第25話 在らないことで、支える
朝は、どこにでも平等に訪れる。
村にも。
街道にも。
名も知らぬ野営地にも。
リリアが目を覚ました時、夜露はすでに消えかけ、火の跡だけが地面に残っていた。
小さな炎は、役目を終え、何も言わずに消えている。
(……痕は、残らない)
それでいい。
立ち上がり、外套を整える。
体は少し重いが、心は静かだった。
歩き出す。
昨日と同じ道。
けれど、同じではない。
世界は、相変わらず不安定だ。
風は気まぐれで、遠くに魔物の気配もある。
争いも、痛みも、なくなってはいない。
だが――世界は、呼吸している。
リリアは、ふと立ち止まり、振り返らずに目を閉じた。
あの村の朝も、今ごろ始まっているはずだ。
ミーナは目を覚まし、畑に人が出て、誰かが昨日の出来事を思い出す。
境界は、もう厚くない。
村は安全だが、閉じてはいない。
(……それで、生きられる)
守られすぎない世界。
傷つく可能性を含んだまま、それでも前に進む世界。
それが、本来の姿だ。
歩き続けるうち、街道の先に小さな町が見えてきた。
活気はないが、人の営みはある。
怒鳴り声も、笑い声も、混じっている。
リリアは、そこに入っていく。
聖女としてではなく、旅人として。
誰も、彼女を特別扱いしない。
名も、力も、求めない。
それが、少しだけ寂しくて。
そして、ひどく自由だった。
遠く、同じ空の下。
王都では、結界の調査が続いている。
聖女は祈り、騎士は剣を振るい、王は報告を待つ。
だが、誰もまだ気づいていない。
世界がわずかに安定している理由も。
そして、もう二度と、完全には戻らない理由も。
その中心に、“誰もいない”という事実を。
リリアは、町の中で足を止め、水桶から一杯の水をもらった。
礼を言い、何事もなく去っていく。
それだけのこと。
だが、その背中を、誰かが見送っていた。
名も知らぬ誰かが。
理由も知らぬまま。
空を見上げる。
雲の切れ間から、光が差し込む。
(……私は、ここにいる)
中心ではない。
象徴でもない。
けれど、確かに世界の一部として、歩いている。
追放された聖女は、
どこにも留まらず、
誰の上にも立たず、
それでも確かに――
**在らないことで、世界を支えていた。**




