第42話 中心が、動く日
王都の門が開く音は、重い。
軋む鉄と石の響きが、朝の空気に溶けていく。
人々はまだ知らない。
今日、中心が動くことを。
聖女セレナ・アルノは、簡素な外套を羽織っていた。
白い法衣は脱いでいる。
だが、その立ち姿は隠せない。
「護衛は最小限に」
クラウスが確認する。
「はい」
セレナは頷く。
聖女が王都を出る。
本来ならば、大々的な巡礼として発表されるはずの行動だ。
だが今回は違う。
静かに。
記録にも残さず。
制度の中心が、ひそやかに外へ出る。
門をくぐる瞬間、セレナは振り返った。
白い尖塔。
整然とした街並み。
揺らがないはずの世界。
(……揺れているのは、私だけ)
そう思っていた。
だが、その日の午後。
聖堂で小さな騒ぎが起きた。
「聖女様は?」
「祈りは?」
朝の祈りが、行われなかった。
代行の神官が立つ。
だが空気は違う。
誰も口に出さないが、皆が感じている。
“中心が不在”という感覚。
噂は、静かに広がる。
「体調不良らしい」
「いや、巡礼だとか」
不安は、祈りより早く拡散する。
王城でも、動揺が走る。
「公表すべきではないか」
「否。混乱を招く」
宰相は、眉を寄せる。
クラウスは、淡々と報告する。
「監視は続行中。
対象リリアは、町を離れました」
「魔女と共に、か」
「はい」
宰相は、低く唸る。
「二人の聖女が、動いている」
「正式な聖女は一人です」
神官長が強く言う。
だが、その声はわずかに硬い。
クラウスは、心の奥で理解していた。
問題は数ではない。
存在の形だ。
王都の外、街道。
セレナは馬に揺られながら、遠くの空を見ていた。
護衛は数人。
目立たぬ装い。
だが、彼女の存在は軽くない。
「聖女様」
護衛の一人が、低く言う。
「本当に、対話なさるおつもりですか」
「はい」
迷いなく答える。
「否定するためではなく?」
「理解するために」
自分で言いながら、胸が締め付けられる。
(……もし理解してしまったら)
もし、リリアの在り方に正しさを見てしまったら。
自分は、何になるのか。
街道の先で、別の二人が歩いていることを、彼女はまだ知らない。
留まらない者と、壊す者。
中心であり続ける者が、
初めて中心を離れた日。
三つの道が、ゆっくりと近づき始めていた。
王国は、まだ崩れていない。
だが――
中心が動いたとき、
世界は必ず、その意味を問われる。
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