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追放された悪役令嬢の『居酒屋マリー』へようこそ  作者: 九葉
第1章

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第15話 聖女VS女将、料理対決

王家直筆の『王室御用達』の認定証が店に飾られてから、数日後。

『居酒屋マリー』は、かつてないほどの熱気に包まれていた。


「認めない……! 絶対に認めないわよぉっ!」


店の入り口で、金切り声を上げているのは、ピンク色の髪を振り乱した聖女リリィだ。

彼女は今、人生最大の屈辱の中にいた。

王都再開発計画という名目での店潰しは国王の鶴の一声で頓挫し、逆にマリーの店にお墨付きが与えられてしまったのだ。


「国王様は騙されているのよ! 貴女の料理なんて、ただの下品な餌じゃない! あんな茶色いものが『美食』だなんて、王都の恥だわ!」


リリィは地団駄を踏み、店内にいる客たち――冒険者、騎士、商人たち――を睨みつけた。


「貴方たちもそうよ! こんな油臭い店で、豚のように食べて……。私がプロデュースした『天使のカフェ』のほうが、ずっと可愛くて、えて、素敵なのよ!」


「……おい、聖女様よ。俺たちは腹が減ってるんだ。御託はいいから帰ってくれ」


ガリウスが面倒くさそうにジョッキを揺らすが、リリィは引き下がらない。

彼女のプライドはズタズタだった。元の世界ではチヤホヤされていた自分が、異世界に来て「悪役令嬢」だったはずの女に負け続けている。それが許せなかった。


「勝負よ! 料理で勝負しなさい!」


リリィはマリーを指差して叫んだ。


「私が作る『究極の映えスイーツ』と、貴女の『茶色い料理』。どちらが人々を幸せにできるか、ここで白黒つけましょう!」


店内がざわめく。

マリーはため息をつき、包丁を置いた。


「……わかりました。それで貴女の気が済むなら受けましょう。ただし、負けたら二度とこの店への営業妨害はしないと誓ってください」


「いいわよ! その代わり、私が勝ったらこの店は即刻閉店! 私のカフェの倉庫にしてもらうわ!」


こうして、居酒屋のカウンターを舞台にした、異例の料理対決が幕を開けた。

審査員は、店にいる腹を空かせた客全員だ。


   ◇


「見てなさい! これが最先端の『カワイイ』よ!」


先攻はリリィだ。

彼女は持ち込んだ道具を広げ、既製品のスポンジケーキやクッキーを積み上げ始めた。

彼女自身に調理技術はない。だが、異世界転移特典である『創造魔法』の一部を使い、食材を加工することはできる。


彼女が作るのは、高さ50センチにも及ぶ巨大な『パフェ』だった。


生クリームを山のように絞り出し、その上に色とりどりの砂糖菓子や、食紅でピンク色に染めたシロップを大量にかける。

さらに、魔法で作り出した氷の彫刻や、光る飴細工を飾り付ける。


「完成よ! 『天使のキラキラジュエルマウンテン・パフェ』!」


ドンッ、と置かれたそれは、確かに圧巻だった。

宝石のように輝き、甘い香りが漂う。

見た目のインパクトだけなら、芸術品のようだ。


「わぁ……綺麗だ」

「すげぇ色だな。食べるのがもったいないくらいだ」


客たちから感嘆の声が上がる。リリィは勝ち誇った顔で、スプーンを配った。


「さあ、食べてみて! 甘くて幸せな味がするわよ!」


一番手の騎士が、恐る恐るスプーンを入れた。

ピンク色のクリームと、青いゼリーを口に運ぶ。


「……あ、甘い」


「でしょう?」


「いや、甘すぎる……。砂糖を直接かじっているみたいだ」


騎士の顔が歪んだ。

見た目は華やかだが、味の構成がめちゃくちゃだった。

ただ甘いクリーム、ただ甘いシロップ、ただ硬いだけの飴細工。

酸味や塩気、食感のバランスなど考慮されていない。


「うっ……胸焼けがする」

「水……水をくれ」


食べた客たちが次々と胸を押さえる。

一口目は良くても、二口目からは苦行だ。

酒を飲んでいる最中の彼らにとって、この暴力的な甘さは毒に等しい。


「な、なによ! こんなに可愛いのに! 味覚がおかしいんじゃないの!?」


リリィが叫ぶ中、マリーが静かにコンロの火をつけた。


「料理は、見た目も大切です。でも……食べる人の体調や、何を求めているかを考えるのが一番大事なんですよ」


マリーが取り出したのは、真っ赤な『爆炎唐辛子フレイム・ペッパー』と、痺れるような刺激を持つ『麻痺のパライズ・ベリー』だ。


「さあ、お口直しといきましょうか」


マリーは中華鍋にたっぷりの油を熱し、ひき肉を投入した。

使うのは『ファイア・ボア』の粗挽き肉。脂身が強く、加熱すると強烈な旨味が出る。


ジュワァアアアアッ!!


激しい音と共に、肉の焼ける香ばしい匂いが立ち上る。

そこへ、刻んだニンニク、生姜、そして特製の『豆板醤トウバンジャン』を加える。


「ゴホッ、ゴホッ! な、なによこの煙! 目が痛いじゃない!」


リリィが咳き込む。

店内には、鼻の奥をツンと刺激するカプサイシンの香りが充満していた。

だが、その刺激臭は、甘ったるいクリームで麻痺していた客たちの胃袋を、強烈に叩き起こした。


「……なんだ、この匂いは」

「辛そうだが……涎が止まらん!」


マリーは鍋を振るう。

真っ赤な油の中で肉が踊る。

そこへ鶏ガラスープを注ぎ、賽の目に切った『絹ごし豆腐』を滑り込ませる。


グツグツグツグツ……。


鍋の中が地獄の釜のように赤く煮えたぎる。

仕上げに、水溶き片栗粉でとろみをつけ、たっぷりの『麻痺の実(花椒)』を挽きかける。

最後に、鍋肌から化粧油を回しかけ、強火で一気に焼き切る!


ジュワッ!!!


「お待たせいたしました。『激辛・四川風麻婆豆腐』です!」


土鍋に移されたそれは、マグマのようにグツグツと音を立てていた。

真っ赤なラー油の海に浮かぶ、白く滑らかな豆腐。

上には鮮やかな緑のネギと、黒いスパイスの粒。


「か、辛そう……」


客の一人が唾を飲み込む。

マリーは笑顔で言った。


「辛いですよ。でも、止まらなくなります」


ガリウスが先陣を切って、レンゲを突っ込んだ。

熱々の豆腐とひき肉をすくい上げ、フーフーと息を吹きかけてから口へ。


「…………ッ!!」


ガリウスの動きが止まった。


最初は、舌を刺すような鋭い辛さ。

「辛っ!」と思った直後、強烈な痺れが口内を走り抜ける。

だが、その奥からファイア・ボアの濃厚な肉の旨味と、発酵調味料の深いコクが押し寄せてくる。


「辛い! 舌が痺れる! ……だのに、なんでこんなに美味いんだ!?」


ガリウスの額から、玉のような汗が噴き出した。

カプサイシンが血流を一気に促進し、体温を上げる。

甘いパフェで冷えた胃袋が、燃えるように熱くなる。


「女将! 白飯だ! 白飯をくれぇぇッ!!」


「はい、炊きたてですよ!」


マリーが出した丼飯の上に、ガリウスは麻婆豆腐を豪快にぶっかけた。

『麻婆丼』の完成だ。


赤と白のコントラスト。

ガツガツッ! とかき込む。


「うおおおおおっ! 米の甘さが辛さを中和して……いや、旨味を倍増させてやがる!」


「俺にもくれ! 辛いの食ってスッキリしてぇんだ!」

「私も! この香りだけで、ご飯三杯いける!」


客たちが殺到した。

全員が汗だくになり、「辛い!」「熱い!」「美味い!」と叫びながら、麻婆豆腐を貪る。

パフェの甘ったるさなど、一瞬で吹き飛んでしまった。


「な、なによこれ……。みんな、どうかしてるわ! あんな辛いだけの泥みたいな料理の、どこがいいのよ!」


リリィは信じられない光景に後ずさった。

自分の作った美しいパフェは、一口食べられただけで残されている。

対して、マリーの料理は、決して美しくはない赤黒い塊なのに、みんなが笑顔で、必死になって食べている。


「リリィ様。貴女も一口、いかがですか?」


マリーが小皿に取り分けた麻婆豆腐を差し出した。


「ふ、ふざけないで! そんな辛いもの……」


拒絶しようとしたが、漂ってくる香りが、本能的に「生命力」を刺激した。

悔しいが、口の中が唾液で溢れている。


パクッ。


リリィは負けじと口に入れた。


「んんっーーー!!??」


辛い。痛い。熱い。

だが。


(な、なによこの爆発的な味は……!)


豆腐は滑らかで、辛いスープを優しく受け止めている。

ひき肉を噛み締めれば、肉汁がジュワッと溢れる。

そして、飲み込んだ後に残る、爽快な痺れ。


「あ、あふぅ……」


リリィの目から涙がこぼれた。辛さのせいだけではない。

自分の料理には「魂」がなかったと思い知らされたからだ。

見た目を飾ることばかりに気を取られ、食べる人の「お腹」と「心」を満たすという、料理の根本を忘れていた。


「……ご飯。ご飯ちょうだい」


リリィは小さな声で言った。


「はい、どうぞ」


マリーから受け取った白飯と一緒に食べると、その美味しさは凶悪なまでに跳ね上がった。

スプーンが止まらない。

汗でメイクが崩れるのも、髪が乱れるのもどうでもよくなった。

ただ、一心不乱に食べる。


「……私の負けよ」


完食したリリィは、腫れた唇でポツリと言った。

その顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。


「美味しかったわ。……悔しいけど、今まで食べたどの料理よりも、生きてるって感じがした」


「ありがとうございます。貴女のパフェも、飾り付けの技術は素晴らしかったですよ。今度は、もっと食べやすい甘さにして、食後のデザートとして出してみては?」


「……ふん、余計なお世話よ」


リリィはそっぽを向いたが、その口元は少し笑っていた。

彼女は立ち上がり、ドレスの裾を払った。


「約束通り、もうこの店には手を出さないわ。……でも、客として来るくらいは、許してあげてもいいわよ?」


「ええ。いつでもお待ちしております。辛くないメニューも用意しておきますから」


リリィは「次はもっと可愛くて美味しいものを作るんだから!」と言い捨てて、店を出て行った。

その後ろ姿には、もう以前のようなドロドロとした悪意はなかった。


「やれやれ。やっと静かになったな」


ガリウスが、空になった丼を満足げに置いた。

唇は赤く腫れているが、その表情は爽快そのものだ。


「聖女まで陥落させるとはな。お前の麻婆豆腐は、とんだ『魔性の女』だ」


「あら、最高の褒め言葉ですね」


マリーは中華鍋を洗いながら微笑んだ。

店内はまだ、熱気とスパイスの香りに満ちている。

聖女との対決にも勝利し、店の平和は完全に守られた。


だが、マリーの心には、まだ一つだけ引っかかっていることがあった。

それは、かつて自分を否定し、そして先日打ちひしがれて帰っていった元婚約者、ユリウスのことだ。


「……彼も、いつかまた、食べに来てくれるでしょうか」


マリーの呟きは、雨上がりの夜空に吸い込まれていった。

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