Ep.1
「——え?」
おれ——アナスタシア・ダロゥジュの姉——グレイティア・ダロゥジュは、そう鳩が豆鉄砲を食ったような(見たことないけど)顔をした。
いや、おれもそんな顔をしていたかもしれない。父上の言葉が衝撃すぎて。
「っ、あの……あの、ローク・レヒリフ公爵令息さまに……嫁げ、と……?」
「父上っ、それは……!」
ローク・レヒリフ公爵令息。
最高位・公爵家の一人息子で、凛としたきらめきを宿す冷たい青の切れ長の瞳、さらりと流れる豪奢な雪のように煌めく銀髪。小さな顔に人形めいて整った目鼻立ち、すらりと伸びる長く細い手足……という、非の打ちどころなしの容姿に加え、上級魔法である氷魔法を持ち、頭脳明晰で身体能力も高い。そんな完璧と言っていいほどに完璧な公爵令息が婚約者を持たないのは、その性格にある。
彼は——冷酷無慈悲で有名なのだ。
そんな男には、流石にグレイ姉さまを渡したくない。
そう思って、おれが抗議の声を出——そうと、した時だった。
「いいんですかぁっ⁉」
「……はぁ?」
ひくっと父上の頬が引きつった。……やっぱり父上、グレイ姉さまが嫌がると思ってたんだな。
「……グレイ姉さま。ここは建前上、絶望した顔をしておいたほうが読みごたえが……」
「はぁ? 読み応え? そんなの知ったこっちゃないわ! あのロークさまに! 嫁いだら‼」
はぁ~っと一度深く息を吸って、グレイ姉さまは続けた。
「冷たいお言葉と! 場合によっては拳が‼ 毎日毎日飛んでくるのよ⁉ これはもう、嫁ぐしかないでしょう!」
「……もうほんとに、やめてくださいよドレイ姉さま……」
「奴隷⁉ 奴隷……っ、あぁなんて素敵な響き……っ♡ うふっ、んふっ、むふふっ、きゃははははは!」
「こわっ……怖い、怖いですグレイ姉さま! ドМとグレイを混ぜただけですって……!」
「待ってアナ、一回冷たい言葉投げて!」
「……。……怖い、です」
「ぎゃははははははははは! それ冷たくないわよ、でもアナ可愛い!」
「……おい、グレイティア」
「はい? 何でしょうお父さま」
「あー……ローク殿には、了承とお伝えしていいんだな?」
「はいっ、もちろんです♡」
「……そう、か……」
父上は、そう引きつった笑みを浮かべながら、そそくさと出て行った。




