未熟な光。
だが以前より落ち着いている。
彼は深く息を吸う。
「俺は逃げない」
「でも、物にもならない」
その言葉は震えていた。
恐怖はある。
だが立っている。
リリアは、静かに言う。
「……良い選択です」
完全な拒絶ではない。
完全な服従でもない。
兵の指揮官が判断に迷う。
そのとき。
丘の下から別の声が響いた。
「待ちなさい!」
松明の光の向こうから、
白い法衣が見える。
セレナだった。
彼女は息を切らしながら丘を登る。
「その命令は、正式ではありません」
兵の列がざわめく。
指揮官が振り向く。
「聖女様……」
セレナは、真っ直ぐ前を見る。
「未登録適性者への強制拘束は、停止命令が出ています」
その言葉で、兵たちの動きが止まる。
秩序は、命令で動く。
だが命令が衝突すると、止まる。
丘の上に、重い沈黙が落ちた。
世界はまだ揺れている。
拡散も、恐怖も、政治も。
だが今夜、
少年は初めて
自分の意思で
立っていた。
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