表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
癒ししかできない無能聖女として追放されましたが、私がいなくなった国はもう保ちません  作者: 蒼井 玲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/83

第6話 感謝されそうになって、逃げた

 朝の村は、相変わらず静かだった。


 リリアは井戸のそばで、水桶を抱えながら深く息を吸った。

 冷たい空気が肺に入り、頭の中が少しだけ冴える。


(……今日も、何も起きていない)


 それが、この村の日常になりつつあることに、まだ慣れない。

 辺境だと聞いていた。魔物も出るし、作物も安定しない。だから人手が足りず、余裕もない――そういう場所だと思っていた。


 けれど、ここ数日は違う。


「リリアちゃん、これ持ってって」


 声をかけられ、振り返る。

 昨日、畑仕事を教えてくれた女性が、籠を差し出していた。中には、焼き立てのパンがいくつも入っている。


「……え?」


「余ったからさ。昨日、手伝ってくれただろう?」


 手伝った、と言えるほどのことはしていない。

 教わりながら土をならし、苗を植えただけだ。失敗も多かったし、正直、足手まといだったと思う。


「い、いえ……私は……」


 断ろうとした言葉が、途中で止まる。

 女性は、にこりと笑った。


「遠慮しなくていいよ。助かったのは本当なんだから」


 助かった。

 その言葉に、胸の奥がひくりと揺れる。


 ――違う。

 ――私は、助けてなんていない。


 それなのに、否定する言葉が見つからなかった。

 結局、籠を受け取ってしまう。


「……ありがとうございます」


 声が、少しだけ小さくなった。


 女性は満足そうに頷き、畑へ戻っていった。

 残されたリリアは、パンの温もりを手に感じながら、立ち尽くす。


(……だめだ)


 これは、よくない。

 感謝されることに、慣れてはいけない。


 理由は、うまく言葉にできない。

 けれど、王都での記憶が、胸の奥で静かに疼いた。


 必要とされる。

 評価される。

 期待される。


 その先にあったのは、追放だった。


 村の中央を歩いていると、今度は別の声がかかる。


「リリアさん」


 村長だった。

 穏やかな表情だが、今日はどこか改まっている。


「少し、話せるかね」


「……はい」


 家の中に招かれ、簡素な椅子に座る。

 卓上には、湯気の立つ茶が置かれていた。


「この村はね、ここ数年、あまり運が良くなかった」


 村長は、静かに話し始めた。


「魔物も出るし、病も流行った。若い者は町へ出ていく。正直、今年も厳しいと思っていたよ」


 リリアは、黙って聞く。

 自分が口を挟んでいい話ではない。


「だが、最近は不思議と落ち着いている。作物も順調だし、家畜も元気だ。村人同士の揉め事も、ほとんどない」


 そこで、村長はリリアを見た。

 じっと、確かめるように。


「……君が来てから、だ」


 胸が、きゅっと縮む。


「い、いえ……それは、偶然です」


 即座に否定した。

 声が、少し早口になる。


「私は、特別なことは何もしていません。ただ……ここにいただけで……」


 言いながら、苦しくなる。

 “ここにいただけ”――それが、一番危険な言い回しだと、どこかで理解していた。


 村長は、しばらく黙っていた。

 それから、ふっと笑う。


「そうか。なら、偶然なんだろう」


 深追いは、しなかった。

 そのことに、心底ほっとする。


「だがな、リリア。偶然でも、必然でも、村が穏やかならそれでいい。我々は、理由より結果を大事にする」


 その言葉は、王都で聞いてきた「結果」とは、どこか違って聞こえた。

 比較も、順位もない。ただ、生きやすいかどうか。


「……ありがとうございます」


 何に対する感謝なのか、自分でもよくわからなかった。


 家を出ると、空は高く、雲がゆっくり流れていた。

 風が、やさしい。


(……私が、いるから?)


 考えかけて、首を振る。


(違う。考えちゃだめ)


 その日の午後、村の外で、家畜が一頭倒れた。

 老いた山羊で、寿命だろうと皆が言った。


 けれど、リリアにはわかった。

 寿命ではない。小さな瘴気の滞留。放っておけば、他の家畜にも影響が出る。


 ――祈れば、消える。

 それは、確信に近い感覚だった。


 リリアは、一歩下がる。


(……だめ)


 ここで祈れば、また「理由」になってしまう。

 誰かが気づくかもしれない。感謝されるかもしれない。


 彼女は、何もせず、その場を離れた。


 結果として、瘴気は夜までに薄れ、他の家畜に被害は出なかった。

 誰も、そのことを不思議に思わない。


 夕方、レオンとすれ違う。


「今日は、村が妙に穏やかだな」


「……いつも通り、だと思います」


「そうか?」


 レオンは首を傾げたが、それ以上は言わなかった。


 夜。

 部屋で一人、外套を畳みながら、リリアは思う。


 感謝される前に、逃げた。

 役に立つ前に、引いた。


 それでも、村は守られている。


(……私は、どうしたいんだろう)


 答えは出ない。

 ただ一つ、はっきりしていることがある。


 ――私はもう、「必要とされる場所」に戻りたくない。


 その願いだけが、胸の奥で静かに形を持ち始めていた。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ