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癒ししかできない無能聖女として追放されましたが、私がいなくなった国はもう保ちません  作者: 蒼井 玲


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第40話 出立の前夜

 聖堂の奥は、夜になると静まり返る。


 昼間は祈りの声と足音で満ちる回廊も、今は蝋燭の灯りだけが揺れている。


 セレナは、自室の机に向かっていた。


 旅装はすでに整えられている。

 白い法衣ではなく、簡素な外套。

 聖女であることを隠すための服。


(……本当に、行くのね)


 自分で決めたことだ。

 だが、胸の奥は落ち着かない。


 机の上には、小さな銀の護符が置かれている。

 歴代聖女が受け継いできたもの。


 それを手に取る。


 冷たい。


 かつては、この護符を握ると、胸の奥に光が満ちた。

 祈りと世界が、確かにつながる感覚。


 今は――薄い。


「……どうか」


 呟きは、誰にも届かない。


 何を願えばいいのか。

 世界の安寧か。

 自分の正しさか。


 扉が、静かに叩かれる。


「聖女様」


 クラウスの声だ。


「入ってください」


 彼は部屋に入り、扉を閉める。


「明朝、出立します。

 護衛は最小限に」


「ありがとうございます」


 形式的な言葉。


 沈黙が落ちる。


 クラウスは、セレナをまっすぐ見る。


「不安ですか」


 直截な問い。


 セレナは、少しだけ微笑んだ。


「聖女は、不安を見せません」


「今は、見せても構いません」


 低い声。


 セレナの指が、護符を握りしめる。


「……私は」


 言葉を探す。


「私が本物なのか、わからなくなる時があります」


 初めて、口に出した。


「祈りは届いています。

 民はあなたを必要としています」


「必要とされることと、

 本物であることは、同じですか」


 クラウスは、答えに詰まる。


 彼は理論の人間だ。

 信仰の確かさを証明する術は持たない。


「……あなたは努力している」


「それでは、足りないのです」


 セレナの声は震えていない。

 だが、瞳は揺れている。


「もし彼女が、本当に“立たない聖女”なら」


 言葉を選ぶ。


「私は、何を支えればいいのでしょう」


 クラウスは、ゆっくりと言う。


「あなたは、あなたの役割を果たせばいい」


「役割が、間違っていたら?」


 静寂。


 蝋燭の炎が、わずかに揺れる。


 クラウスは、慎重に言葉を置く。


「制度は、常に正しいとは限りません」


 それは、彼にしては珍しい言葉だった。


「ですが、制度を内側から修正できるのは、

 その中にいる者だけです」


 セレナは、顔を上げる。


「……逃げるのではなく?」


「ええ」


 短い肯定。


 セレナは、護符をそっと机に戻した。


「わかりました」


 小さな息を吐く。


「私は、逃げません」


 それはリリアとは違う決意だ。

 中心に留まりながら、揺れに向き合う覚悟。


 クラウスは一礼する。


「では、明朝」


 扉が閉じる。


 部屋に一人残されたセレナは、窓辺へ歩く。


 王都の灯りが広がっている。

 整然とした街並み。

 揺らがぬ中心。


(……揺らいでいるのは、私だけ)


 そう思いながらも、胸の奥で別の感覚が芽生えていた。


 怖い。


 だが――


 知りたい。


 自分と違う在り方を。

 自分が立つ理由を。


 翌朝、聖女は王都を出る。


 制度の中心が、初めて外へ向かう。


 その一歩が、

 王国にとってどれほど大きな揺れを生むか、

 まだ誰も知らない。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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