表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
癒ししかできない無能聖女として追放されましたが、私がいなくなった国はもう保ちません  作者: 蒼井 玲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/82

第28話 救わない聖女と、壊す魔女

 火の熱が、肌を刺す。


 広場の中心へ近づくにつれ、人々の視線が一斉にリリアへ向いた。

 だが、誰も彼女を止めない。

 誰も、名を問わない。


 旅人が一人、前に出てきただけ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


「……誰だ?」


 町の代表が、警戒を滲ませた声で問う。


 リリアは答えなかった。

 答える必要が、なかった。


 彼女は、火のそばに立つ女――魔女と呼ばれた存在に視線を向けた。


 目が合う。


 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、女の表情が動いた。


(……ああ)


 理解が、向こうにも届いた。


 ――この人は、止めに来たわけじゃない。

 ――救いに来たわけでもない。


 女――エルナは、わずかに口角を上げた。


「……見物?」


 小さな声。

 皮肉を含んだ問い。


「観測です」


 リリアは、同じくらい小さな声で答えた。


 エルナの眉が、ほんの少しだけ上がる。


「変わった旅人ね」


「よく言われます」


 そのやり取りに、周囲の人々は苛立ちを募らせる。

 理解できない会話。

 自分たちが蚊帳の外に置かれた感覚。


「何をしている!」


 怒号が飛ぶ。


「早く決めろ!」

「やるのか、やらないのか!」


 エルナは、視線を群衆へ戻した。


「ほら。待ってる」


 それは、諦めでも挑発でもない。

 ただの事実確認だった。


 リリアは、火を見た。

 次に、人々を見た。

 そして、エルナを見た。


(……この人は)


 すべてを引き受けるつもりだ。

 憎しみも、恐怖も、責任も。


 世界がきれいでいられるように。

 自分が、汚れることで。


「……一つだけ、聞かせてください」


 リリアは、静かに言った。


「あなたがここで燃えれば、この町は……救われますか」


 広場が、静まり返る。


 エルナは、少し考える素振りを見せた。


「表面上は、ね」


 即答だった。


「皆、“悪い魔女”を倒したことになる。

 怒りは行き場を得て、罪悪感は薄れる」


 そして、肩をすくめる。


「でも、根は残るわ。

 次は、別の誰かが燃やされるだけ」


 リリアは、頷いた。


「……そうですね」


 その同意に、エルナの目が細くなる。


「それでも、私は立つ」


 エルナは言った。


「誰かが立たなきゃ、ここは壊れない。

 壊れないまま、腐る」


 リリアは、一歩下がった。


 火からも。

 群衆からも。


「私は……立ちません」


 その宣言は、驚くほど静かだった。


「壊す役も、救う役も、引き受けない」


 エルナは、はっきりと笑った。

 初めて、感情のこもった笑みだった。


「……だから、あんたは聖女なんだ」


「違います」


 リリアは、首を振る。


「私は、もう聖女ではありません」


 群衆が、ざわつく。


「何を言っている」

「意味がわからない」


 リリアは、人々の方を見なかった。

 視線は、エルナだけに向けられている。


「あなたが燃えれば、この町は“終わったこと”にできます」


 淡々と、事実を述べる。


「でも、それは解決じゃない。

 ただの……後回しです」


 エルナの表情から、笑みが消えた。


「……じゃあ、どうするの」


 低い声。


「私は、何もしない」


 リリアは、そう答えた。


「あなたも、何もしない」


 一瞬、時間が止まったように感じられた。


「……それで?」


「それで、壊れます」


 リリアは、はっきり言った。


「この町は、一度。

 でも――自分たちの手で」


 沈黙が落ちる。


 誰かが、呻くように言った。


「そんなの……無責任だ」


 リリアは、初めて群衆を見た。


「責任を、誰か一人に押し付けないだけです」


 その言葉は、優しくもなく、冷たくもなかった。

 ただ、逃げ道を塞ぐ言葉だった。


 火が、風に揺れる。


 エルナは、しばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……最悪ね、あんた」


 だが、その声には、どこか安堵が混じっていた。


「そう言われるのは、慣れています」


 リリアは答えた。


 二人の間に、奇妙な連帯が生まれる。

 理解ではない。

 同意でもない。


 ただ――同じ問題を、違う場所から見ている者同士の距離。


 群衆の中で、誰かが火から一歩、下がった。

 続いて、もう一人。


 怒りは消えていない。

 だが、向かう先を失っている。


 火は、まだ燃えている。


 だが、誰もそれを押し付けられていなかった。


 救わない聖女と、壊す魔女は、

 同じ場所に立ちながら、

 互いに――**相手の役割を奪わなかった。**


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ