本当の名前──呪いを抱えた男
背もたれに寄りかかって伸びをした瞬間、手が何かにぶつかった。
嫌な予感がして後ろを振り返ると、そこには腕枕の姿勢でカウンターに突っ伏している男がいた。
顔は見えない。だが、誰かはすぐ分かった。
――レイ。
バルセロに向かう前、依頼所で出会ったあの男だ。
「……あんた達か。久しいな」
起きたのか、もしくは最初から寝てなかったのか。
声はガラガラで、目は完全に死んでいた。鼻が曲がるほどの酒臭さも全開だ。
「ど、どうしたんだよ……?」
思わず肩を揺さぶると、レイは深くため息をついた。
「いや、もう限界だなって」
生気ゼロ。まるで操り人形のようで、見てるこっちが不安になってくる。
「ノアス君、あの話してあげたら?」
空気を察したエリィが小声で促してきた。
たしかに、少しでも希望を見せられたら――。
「ああ、そうだ。バルセロでリンに会ったんだ。あんたが気にかけてたあの子。元気だったぞ!」
俺は肩を叩きながら明るく言う。
「リン……。そうか、元気だったか。他の村人たちは?」
「元気だったよ」
「クソみたいな環境だったけどな」
「ちょ、ジークさん!」
余計な一言を吐いたジークの足を、エリィが全力で踏み抜いた。
が、その横でレイの表情が変わる。
涙をこらえるような、熱を取り戻したような、そんな眼。
「そういえば、お前レイって名乗ってたよな。でもリンはそんな名前知らないって言ってた。どういうことだ?」
ジークの疑問に、レイは唾を飲み込んだ。
「……そうだ。俺はレイじゃない。俺の本当の名前は――名乗れない」
「名乗れない? どういう意味だよ」
レイの喉が詰まったようになり、苦しげに首を押さえる。
「……そういう呪いなんだ」
「呪い……。やっぱり、あんたバルセロの人間なんだな。リンの言ってた“行方不明の幼馴染”って……」
「俺は、手を汚しすぎた。もう、生きていてはいけないんだ。……少し場所を変えよう。話すべきことがある」
そう言って、レイは席を立った。
俺たちも無言のままその背中を追う。
◆
店を出て十分ほど歩くと、廃墟だらけの静かなエリアに出た。
風の音しか聞こえない。まるで時が止まった世界だ。
「ここでいい」
レイは立ち止まり、夜空を見上げた。
涙を落としながら振り返る。
「えっと……ここで何を?」
エリィが不安そうに尋ねる。
次の瞬間、レイは告げた。
「ジーク。拘束された状態で雷に打たれて震死」
「……は?」
「エリィ。両手足を縛られ、重りをつけられたまま海に落とされ溺死」
「なっ……」
「ノアス。工事現場で機材の落下による圧死」
「ちょっと待て、それ……俺たちの――!」
聞いた覚えのある言葉。
いや、覚えているどころじゃない。
それは――俺たちの“前世の死因”。
誰にも話していないはずの、それをレイは淡々と読み上げた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。全て、私がやったこと。私はもう、生きていてはいけない。だから……償わせてください」
レイは手を合わせ、祈るように呟く。
「呪いよ、発動したまえ」
光がレイを包んだ。
白い衣。深いフード。身体の輪郭が変わっていく。
「え……?」
「嘘だろ……」
そのシルエットを、俺は知っている。
この世界に転生させられた原因。
俺たちを殺した“元凶”。
――ゴースト。
瞬きする間に、レイはあの忌まわしい姿へと変貌していた。




