第44話 封じられた記録
王都の地下書庫は、冷えている。
石造りの階段を下りるたびに、空気は重くなり、灯りは少なくなる。
許可なく立ち入れる場所ではない。
クラウス・フェルディナントは、一枚の封書を携えていた。
赤い蝋印。
王家と聖堂の二重認可。
扉の前で、守衛が無言で鍵を差し込む。
「閲覧時間は制限されます」
「承知している」
重い扉が開く。
中は、静寂そのものだった。
棚には古い羊皮紙が並び、封じられた箱が積まれている。
歴史に残されなかった歴史。
クラウスは、指定された棚へ向かう。
背表紙に刻まれた文字。
――災厄期記録・共鳴事象。
指先が、わずかに止まる。
この文書は、公表されていない。
歴代の異端審問官と神官長のみが閲覧可能。
封を解く。
羊皮紙は、乾いた音を立てた。
記録は簡潔だった。
――災厄期、聖性反応が複数箇所で確認。
――祈りの波動が重なり、位相干渉を起こす。
――一時的に“中心不定”状態へ移行。
クラウスは、目を細める。
(中心不定)
さらに読み進める。
――複数の適性保持者が同時期に発生。
――聖堂は唯一性維持のため、記録を封印。
――以後、聖女は一人と定義。
定義。
事実ではなく、定義。
クラウスは、深く息を吐いた。
聖女が唯一であるという前提は、
歴史的事実ではなかった。
秩序維持のための“選択”だった。
さらに末尾に、小さく記されている。
――共鳴が一定値を超えた場合、
――大規模位相崩壊の可能性あり。
位相崩壊。
具体的な記述はない。
だが、余白の多さが危険を示している。
クラウスは、報告書を閉じる。
(今、再び起きている)
リリア。
セレナ。
二人の存在が、歴史に触れている。
書庫の静寂の中で、彼は理解する。
問題は思想ではない。
現象だ。
思想は波紋。
共鳴は、地殻変動。
もし複数の聖性が同時に目覚めれば、
王国の秩序は根底から再定義を迫られる。
そして、最も恐ろしいのは――
それが悪意によらないことだ。
扉の外で、足音が響く。
神官長が現れる。
「読んだか」
「ああ」
「どう見る」
クラウスは、わずかに沈黙した。
「封印は、維持できない可能性がある」
神官長の顔が硬くなる。
「公表は許されん」
「公表せずとも、現象は起きる」
冷静な指摘。
神官長は、視線を落とす。
「……聖女様には」
「まだ告げない方がいい」
クラウスは言う。
「彼女は、今はまだ象徴だ」
だがその言葉の裏で、
クラウスはもう一つの可能性を考えていた。
もし。
もし、二人が直接対面したら。
共鳴は、増幅するのか。
それとも、安定するのか。
書庫の灯りが、わずかに揺れる。
歴史は、繰り返すのではない。
抑え込まれていたものが、
再び表に出るだけだ。
王国はまだ、崩れていない。
だが――
封じられていた前提は、
確実に、揺らいでいる。
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