第15話 王都で、気づかれ始めた歪み
王都ルミナスは、今日も人で溢れていた。
石畳を行き交う人々、露店の呼び声、遠くで鳴る鐘の音。
一見すれば、いつもと変わらぬ平和な都だ。
だが、その中心――王城の奥では、空気がわずかに張り詰めていた。
「……報告を」
第一王子アルベルトは、長机の向こうに立つ騎士団長に視線を向けた。
表情は冷静だが、眉間には浅い皺が刻まれている。
「王都周辺、及び南方街道沿いにて、魔物の出現頻度が増加しています」
「増加、というほどか?」
「はい。急激ではありません。しかし……“偏り”があります」
騎士団長は、地図を机に広げた。
赤い印が、いくつも打たれている。
「この線上です。まるで、何かを避けるように」
アルベルトは、地図を見下ろした。
赤い印は、ある一点を中心に、円を描くように散っている。
「……空白地帯があるな」
「はい。魔物が、ほとんど現れていない地域です」
沈黙が落ちた。
「結界の不調か?」
「調査しましたが、結界自体は機能しています。むしろ……」
騎士団長は、言葉を選ぶ。
「“効きすぎている”ようにも見えます」
その表現に、アルベルトは微かに目を細めた。
同じ頃、聖教会の奥。
高い天井の下、大司教マルクスは、書簡を手にしていた。
「……戦果は上がっている。だが、持続しない」
向かいに立つのは、新聖女セレナ・アルノ。
白と金の装束に身を包みながらも、その顔色は優れない。
「魔物は、確かに倒せます」
セレナは、少し息を整えながら言った。
「でも……次が、来ます。途切れない。癒しが、追いつきません」
「聖女は、戦う存在ではない」
大司教が、低く言った。
「世界を“保つ”存在だ」
その言葉に、セレナは目を伏せる。
「……では、なぜ」
問いかけは、途中で止まった。
答えを聞くのが、怖かったからだ。
大司教は、書簡を机に置いた。
「結界は、形だけなら維持されている。だが……」
一拍置く。
「“中心”が、弱い」
その言葉は、誰の名も呼ばなかった。
けれど、沈黙が、すべてを語っていた。
アルベルトは、その日の夜、一人で書斎にいた。
窓の外、王都の灯りが揺れている。
机の上には、報告書の山。
魔物の線。
空白地帯。
効きすぎた結界。
(……中心)
その言葉が、胸に引っかかる。
彼は、無意識のうちに、古い記録棚へ手を伸ばしていた。
歴代の聖女に関する記録。
制度として、整理された書物。
ふと、ある一文が目に留まる。
『聖女とは、力を振るう者ではない。
ただ、在ることで、世界の揺れを鎮める存在である』
アルベルトは、その行を指でなぞった。
(……在ることで)
脳裏に、ひとつの姿が浮かぶ。
白い法衣。静かな祈り。誰も見ていない朝の聖堂。
すぐに、その考えを打ち消す。
(あり得ない)
決定は、正しかった。
そうでなければならない。
窓の外で、鐘が鳴った。
その音は、どこか濁って聞こえた。
王都はまだ、崩れていない。
だが、歪みは、確実に積み重なっている。
そしてその歪みは、まだ誰も、正しい名前で呼べていなかった。
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