第33話 秩序の名のもとに
王国の紋章は、遠目にもはっきりとわかった。
白地に金の紋章。
その下に立つ男たちは、町の人間とは明らかに違う動き方をしている。
整然と並び、視線を揃え、余計な言葉を交わさない。
その中心に、一人の男が立っていた。
黒に近い深紺の外套。
装飾は少ないが、質は高い。
背筋は伸び、目は冷静。
彼は広場を一瞥し、壊れた跡と、動き始めた人々を観察する。
「……報告通りですね」
低く、無機質な声。
「暴動の痕跡。火の使用。
しかし処刑は未遂」
側近らしき騎士が答える。
「はい。魔女はまだ町内にいるとのことです」
男――クラウス・フェルディナントは、小さく頷いた。
「被害者は?」
「死者なし。軽傷数名」
「……興味深い」
その言葉に、感情は乗っていない。
評価でも、同情でもない。
ただ、事実としての興味。
広場にざわめきが広がる。
「王国の……」
「異端審問官だ」
その呼び名に、空気が張り詰めた。
クラウスは、ゆっくりと広場の中央へ歩き出す。
足音は一定で、迷いがない。
「この町で、魔女騒ぎがあったと報告を受けた」
声はよく通る。
怒鳴らない。
威圧もしない。
それでも、圧がある。
「事情を説明していただこう」
町の代表が前に出る。
顔色は青い。
「……昨夜、誤解がありまして」
「誤解?」
クラウスの目が、わずかに細くなる。
「魔女と呼ばれる女が……」
その言葉が出た瞬間、広場の端にいるエルナへ視線が集まる。
エルナは、動かない。
逃げない。
視線を逸らさない。
クラウスもまた、彼女を見る。
数秒の沈黙。
「あなたが、魔女ですか」
問いは、非難ではない。
確認だ。
「ええ。そう呼ばれているわ」
エルナは、淡々と答える。
「自称ですか?」
「他称よ」
クラウスの目が、わずかに揺れる。
「あなたは、町に混乱をもたらしたと報告されている」
「混乱は、もともとあったわ」
エルナは即答する。
「私は、それを隠さなかっただけ」
クラウスは、沈黙した。
周囲の騎士たちが、微かに緊張する。
「……なるほど」
やがて、彼は言う。
「あなたの能力は?」
「感情を、引き出すだけ」
「操作ではなく?」
「引き出すだけ」
クラウスは、視線を町へ戻す。
壊れた屋台。
修復中の建物。
働く町人たち。
「死者は出ていない」
小さく呟く。
「それでも、秩序は乱れた」
彼の視線が、再びエルナに戻る。
「王国は、秩序を優先します」
宣言。
「あなたを、事情聴取のため同行していただく」
ざわめきが走る。
「待ってくれ!」
「また争いになるぞ!」
町人たちの声は、恐れと戸惑いが混じっている。
エルナは、肩をすくめた。
「ほらね」
小さく、リリアへ向けて。
「結局、誰かは連れて行かれる」
リリアは、動かない。
まだ。
クラウスの視線が、広場をもう一度なぞる。
その目が、ほんの一瞬だけ、リリアをかすめた。
ただの旅人。
外套を羽織った、無名の女。
だが――。
(……空気が違う)
クラウスは、わずかに違和感を覚える。
暴動があった町にしては、静かすぎる。
魔女がいるにしては、均衡が取れすぎている。
何かが、もう一つある。
「あなたは」
突然、クラウスがリリアへ向き直る。
「この町の人間ではないですね」
問いではない。
断定だ。
広場の視線が、リリアへ集まる。
エルナが、わずかに目を細める。
リリアは、静かに頷いた。
「旅人です」
「……そうですか」
クラウスは、それ以上踏み込まなかった。
だが、その目は、記憶する。
魔女。
そして、名もない旅人。
町の空気を、同時に変えた存在。
「本日中に出立する」
クラウスは宣言する。
「魔女は、王都へ同行してもらう」
広場に、再び緊張が走る。
秩序の名のもとに。
正しさの名のもとに。
世界は、再び誰かを“中心”にしようとしていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




