第27話 魔女は、火のそばに立っていた
丘を越えると、空気が変わった。
焦げた匂い。
熱を含んだ風。
人の声が、必要以上に大きく響いている。
町の外れ――簡易的に作られた広場の中央で、火が焚かれていた。
処刑台と呼ぶには粗末で、見せしめと呼ぶには即席すぎる。
それでも、そこに集まる人々の目は、一様に同じ一点を見ていた。
「魔女だ」
「災いを呼んだ女だ」
「こいつが来てから、争いが増えた」
言葉は、怒りというよりも、正当化に近い。
自分たちがここにいる理由を、互いに確認し合っている声。
リリアは、人混みの端で立ち止まった。
顔を伏せ、名を名乗らず、ただ一人の旅人として。
火のそばに、女が立っていた。
縛られてはいない。
口も塞がれていない。
それなのに、逃げる気配がない。
黒い外套。
煤に汚れた裾。
長い髪は無造作に束ねられ、顔には疲労の色が滲んでいる。
だが――目だけが、異様に澄んでいた。
(……この人)
リリアの胸の奥が、わずかにざわつく。
安定をもたらす感覚ではない。
癒しとも、鎮静とも違う。
もっと直接的で、もっと乱暴な――感情への干渉。
広場の中央で、町の代表らしき男が声を張り上げた。
「この女は、人の心を煽り、争いを生んだ!
平穏だった町を、混乱に陥れたのだ!」
女は、何も言わない。
否定もしない。
その態度が、さらに人々を苛立たせる。
「何か言え!」
「黙っていれば許されると思うな!」
そのとき、女が初めて口を開いた。
「……私は、煽っていない」
声は低く、よく通る。
怒りも、怯えもない。
「ただ、聞いただけよ」
ざわめきが走る。
「聞いた……だと?」
「あなたたちが、普段は口にしないことを。
言葉にしたら壊れそうで、胸の奥に押し込めていたことを」
女は、人々を見渡した。
「不満。妬み。怒り。後悔」
一つひとつ、指折り数えるように。
「それを、表に出す場所を作っただけ」
誰かが、叫ぶ。
「だから争いが起きたんだ!」
女は、静かに頷いた。
「ええ。起きた」
その肯定が、火に油を注いだ。
「やっぱり魔女だ!」
「危険すぎる!」
リリアは、息を潜めてそのやり取りを見ていた。
(……止めない)
ここで自分が前に出れば、空気は変わる。
怒りは沈み、事態は“穏便に”終わる。
だが――それは、1巻で捨てた選択だ。
女は、火のそばに立ったまま、続ける。
「争いが起きたのは、私のせいじゃない。
あなたたちが、すでに抱えていたものよ」
群衆の中で、誰かが顔を歪めた。
図星を突かれた表情。
「私は、汚れ役を引き受けただけ」
女は、ふっと笑った。
自嘲とも、諦観ともつかない笑み。
「世界は、きれいに保たれすぎると壊れるの。
だから私は……壊れかけたところに立つ」
リリアは、確信した。
(……この人は)
自分と同じものを見ている。
だが、まったく違う方法で。
その瞬間、誰かが石を投げた。
小さな石が、女の肩に当たる。
それでも、女は動かない。
火が、ぱちぱちと音を立てる。
熱が、近づいている。
リリアは、一歩、前に出た。
救うためではない。
止めるためでもない。
ただ――**この場に立つために。**
留まらない聖女は、まだ名を呼ばれないまま、
火と怒りの交差点へ、静かに足を踏み出した。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




