寿命街の転生者
エリィの説明が終わると、レイは目をかっぴらき、あからさまに驚いた顔で後ずさった。そのままテーブルにぶつかり、置いてあった飲み物が足元へ零れ落ちる。
「だ、大丈夫ですか」
やっぱり“転生者”ってだけで、ここまで反応されるのか。
暴言の一つでも飛んでくると思っていた俺は拍子抜けしたし、ジークも頭を抱えてため息をついている。
レイは割れたグラスにも気づかないまま、オロオロしながら言葉を紡いだ。
「す、すいません。驚きすぎてしまって……不快にさせてしまったなら、本当に申し訳ありません」
ポケットからハンカチを取り出し、滝のような汗を拭く。そして深呼吸。
「転生者……全然、えっと、差別とか見下すとか、そういうのはありません。ただ、初めてお会いしたので。私は質の良いものを持っているわけじゃありませんが、可能な限り協力します。ですから、バルセロの件……お願いします。探している子の名前は、リンという女の子です」
「了解。じゃ、そろそろ行こうか」
「そうだね」
「ったく、ヒーロー気取りはやめろってんだ」
席を立とうとしたその時――
「あの、ひとつ! 聞いてもいいですか!」
レイの声に、俺たちは足を止めた。
「ん?」
「転生前は……幸せでしたか? 死にたくなかったですか?」
「当たり前だろ」俺。
「もちのろん!」エリィ。
「最悪だ、この世界は」ジーク。
俺たちの返答を聞き、レイは視線を落として小さく呟く。
「……そうですか」
噛みしめるような悔しさの表情。それが妙に胸に引っかかった。声をかけようかと思ったが、ジークに「行くぞ」と促され、周囲の視線もあり、そのまま店を出る。
ジークが歩きながら言った。
「いいか、ノアス。この世界で上手くやるなら“他者に干渉しすぎない”ことだ。寿命が通貨の街で、俺たちは死なない。腕の寿命がゼロになっても生きてる。どう見てもチートだ」
「まぁ、たしかにゲームでもチートは嫌われるけど……」
「そういうことだ。善意で動いても“偽善”って言われる。そう思う奴が増えりゃ、いつか復讐を企む奴だって出る」
「……うーん、考えとく」
ジークは半年先にこの世界に来ている。俺以上に辛い経験もしたはずだ。
だからこそ、彼なりの忠告なのは分かる。
だが――俺は首を縦に振れなかった。
困ってる人を助けたい。
偽善でもいい。誰かの人生に影響を与えられるなら、それでいい。
今までも、これからも。
そんな俺の気持ちを見透かすように、ジークはため息をついた。
「で、いつバルセロに向かうんだ?」
パンっと手を叩くエリィ。重い空気を変えようとしてくれている。
「三日後にしよう。装備をそろえて、ゆっくりしてからな」
「りょーかい!」
「じゃ、今日は解散だな」
「おう。三日後の朝、ギルド前で」
ジークと別れ、エリィと歩く。
「よかったね、友達と会えて」
「ああ……驚いたけどな」
「羨ましいよ。私も会いたいな」
エリィは懐かしむように天を見上げた。
「エリィは、どんなふうに友達と遊んでたんだ?」
「学校でおしゃべりして、放課後は服買いに行ったり、プリクラ撮ったり、インスタ投稿したり……夜はずっと漫画描いて、宿題忘れて朝に写させてもらったり。本当に普通だったよ。ふふ。その“普通”が、もっと特別だって分かっていればよかったな」
伸ばした手が、もう届かない空を掴もうとしていた。
俺も同じだ。
どこにでもいる普通の男子学生。
バカやって、飲んで、大学行って、何気ない毎日を消耗していた。
だけど――戻れないと分かると、あの日々は宝石みたいに眩しい。
その夜、寝床に戻り、他愛ない話をした。
エリィは木の実を潰した汁で絵を描いていた。漫画家になりたいという想いが、強く滲んでいる。
漫画家を志したきっかけ――川で溺れた時に助けてくれた男の子の話も聞いた。
あの時のエリィの目は、星空みたいに輝いていた。
その話を聞くと、俺も改めて思う。
“誰かを助けられる人間でありたい”と。
気づけば眠り、朝を迎えた。
目を覚ますと、涙が零れていた。
昨日、エリィと死ぬ前の話をしすぎたせいだろう。
気持ちは沈んだが、立ち止まっている時間はない。
三日間、エリィと狩りをして金を貯めた。
弱いケモノを倒しつつ、この街の食糧難の理由――骨のケモノによる被害も知った。
そして酒がやたら多い理由も。
木の実にアルコール成分があり、それを醸造しているらしい。
アルコールは生きるための精神安定剤みたいなものだ。
三日後の朝――ギルド前。
ジークが待っていた。
その隣に、見覚えのある女性が立っている。
「出会えたようね。転生者諸君」
笑顔のリーリス。
彼女が言っていた“もう一人の転生者”――やはりジークだった。




