第37話 報告書は、揺らぎを記す
王都へ戻る道は、整備されている。
石畳は均一で、標識は正確に距離を示し、宿場町には王国の旗が掲げられている。
秩序の象徴のような街道だった。
クラウス・フェルディナントは、馬車の中で報告書を書いている。
筆致は乱れない。
感情も滲まない。
――地方都市における魔女騒動。
――死者なし。
――暴動発生後、自然鎮静。
そこまで書いて、手が一瞬止まる。
自然鎮静。
その言葉が、正確かどうかを考える。
(自然、ではない)
魔女エルナの存在。
そして――もう一人。
クラウスは、新しい行に筆を走らせる。
――現地に、元聖女と推測される女性を確認。
筆が止まる。
“推測”。
確証はない。
だが、空気が示していた。
彼女が中心に立とうとしないことで、逆に中心が分散した。
それは偶然ではない。
――対象は制度を否定せず。
――しかし固定的中心を拒絶。
――思想的影響力、極めて高い。
クラウスは、深く息を吐く。
(危険だ)
暴力ではない。
煽動でもない。
もっと静かなもの。
“任せるな”という思想。
それは王国にとって、最も扱いづらい。
もし彼女が明確に反逆を唱えれば、討てばいい。
もし魔女のように混乱を生むなら、隔離すればいい。
だが彼女は違う。
秩序を否定しない。
王を罵らない。
制度を壊そうともしない。
ただ、立たない。
立たないことで、人を立たせる。
それは――制度を静かに空洞化する。
クラウスは、筆を置いた。
「閣下」
馬車の外から騎士の声。
「王都まであと半日です」
「ああ」
短く答える。
窓の外に広がる風景は、整然としている。
だがクラウスの思考は、あの町の歪んだ屋台を思い出していた。
歪んでいた。
だが、立っていた。
(あれは、偶然か)
それとも――彼女の在り方が、引き起こした結果か。
王都の尖塔が、遠くに見え始める。
聖堂の白い塔。
王城の高い城壁。
秩序の中心。
クラウスは、報告書の最後に追記した。
――対象リリア。
――即時拘束は推奨せず。
――監視継続、思想拡散の有無を観察。
筆を止める。
彼は、冷静に自覚していた。
今、最も不安定なのは地方都市ではない。
王都だ。
中心が揺らぐ時、
揺れに弱いのは、周縁ではなく――中心である。
馬車は、王都の門をくぐった。
秩序の街に、
静かな揺らぎが持ち込まれた。
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