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俺の友人は愛され天使である

こんにちは、いらしていただきありがとうございます。

今回はりんちゃん回です

可愛いですよね、りんちゃん

可愛い、ですよね?

 天瀬鈴(あませりん)は、俺の友人である。

 品行方正、天真爛漫、純真無垢。彼女の笑顔は、平和の象徴。


 ……なぁ、アンタ『命は大事』か?



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 地獄の始業式から、約2週間。各々が自分の立ち位置を理解し始め、教室内に幾つかの派閥が芽生え始める、そんな時期。

 昼休みの1年1組。窓側の席では女子達が新しく始まった月9ドラマの俳優について花を咲かせ、その後ろでスポーツ推薦組の男子達がぎゃあぎゃあと騒ぎながら幾つも弁当を平らげている。

 天気は快晴。校庭の葉桜が青々と茂り、小鳥のさえずりが僅かに聞こえるーーー穏やかで、ありふれた光景。


 前の席に、アサカがドサッと腰を下ろした。胸ポケットから無造作に取り出されたスマホが前方に構えられ、“ピコン”と無機質な電子音を鳴らす。『録画中』の画面表示、赤く点滅するランプ。


「……ねぇマサ、今日はあと何人、()()されると思う?」


 アサカが目線だけをこちらに向けた。臙脂の猫目が悪戯っぽく細められ、ニヤリと口角を上げる。脳裏によぎるのは、2限目の終了直後、脱兎のごとく早退した、顔面蒼白の男子。


「知るか。俺は生き延びる」

 乱暴に吐き捨て、内心頭を抱える。欠席率は昨日で30%を超えた。緊急職員会議が入るのも、時間の問題だろう。

 『ねぇヤバイ!あれ見て!』と俺の机を叩いて目を輝かせるアサカ。げんなりしながら、視線を前方に向ける。


 

 廊下側の、向かい合わせになった席。そこに座る、1組の男女ーーー神城雅玖(かみしろがく)天瀬鈴(あませりん)

 完璧な王子様スマイルを浮かべて優しく微笑みかけるがくに、ふんわりと柔らかな笑みを返すりん。机の上には、二人の手作り弁当が並んでいる。


 がくが箸を伸ばしているのは、りんが作ったものだ。彩り豊かでバランスも良い。多少焦げ目のついたおかずや角の少し崩れた卵焼きが混じるのも、手作りならではの愛嬌だ。

 対して、がく。完成度が異様。彩りは言うまでもなく、バランスは管理栄養士監修レベル。ムラ一つない均一な焼き色のおかず、1ミリの誤差も無く切り揃えられた卵焼き。「これ、料亭弁当です」と言われても、誰も疑わない。

 笑顔の絶えない、仲睦まじい2人。甘く和やかな雰囲気の昼食風景。


 そんな彼らを中心として半円状に広がる、空席の山。

 そこに自席があるにも関わらず、寄り添うように窓側へ集まるクラスメイト。

 理由は一つ。各々が、自分の立ち位置を理解()()()()()からだ。

 


 10日前、高校生社長(がく)とお近づきになりたい生徒達が男女問わず教室に押しかけた。そばにいたりんを押し退けてがくに迫った生徒たちは、一人、また一人と退学や休学を申し出て、全員消えた。


 5日前、がくに構い倒されるりんを妬み『彼女だからって調子に乗ってる』『大して可愛くもない地味女』等と嘲笑した女子は、翌日から欠席。過去の失言が突然掘り返されて炎上し、自宅を特定されて警察沙汰にまで発展した。


 3日前、教室で上靴を投げ合ってふざけていた男子がいた。偶然りんの方へ勢い余って飛んできた一足をがくが一瞬で叩き落としたため、彼女に当たることはなかった。その日の放課後、男子は階段から足を滑らせて転げ落ちた。


『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……本当に、わざとじゃ、ありませんっ……!!』

 階段下でうずくまる彼は、そう言って酷く怯えていた。


 これまで姿を消した人間は皆、なんらかの形でりんと関わりを持っていた。

 彼女の表情を翳らせた時間が長ければ長いほど、一層悲惨で苛烈な目に遭っている。


 証拠は無い。根拠も無い。けれど確実に、あれは()()()()()()()()()()()()だ。

 休学も、炎上騒ぎも、事故もー-ー全ての裏に、死神(がく)がいる。


 『りんの表情を翳らせた』

 そこに、故意か否かは関係ない。

 揺るぎようの無いその事実が、死神にとっては万死に値する処刑理由。 


 生き残った70%は知っている。刻み付けられている、と言っても良い。

 近付いてはいけない。触れてはいけない。もしも踏み入れたら、そこで終わり。


 あれは、()()()()()()だと。


 教室の引き戸が勢いよく開いた。坊主頭の男子がひょい、と教室へ顔を出す。

「なぁ後藤ーーーあれ?いねぇじゃん」

 辺りをぐるりと見渡し、ずかずかと一番近くにいた生徒ーーーりんに歩み寄って行く。


「きたっ、処刑候補が来たわよ……!」

 小声でアサカが色めき出した。スマホを構える手が、わずかに震えている。


「後藤くんなら、2限目で帰ったよ」

 男子が口を開く前に、がくが答えた。同時にアサカがスマホの画面をズームする。


 いつも通りの、優雅な王子様然とした微笑み。けれどそれは、つい先程までとは違う。

 

「え、マジ?なんで?」

「さぁ?体調不良じゃない?」

 穏やかな声色、変わらない表情。けれど、ズームされたスマホに映った瞳孔が、僅かに開いた気がした。


「後藤、りんに褒められる直前まで超元気にシャトランしてたけどね」

 ポツリとアサカが呟いた。


「気が弱いわよねぇ……あんなの、威嚇にもなりゃしないのに」

 意地の悪い笑みを浮かべるアサカ。後藤が即座に謝罪し、速かに早退した事を根に持っていたのだろう。


「無茶言うな。アイツも必死だったんだろ」

 脳裏に浮かんだのは、『いいなぁ、羨ましいよ』と微笑むがく。

 可哀想な後藤。真面目にやっていただけなのに、嫉妬深い死神のせいで生きた心地がしなかっただろう。



「つーか何その弁当!めっちゃ豪華じゃね?」

 テンションの上がった男子の声に、意識を引き戻される。男子の視線の先には、がく謹製の弁当。

 気になるのは分かる。多分、全員気になっている。分かるが、しかし……


「やっば……これは、大当たりだわ……!」

 アサカの声が弾む。この状況を楽しめる胆力が、俺にも欲しい。



「がくが、作ってくれて……」

 無遠慮な視線に晒され、おずおずと答えるりん。柔く微笑んでいた彼女の表情に、困惑が滲む。


 瞬間、がくのハイライトが消えた気がした。

「もういい?食事中なんだけど」

 柔い声、穏やかな声色。尋常じゃない()()の気配。りんが目の前にいなければ、あの男子はとっくの昔に詰んでいた。


 今ならまだ間に合う。邪魔して悪い、とか適当に言って速かに退散すれば、まだーーーー



「え、これ手作り⁉︎マジ⁉︎うっわ凄いっすね社長、愛マシマシ!勝ち組うらやましー!」





 …………………………もう駄目だ。この馬鹿は救いようが無い。いくらなんでも、他人の機微に疎すぎる。


「ねぇマサ。アイツ、脳味噌どっかに落として来たんじゃない?」

 流石のアサカも、これは笑えないらしい。

 目の前で喰らったりんは尚更だ。驚きのあまり、持っていた箸をぽとり、と取り落としてしまっていた。

 からから、と机を転がる音が、いやに大きく教室に響く。


 がくの目から、とうとう笑みが消えた。


「ねぇ、君さあ……」

 吐息の籠った、静かな声。ぐ、と空気が重く張り詰める。



 期待と興奮で、アサカの瞳がキラキラと輝いた。

 彼女に引っ掴まれた左腕が、普通に痛い。


「ちょっと、喋りすぎ、かな?」

 にこり、と口元だけが上がる。男子の顔が、途端にサッと青ざめた。


 ようやく事の重大さに気づいたようだが、もう遅い。

 残念ながら、あの馬鹿は地獄行きだ。


 がくの背後に、死神の幻影が見えた。赤い目を爛々と光らせ、背丈以上の大鎌がゆっくりと持ち上がる。

 頭上高くに持ち上がったそれが勢いよく男子に振り落とされた、その瞬間。


「おいしい……!」

 この地獄から発せられたとはとても信じ難い、柔らかな声。

 りんが、ほわりと表情を緩ませて愛らしい笑みを見せていた。


 大鎌が、一瞬で動きを止めた気がした。


 がくが、呆気に取られてりんを見つめている。

 視線に気付いたりんがことりと首を傾げ、きょとん、と何度か瞬きをした。


「………………聞こえた?」

「うん。ばっちり」

 りんの頬が、みるみるうちに赤くなり、あわあわと口元を震わせる。


 死神が霧散した。あの馬鹿は、腰を抜かしてその場にへたり込んでいる。がくの視界に、彼はもう存在しない。


 今、がくの全ては、りんだけに向けられている。


「だって私、食べるの遅いから……食べ切れなかったら、嫌だなっ、て……お話中だったのに、ごめんね」

 羞恥のあまり途切れ途切れになる言葉、りんごのように真っ赤な頬。じ、とがくを見つめる、羞恥で潤んだ黒茶の瞳。


「て、天使……ッ!!!!」

 感極まったアサカが、ぎゅう、と腕に力を込める。

 痛い。力が強いんだよ、マジで。


「大丈夫、もう終わったから。ねぇ、りん……どれが、そんなに美味しかったの?」

 聞いているだけで恥ずかしくなるような、煮詰めまくった砂糖のような、甘すぎる声。

 真っ赤な頬を押さえながら、蚊の鳴くような声で『これ』と答えるりん。


「ふふ、りんのためなら、オレ、いくらでも作るよ」

 砂糖を吐くほど、甘く緩んだ瞳をして囁くがく。


 彼の機嫌は、完全に回復していた。

 むしろ、愛らしいりんの言動で、これ以上ない程に上機嫌だ。


 笑顔の絶えない、仲睦まじい2人。甘く和やかな雰囲気の昼食風景。



 まるで、()()()()()()()()()()のだと錯覚するほどの空気感。

 

 アサカのスマホが、“ピコン”と、無機質な電子音を鳴らした。

 俯くアサカ、その肩は小刻みに震えている。


「久々に見たりんの無自覚浄化……ッ、マジで、このクラスでよかったわっ!」

 目を輝かせたアサカががばりと顔を上げ、興奮のままにバシバシと俺の腕を叩く。

 ほんとに痛い。勘弁してほしい。


「……胃が、痛ェ」

 興奮冷めやらぬ様子で録画を見返すアサカ。

 遠い目をしながら、『神展開』だの『アイツ馬鹿すぎ』だのとベラベラとよく回る口を眺め、適当に相槌を返す。


 あぁ、早くクラス替えがしたい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 天瀬鈴は、俺の友人である。

 品行方正、天真爛漫、純粋無垢。彼女の笑顔は、平和の象徴。


 彼女の笑顔で平和が保たれ、彼女の翳りで地獄が呼び起こされる。 


 死神が愛してやまない、唯一の存在ーーーそれが、天瀬鈴。

 救済と破滅を無自覚に行き来する、表裏一体の愛され天使である。

 

りんちゃん、ああ見えてがくの狂気全部ご存知です。可愛いですね。

一応りんちゃんにも死神は見えてます。彼女的には幼少期の彼に似ているそうです。可愛いですね。

2人が初めて出会ったのは小学校入学1ヶ月前。神城家のお隣にお引越ししてきました。可愛いですね。

がくくんに挨拶した翌日、彼から折り紙の指輪付きで結婚を迫られたそうです。死ぬほど重いですね。

お料理練習中のりんちゃん、まだまだ包丁の扱いが慣れていないので時々指を切りそうになります。可愛いですね。

激怖高品質お弁当の理由は「りんが食べるに値する物であるべきだから」らしいです。死ぬほど重いですね。

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