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【第2章完】追放された悪役令嬢の『居酒屋マリー』へようこそ  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第25話 皇女様、初めての『粉もん』

「……なんだそれは。残飯処理でも始める気か?」


鉄板の前に座る皇女ヒルダは、ボウルの中身を見て眉をひそめた。

中に入っているのは、小麦粉をだし汁で溶いた白い液体、粗く刻んだキャベツ、揚げ玉、そして生卵。

それらをマリーがスプーンでカチャカチャと空気を含ませるように混ぜ合わせている姿は、宮廷料理の洗練さとは程遠い。


「残飯ではありません。これは『お好み焼き』。文字通り、好きなものを好きなように焼く、庶民の自由の象徴です」


マリーは不敵に笑うと、熱せられた鉄板に油を引いた。

温度は最高潮。油がチリチリと音を立て、陽炎が揺らめいている。


「行きますよ」


マリーはボウルの中身を、一気に鉄板へと流し込んだ。


ジュワァァァァァァ……ッ!!!


激しい音が店内に響き渡る。

広がる生地。マリーはコテを使い、それを丁寧かつ素早く、厚みのある円形に整えていく。

鉄板に触れた底面から、小麦と出汁の焼ける香ばしい匂いが立ち上り始めた。


「……ふん。ただの厚ぼったいパンケーキではないか。美しくない」


ヒルダは鼻で笑った。

だが、マリーの手は止まらない。

円形の生地の上に、薄切りの『ダンジョン豚バラ肉』を隙間なく並べていく。

脂身の多い豚肉が、鉄板の熱を受けてすぐに透き通り始める。


「ここからです。……じっくりと待ちます」


マリーは手を止めた。

触らない。押し付けない。

生地の中で、キャベツが蒸され、甘みを増していく時間を待つ。

その間にも、豚肉の脂が溶け出し、生地に旨味を染み込ませていく。


数分後。

ふちがこんがりと狐色になってきた。


「ガリウスさん、コテを!」


「おう!」


ガリウスから受け取った二本の大きな金属ヘラを、マリーは両手に構えた。

生地の下に滑り込ませる。


「せーのっ、ハイッ!」


ダンッ!!


鮮やかな手つきで、生地が宙を舞い、裏返った。

豚肉の面が下になり、鉄板に叩きつけられる。


ジューーーーーッ!!!


先ほどよりも一層激しい音が鳴り響く。

豚肉が直接鉄板で焼かれ、脂が爆ぜる音だ。

カリカリに焼かれていく豚肉の、動物的な脂の匂いが漂う。


「……ッ」


ヒルダが扇子で鼻を覆った。

(な、なによこの匂いは……。野蛮だわ。でも……どうしてこんなに食欲をそそるの?)


「まだ終わりませんよ」


両面が焼けたら、再びひっくり返す。

現れたのは、豚肉がカリッカリに焦げ、クリスピー状になった表面だ。

そこへ、マリーは壺に入ったドロリとした『特製ソース』を、刷毛はけでたっぷりと塗りたくった。


ジュワワワワワッ!!


「!!!」


爆発だ。香りの爆発が起きた。

ソースに含まれる野菜と果実の糖分、そしてスパイスが鉄板の熱で焦げ、濃厚で甘辛い香りが店全体を支配する。

洗練されたフレンチの香りなど一瞬で消し飛ばす、暴力的なまでの「旨そうな匂い」。


「くっ……! 鼻が……鼻が支配される……!」


ヒルダの喉が、意思に反してゴクリと鳴った。


さらにマリーは、小さな容器を取り出した。

先端に細い穴がいくつも開いている。


「行きます! マヨネーズ・ビーム!」


シュシュシュシュシュッ!


マリーが容器を振ると、極細の白い線が幾重にも重なり、茶色いソースの上に美しい格子模様を描いた。

酸味のあるマヨネーズの香りが、ソースの甘い香りに重なる。


「魔法か!? あんなに細くソースが出るなんて!」


ロロがカウンターの端で目を輝かせている。


仕上げだ。

緑色の『青海苔』をパラパラと散らし、最後に『カツオの削り節』を鷲掴みにして乗せる。


「お待たせいたしました。『豚玉お好み焼き』です!」


熱気流に乗って、カツオ節がゆらゆらと揺れている。

まるで生きているかのように踊るその姿。

ソースの照り、マヨネーズの白、青海苔の緑。

先ほどのサラダのような上品さはない。

だが、そこには圧倒的な「生命力」があった。


「……踊っている。食べ物が、踊っているわ」


ヒルダは呆然と呟いた。


「さあ、冷めないうちに。コテで切り分けて、そのまま口へ運んでください。それが一番美味しい作法マナーです」


マリーに促され、ヒルダはおずおずと小さなコテを手に取った。

生地に角を入れる。

サクッ。

豚肉が焼けたカリカリの感触。

その下の、ふんわりとした生地の感触。


一口サイズに切り取り、フーフーと息を吹きかける。

湯気が顔にかかる。ソースの匂いが顔中にまとわりつく。

意を決して、口の中へ。


「はふっ、熱っ……!!」


ヒルダの目がカッ! と見開かれた。


(な……なによこれぇぇぇぇっ!?)


食感のパレードだ。

豚肉はカリカリでジューシー。

キャベツはシャキシャキ感を残しつつ、甘い。

そして何より、生地だ。

山芋マウンテン・ヤム』をたっぷりと混ぜ込んだ生地は、驚くほどフワフワで、口の中でトロリと溶ける。


「んぐっ……んんんッ!」


そして味だ。

濃厚な甘辛ソースが、淡白な生地にガツンと絡む。

そこへマヨネーズの酸味とコクが加わり、さらにカツオ節の旨味が追い打ちをかける。


(下品! とっても下品な味よ! ……なのに、どうしてこんなに美味しいの!?)


宮廷料理にはない、複雑で混沌とした旨味の洪水。

一度食べたら忘れられない、中毒性のある味。


「……水。水をくれ」


「いいえ。これには、これが合います」


マリーが差し出したのは、キンキンに冷えた炭酸水ハイボールだった。

ヒルダは躊躇わずそれを煽った。

シュワッとした炭酸が、ソースでこってりした口の中を洗い流す。


「ぷはぁっ……!」


爽快感。

そしてすぐに、またあの一口が欲しくなる。

無限ループの完成だ。


「もう一口……いや、あと少しだけ……」


ヒルダの手が止まらない。

「退屈だ」と言って残したサラダとは対照的に、彼女は夢中でコテを動かしていた。

口の端にソースがついているのも気にしない。

熱さとハフハフと格闘しながら、彼女は「粉もん」の魔力に溺れていった。


気づけば、鉄板の上は空っぽになっていた。


「……っ!?」


我に返ったヒルダは、自分の空になった前の鉄板と、マリーのニヤニヤした顔を見て、顔を真っ赤にした。


「わ、私は……何を……」


「いかがでしたか? 当店の『魂の料理』は」


マリーが尋ねると、ヒルダはハンカチで口元を乱暴に拭い、そっぽを向いた。


「……認めてあげるわ」


「え?」


「『驚き』はあったわ。見た目の醜悪さを裏切る、計算された食感と味のバランス……。特にあの白いソースと黒いソースの組み合わせは、罪深いほどに中毒性がある」


ヒルダは悔しそうに、しかしはっきりと告げた。


「この料理に関しては、帝国の敗北よ。……美味しかったわ」


店内から「おおーっ!」と歓声が上がる。

あの鉄仮面のような皇女が、デレた。

マリーの『粉もん』が、国境の壁を粉砕した瞬間だった。


「ですが!」


ヒルダは立ち上がり、扇子をビシッとマリーに向けた。


「勘違いしないでちょうだい! 認めたのはこの料理だけよ! 私の舌を完全に満足させるには、まだまだ程遠いんだから!」


「ふふ、手厳しいですね」


「次はもっと凄い料理人を連れてくるわ。……それまで、この店を潰すんじゃないわよ!」


ヒルダはマントを翻し、嵐のように店を出て行った。

護衛の騎士たちが、去り際に名残惜しそうに鉄板を見ていたのを、マリーは見逃さなかった。


「やれやれ。嵐みたいな客だったな」


ガリウスが、空いた鉄板を片付けながら苦笑した。


「でも、いいライバルになりそうですね。……彼女、本当に料理が好きみたいですから」


マリーは満足げに笑った。

鉄板の上には、焦げたソースの香ばしい匂いが、勲章のように残っていた。


「さあ、ロロ! 私たちもまかないにしましょうか! ロロには特大の『モダン焼き(焼きそば入り)』を作ってあげる!」


「やったぁぁぁ! 女将さん大好きー!」


こうして、帝国からの「黒船」第一波は、お好み焼きのソースの海に沈んだ。

だが、これはまだ前哨戦に過ぎない。

マリーとガリウスは、さらなる美食を求めて、ついに店を飛び出すことになる。


「ガリウスさん。……そろそろ、行きませんか?」


「ああ。新婚旅行……もとい、食材探しの旅にな」


二人の視線は、まだ見ぬ海の幸と、ダンジョンの奥地に向けられていた。

第2章完です!

第3章新婚旅行編も執筆中です!

ぜひお楽しみにー!!

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