第52話 炭鉱町の灯り
炭鉱町の朝は、灰色だ。
夜通し燃え続けたかがり火の煙が、低く空に残っている。
坑道の入り口には簡易の補強が施され、崩落の跡はまだ生々しい。
レオンは、家の前に座っていた。
手を見つめる。
昨日、確かに持ち上がった。
触れてもいない支柱が、ゆっくりと。
父は生きている。
それは事実だ。
だが、町の視線が変わった。
「おはよう、聖女様」
冗談めかした声。
しかし半分は本気だ。
レオンは立ち上がる。
「やめてくれ」
吐き捨てるように言う。
だが人は集まる。
「王都に知らせよう」
「聖堂が保護してくれる」
「町も助かるぞ」
炭鉱は衰えている。
事故も多い。
“奇跡”は、救いになる。
レオンは、奥歯を噛み締める。
(俺は、救いじゃない)
ただ、父を助けたかっただけだ。
そのとき、広場の奥から声が上がる。
「試してみろよ」
同年代の男が、半笑いで言う。
「また持ち上げられるか?」
ざわめき。
好奇心。
疑念。
レオンの胸が、ざらつく。
もう一度、願えばいいのか。
簡単だ。
昨日と同じように、強く思えば。
だが――
昨日の感覚は、痛みを伴っていた。
頭の奥が裂けるような。
世界が無理やり近づくような。
「やらない」
短く言う。
「なんだよ」
「怖いのか?」
笑い声。
レオンは拳を握る。
(怖い?)
違う。
あれは、自然じゃない。
無理やり何かを動かす感覚。
父が、家の中から出てくる。
「やめろ」
低い声。
周囲が静まる。
「奇跡は、見世物じゃない」
その言葉は重い。
だが、火はついてしまっている。
午後。
王都からの伝令が町に入る。
聖堂の紋章を掲げた馬。
人々がざわめく。
「ほら来た」
「やっぱりな」
レオンの喉が乾く。
逃げるべきか。
だが、どこへ?
伝令は広場で告げる。
「未登録適性者の確認に来た」
公式な言葉。
冷たい響き。
レオンは、初めて理解する。
これは町の問題ではない。
国の問題だ。
夜。
町外れの丘。
レオンは一人、座っていた。
「……聖女なんて、いらない」
ぽつりと呟く。
「一人に集めるから、重くなる」
昨日、確かに感じた。
遠くに、もう一つの“強い光”。
あれが中心だとするなら、
(分ければいい)
みんなが少しずつ持てばいい。
誰か一人が、背負う必要はない。
その思考は、純粋だ。
だが、危うい。
遠く離れた街道で、リリアが足を止める。
「……向かいましょう」
エルナが目を細める。
「ついに?」
「ええ」
今までは観測だった。
だが今回は違う。
「強すぎます」
レオンの願いは、怒りを含んでいる。
怒りは、共鳴を増幅する。
炭鉱町の灯りが、夜に揺れる。
少年はまだ知らない。
その願いが、
世界の均衡に触れ始めていることを。
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