第47話 ふたり、向き合う
夜明け前の空は、まだ青い。
村を離れた街道の分岐点。
そこに、小さな野営の灯りが見えた。
リリアは足を止める。
胸の奥で、鼓動が揃い始めている。
(……ここ)
エルナが、息を吐く。
「強いわね」
「ええ」
逃げない。
今回は、避けない。
焚き火の向こうに、人影がある。
白い外套。
護衛の騎士たち。
そして――
セレナが、ゆっくりと立ち上がった。
距離は十数歩。
光も、奇跡も起きない。
ただ、空気が澄み切る。
護衛たちが警戒して前に出る。
「下がってください」
セレナの声は、震えていない。
リリアも、立ち止まる。
互いに、見つめる。
顔は知らない。
だが、わかる。
同じ場所に立てる存在。
セレナが、先に口を開いた。
「……あなたが」
言葉が、詰まる。
問いは山ほどある。
だが、最初に出たのは、
「痛く、ありませんか」
予想外の問い。
リリアは、少し目を瞬かせた。
「何がですか」
「世界に触れて」
セレナは、胸元を押さえる。
「私は、少し……痛い」
正直な告白。
護衛が戸惑う。
エルナは、黙って見ている。
リリアは、静かに答える。
「最初は、痛みます」
「……最初?」
「受け入れれば、痛みは形を変えます」
セレナは、一歩近づく。
「あなたは、どうして立たないのですか」
核心。
夜気が、わずかに震える。
「立てるのに」
その言葉に、エルナがわずかに目を細める。
リリアは、視線を逸らさない。
「立つ人が、いるからです」
セレナの呼吸が乱れる。
「私が、立っているから?」
「はい」
迷いのない答え。
セレナの胸が、強く波打つ。
共鳴が、急激に高まる。
足元の草が、わずかに光を帯びる。
護衛が叫ぶ。
「離れてください!」
空気が、歪む。
セレナの瞳が、光を帯びる。
「止め……られない」
祈りが溢れる。
整えようとする力が、無差別に広がる。
リリアは、一歩踏み出す。
「大丈夫です」
声は低く、穏やか。
セレナの手を、そっと握る。
押し返さない。
奪わない。
均す。
共鳴が、ぶつかるのではなく、重なる。
光が、一瞬だけ強くなり、
そして、静まった。
風が戻る。
草は、ただの草に戻る。
セレナは、肩で息をしながら、リリアを見つめる。
「……あなたは」
「逃げているのではありません」
先に言う。
「あなたが立つ世界を、選んでいるだけです」
沈黙。
エルナが、ぽつりと呟く。
「厄介な構図ね」
セレナは、ゆっくりと姿勢を正す。
「私は……」
言葉を探す。
「私は、逃げません」
それは、宣言だった。
リリアは、頷く。
「知っています」
二人の距離は、まだ埋まらない。
だが、敵ではない。
同じ頂を、別の道から見ている。
護衛が近づく。
緊張は残る。
だが、戦いは起きなかった。
聖女が二人、並び立った。
世界は、まだ壊れない。
だが今、
唯一という前提は、完全に揺らいだ。
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