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癒ししかできない無能聖女として追放されましたが、私がいなくなった国はもう保ちません  作者: 蒼井 玲


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第59話 南の空が裂ける

 それは、昼だった。


 南方の交易都市リュシエル。

 港と市場で賑わう、活気ある街。


 最初の異変は、井戸水が逆流したことだった。


「なんだ、これ……」


 水が空へと細く伸び、揺れる。


 次に、広場の中央で少女が膝をついた。


 未登録適性者。

 名はアリサ。


 数日前から、微かな発光が確認されていた。


 聖堂は調査中。

 管理は、まだ始まっていない。


「……止めて」


 彼女の声は、誰にも届かなかった。


 周囲では、人々が叫ぶ。


「また聖女だ!」

「奇跡を!」


 期待は、重圧になる。


 アリサの呼吸が乱れる。


 願いが重なる。


 怖い。

 助けたい。

 期待に応えなければ。


 感情が混線する。


 その瞬間。


 空気が、裂けた。


 音はない。

 だが視界が歪む。


 広場の上空に、白い亀裂が走る。


 時間が、半拍ずれる。


 叫びが、遅れて聞こえる。


「……あ」


 少女の体が浮く。


 光が、制御なく拡散する。


 周囲三十人が、同時に膝をつく。


 息が止まる。


 建物の一角が、輪郭を失う。


 崩れない。


 消える。


 存在が、抜け落ちる。


 次の瞬間。


 光が、内側へ収束した。


 強制的に。


 世界が、中心を求める。


 少女の瞳から光が消える。


 崩れ落ちる。


 静寂。


 広場の端で、誰かが呟く。


「……何が起きた?」


 記録官が駆けつける。


 だが報告書に書けない。


 建物の一部が、存在していたかどうかが曖昧だ。


 記憶が、揺らぐ。


 王都。


 クラウスが報告を受ける。


「死亡確認」


 短い言葉。


「周囲三十二名、重篤。

 建物一棟、記録欠落」


 記録欠落。


 羊皮紙の一部が、白く抜けている。


(閾値を超えた)


 確信する。


 適性者数の増加。

 位相密度上昇。


 世界が自動補正を発動した。


「……やはり」


 神官長が低く言う。


「唯一に戻すべきだ」


 だが、言葉に迷いがある。


 唯一でも、完全ではないと、

 もう知っている。


 炭鉱町。


 リリアが、突然足を止めた。


 顔色が変わる。


「……遅かった」


 エルナが息を呑む。


「死んだ?」


「はい」


 短い答え。


 レオンの顔が青ざめる。


「俺のせいか」


「違います」


 即答。


 だが、少年の胸に重さが落ちる。


「分散は、安全ではありません」


 リリアの声は、静かだが硬い。


 思想が、試された。


 遠く南の空に、かすかな白い傷が残る。


 すぐに閉じる。


 だが確実に、世界は一段深く揺れた。


 聖性は、奇跡ではない。


 善でもない。


 それは、


 均衡を求める力。


 過剰になれば、


 削り取る。


 レオンは、拳を握る。


 理想が、初めて現実に触れた。


 そして世界は、


 分散だけでは守れないことを、


 静かに証明した。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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