第16話 守られすぎた場所の、息苦しさ
村は、忙しくなっていた。
人が増えたからだ。
畑に立つ人数が増え、炊事の煙が増え、声も増えた。笑い声も、言い争いの手前の声も。
それでも――大きな衝突は起きない。
「……順番だろ」
「まあまあ、今日はこっちで」
言葉は交わされるが、怒りが続かない。
不満は浮かんでも、すぐにしぼんでいく。
リリアは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
胸の奥が、じわじわと重くなる。
(……息が、できていない)
誰も苦しんでいない。
誰も泣いていない。
でも、誰も本気でぶつかっていない。
昼前、共同倉庫で小さな問題が起きた。
保存食の配分だ。人が増えた分、余裕はない。
「昨日、多めに取っただろ」
「いや、家族が多いんだ」
「でも――」
言葉が重なり、空気が張る。
リリアは思わず足を止めた。
(……ここで、怒鳴り合うのが普通)
けれど――。
「……やめよう」
誰かが、そう言った。
声は強くない。ただ、場を静める一言。
不満は、消えた。
解決は、していないのに。
倉庫を出た後、カイルが壁にもたれて立っていた。
表情は、昨日よりも硬い。
「……まただ」
低い声。
「怒る前に、終わる。俺の中の何かが、蓋をされる」
拳を握り、ほどく。
「ここは、楽だ。でも……」
言葉が、続かない。
リリアは、胸の奥で何かが決定的に噛み合うのを感じた。
(……感情が、循環していない)
痛みも、怒りも、悲しみも。
本来なら、外に出て、形を変えて、消えていくもの。
ここでは――出る前に、溶けてしまう。
午後、村長の家で、再び話し合いが持たれた。
外から来た人々をどうするか。
この先、どこまで受け入れるか。
「このままじゃ、仕事が足りない」
「食料も、限界がある」
「でも、追い出すのか?」
誰も、決定打を出さない。
リリアは、口を開きかけて、閉じた。
自分が話せば、空気が落ち着く。
議論が、終わってしまう。
(……それは、違う)
レオンが、珍しく強い口調で言った。
「決めないまま進むのが、一番危険だ」
静まり返る。
「守れているからといって、無限じゃない。ここは砦じゃない」
その言葉は、フィオナの言葉と重なった。
夜、リリアは村の外れに立っていた。
内側は穏やかで、外側はざらついている。
境界は、はっきりしている。
そして――厚すぎる。
(……私が、厚くしている)
その自覚が、胸を締めつけた。
背後で足音がする。
「ここにいたか」
レオンだった。
「……この村は、守られている。でも、守られすぎている」
リリアは、初めて自分の考えを口にした。
レオンは、否定しなかった。
「守りは、壁にもなる」
短い言葉。
「だが、壁は……中からも外からも、壊れる」
月が雲に隠れる。
一瞬、暗くなる。
その暗さに、リリアは不思議な安堵を覚えた。
(……暗くなることも、必要)
すべてを照らし続けることは、優しさではない。
部屋に戻り、荷袋を開く。
中身は、まだ少ない。
だが、心はもう、ここだけに留まっていなかった。
追放された聖女は、はっきりと理解していた。
**守られすぎた場所は、やがて呼吸を忘れる。**




