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癒ししかできない無能聖女として追放されましたが、私がいなくなった国はもう保ちません  作者: 蒼井 玲


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第20話 境界の外で、起きていたこと

 朝になっても、村は静かだった。


 昨夜の出来事が夢だったかのように、家々の扉は開き、鍬は土を打ち、火は起こされる。

 けれど、誰もが同じ方向を見ないようにしている。その沈黙が、重かった。


 リリアは、亡骸が安置されている家の前で足を止めた。

 扉の向こうから、微かな声が聞こえる。母親の、かすれた呼吸音。


(……まだ、泣いていない)


 それが、どれほど辛いことか。

 リリアには、わかってしまう。


 村長とレオンは、夜明けと同時に動いていた。

 壊滅した集落の様子を確認するためだ。戻ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


「……酷い有様だった」


 村長は、帽子を取って言った。

 土埃で汚れた白髪が、日に照らされる。


「家は半分以上が焼け、畑は踏み荒らされている。生き残ったのは……本当に、わずかだ」


 誰も、言葉を挟まない。


「避難の判断は、間違っていなかった」


 レオンが、低く付け加える。


「魔物の動きが、明らかに偏っていた。あの集落を……」


 一瞬、言葉に詰まる。


「……避けるように、ここを囲っていた」


 沈黙が、落ちる。


 リリアの胸の奥で、何かが静かに定まった。

 予感ではない。確認だ。


(……やっぱり)


 村が安全であった理由。

 外が危険になった理由。


 どちらも、同じ線の上にある。


「この村が悪いわけじゃない」


 村長が、繰り返すように言った。


「誰かが引き寄せたわけでも、見捨てたわけでもない。ただ……」


「ただ、安全だった」


 レオンが、続きを言った。


 それ以上の説明は、不要だった。


 午後、集落から逃げてきた三人のうち、男がリリアのもとを訪ねてきた。

 顔色は悪く、目の奥は赤く腫れている。


「……あんた、ここに長くいる人だって聞いた」


 リリアは、静かに頷いた。


「ここは……本当に、安全なんだな」


 問いではなかった。

 事実確認のような口調。


「……はい」


 その一言が、喉に引っかかる。


「じゃあ……」


 男は、拳を握りしめた。


「俺たちは、運が悪かっただけなんだな」


 責める声ではない。

 怒りでもない。


 ただ、受け入れようとする声。


 リリアは、言葉を失った。


(……違う)


 運ではない。

 偶然でもない。


 けれど、それを説明する言葉は、この場に存在しなかった。


 男は、深く頭を下げた。


「泊めてくれて、ありがとう。……明日、別の街へ向かう」


 それだけ言って、去っていく。


 その背中を、誰も引き止めなかった。


 夕方、亡骸は埋葬された。

 簡素な墓標。祈りの言葉も、長くは続かない。


 リリアは、少し離れた場所で、その様子を見ていた。

 祈らなかった。癒さなかった。


 ただ、立っていた。


 母親が、ようやく泣いた。

 声を上げ、地面に縋り、嗚咽を漏らす。


 その泣き声は、村の空気を乱した。

 だが、誰も止めなかった。


 止めてはいけないと、皆が理解していた。


 夜。

 村の外れで、リリアは一人、空を見上げていた。


 星は出ていない。

 雲が低く、空気は重たい。


(……誰も、悪くない)


 それが、一番残酷だった。


 自分は、正しく在ろうとした。

 村は、正しく生きようとした。

 それでも、失われた命がある。


(……ここが、安全であるほど)


 外は、危険になる。


 その均衡を、誰が背負うのか。


 答えは、もう出ている。


 リリアは、胸に手を当て、深く息を吸った。


 境界は、まだある。

 けれど――もう、答えは揺らがない。


 追放された聖女は、静かに理解していた。


 **留まるという選択が、これ以上、正しさであってはならないことを。**


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