第39話 中心の会議
王城の会議室は、聖堂よりも冷たい。
装飾は少なく、壁には王国の地図と歴代聖女の肖像画が並ぶ。
どの顔も、穏やかに微笑んでいる。
その視線の下で、議論が始まっていた。
「つまり」
老齢の宰相が、杖を鳴らす。
「元聖女が地方で思想を振りまいている、と」
「思想、と断定はできません」
クラウスは冷静に答える。
「しかし、彼女の在り方は象徴依存を弱める可能性がある」
若い貴族が顔をしかめる。
「依存を弱める?
それは統治の基盤を揺るがすという意味か」
「民は象徴を必要とします」
神官長が低く言う。
「唯一であることが、信仰を安定させる」
クラウスは、机上の報告書を指で押さえる。
「問題は唯一性です」
「何だと?」
「唯一であると“信じられている”ことが重要なのです」
部屋が静まる。
「もし民が、“複数存在し得る”と知れば」
クラウスは続ける。
「象徴は絶対ではなくなる」
宰相が目を細める。
「前例はあるのか」
「古い文献に、共鳴記録があります」
神官の一人が、慎重に口を開く。
「災厄期に、一時的に聖性が分散したという記述が」
室内にざわめきが広がる。
「封印済みの資料だぞ」
「公表はされておりません」
クラウスは頷く。
「ですが理論上、聖性は唯一ではない可能性がある」
若い貴族が声を荒げる。
「馬鹿げている。
聖女は一人だ。それが秩序だ」
「秩序は事実ではなく、合意です」
クラウスの声は、低く、揺るがない。
「合意が揺らげば、秩序は崩れます」
沈黙。
宰相は、ゆっくりと口を開く。
「ではどうする」
「監視を継続します」
「それだけか」
「拘束すれば象徴化されます」
「放置すれば拡散する」
「ええ」
短い肯定。
袋小路。
その時、静かな声が会議室に響いた。
「……私が、会いに行きます」
全員が振り向く。
セレナが、扉の前に立っていた。
白い法衣。
まっすぐな姿勢。
「聖女様」
神官長が立ち上がる。
「お聞きになっていたのですか」
「ええ」
セレナは、ゆっくりと室内を見渡す。
「元聖女が存在するなら、
私が向き合うべきです」
宰相が眉をひそめる。
「危険だ」
「危険なのは、知らないことです」
その言葉は、震えていない。
だが、指先はわずかに強張っている。
「もし彼女が偽物なら、私が証明します」
「そして本物なら?」
クラウスの問い。
セレナは、一瞬だけ言葉を失った。
だが、逃げない。
「その時は……」
喉が鳴る。
「私が、学びます」
室内が静まる。
若い聖女の覚悟は、まだ未熟だ。
だが、真っ直ぐだ。
クラウスは、静かに頭を下げた。
「護衛を付けます」
「ありがとうございます」
セレナは頷く。
歴代聖女の肖像画が、無言で見下ろしている。
唯一の象徴であるはずの部屋で、
初めて“複数”という可能性が口にされた。
会議は終わる。
だが決定は重い。
聖女が、旅に出る。
それは王国にとって、
制度の外へ一歩踏み出すことを意味していた。
王都は、まだ崩れていない。
だが中心が動き出した時、
揺れは必ず、全土へ波及する。
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