第46話 歪みの兆し
それは、悲鳴から始まった。
街道沿いの小さな村。
石垣に囲まれた畑と、十数軒の家屋しかない場所。
リリアとエルナが丘を下りきる前に、空気が変わった。
「……濃いわね」
エルナが低く言う。
胸の奥に、ざらつくような違和感。
怒りでも悲しみでもない。
“重なりすぎた祈り”。
村の中央で、子どもが泣いていた。
「お母さんが、立たない……!」
人々が取り囲む。
地面に倒れた女は、傷もないのに意識がない。
呼吸はある。
だが、目を開けない。
リリアは、そっと膝をつく。
触れない。
ただ、感じる。
(……共鳴の余波)
遠くで起きた位相の揺れが、
弱い適性を持つ者に干渉している。
聖性が、過剰に引き寄せられた。
「どういうこと?」
エルナが問う。
「世界が、中心を探しています」
静かな答え。
「適性のある人が、無理に引き上げられている」
村人たちは不安にざわめく。
「呪いか?」
「魔女か?」
その言葉に、エルナの目が冷える。
だがリリアは、首を振る。
「違います」
声は穏やかだ。
「過剰な祈りの反動です」
「祈り?」
「誰かが、強く願いすぎた」
遠くで、セレナが目を閉じていた。
馬を降り、夜営の準備が進む中、
彼女だけが立ち尽くしている。
(……抑えられない)
祈りが、溢れる。
願っていないのに、
世界を整えようとする力が滲み出る。
その波が、遠くの弱い点を打つ。
村の女の指先が、わずかに光った。
リリアは、初めて手を伸ばした。
触れる。
押し戻すのではない。
均す。
「……静かに」
祈りではない。
命令でもない。
ただ、位相を整える。
数秒後。
女が、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「……あれ」
目を開ける。
周囲が歓声を上げる。
エルナが、リリアを見た。
「あんた、今」
「少しだけです」
リリアは立ち上がる。
「放っておけば、収まります」
「でもやった」
「死なせる理由がありません」
淡々とした言葉。
そのとき、村の外れで、別の光が瞬いた。
弱く、青白い。
エルナが、顔をしかめる。
「まだある」
リリアは空を見上げる。
(……近い)
セレナが、膝をついた。
護衛が慌てる。
「聖女様!」
「……止められない」
初めて、声が震えた。
祈りが、世界に触れている。
制御を知らないまま、
広がっている。
リリアは、村を離れながら呟いた。
「急ぎましょう」
「向かうの?」
「はい」
逃げない。
避けない。
共鳴は、現象になった。
聖女が二人いるという事実は、
思想ではなく、
世界の均衡に直接、触れ始めている。
夜の空に、かすかな光の筋が走った。
誰もそれを星とは呼ばない。
それは、中心を巡る力が、
ぶつかり始めた証だった。
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