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ep1 婚約破棄

「シャスティア・ルクスリア!俺は、お前との婚約を破棄させてもらう!」


王宮の、王太子の執務室。そこは、国の力を示すように、豪奢な造りになっている。その美しい部屋に似つかわしくない、傲慢と侮蔑のこもった声が響き渡った。


「…………は?」

このアルカ王国の王太子──ジークハルト・レオンハルト・ド・アルカの言葉に目を丸くしたのは、この国の公爵位をもつルクスリア家の長女、シャスティア・ルクスリアである。シャスティアは透き通るような銀髪にアメジストの瞳を持った、十八歳の美少女だ。対して、ジークハルトは茶色を薄めたようなブラウンの髪を持ち、瞳もブラウン。あまりパッとしない顔立ちで、シャスティアと同い年だ。


「あの、もう一度伺っても?」

シャスティアは机の向こう側にふんぞり返る自分の婚約者を見据えて、信じられないというように聞き返した。

「先ほど言った通りだ。お前との婚約は破棄させてもらう」

レオンハルトに大事な話があると言われて来てみたらこれだ。婚約破棄という言葉に、シャスティアは頭の中が真っ白になる。


(何か、王太子の機嫌を損ねるようなことをした?いいや、そんなことはないはず。いつも笑顔で接していたし、公務も手伝っていた。好きではないにしろ、それなりの関係を築けていたはず……。なら、なぜ?)


そこまで考えて、最悪の状況が思い浮かんだ。


「もしかして、恋人でもいらっしゃるのですか?」

その質問を発した瞬間、ジークハルトはニヤッと気持ちの悪い笑みを浮かべた。その笑みに嫌な感じがして、シャスティアは思わず身震いをした。


「ああ、その通りさ。紹介するよ。“将来の王太子妃”だ」

すると、執務室の扉が開き、一人の女性が入ってきた。ふわふわと揺れる金髪。幼い印象を受ける顔立ち。いかにも守りたくなるような見た目のその女は、シャスティアを越えて、レオンハルトの隣へ歩いて行った。


自信に満ちた翠の瞳で、シャスティアを見つめ、ゆっくりとお辞儀をした。

「初めまして、シャスティア様。私は、セシリア・グレイアムと申します」

「じゃあ、そういうことだから、婚約破棄を受け入れてくれ。慰謝料なら払ってやる。王太子妃の部屋はセシリアに宛がうために、すぐに返還してもらうから今日中に王宮を出てくれ」


「何を、言って………」

意味が分からない。好きな女ができたから婚約破棄をしてくれ、今すぐここから出て行け、と。何を言っているんだ?だいたい、王太子妃になるための教育は、シャスティアが十歳の頃から行われていた。


王太子妃教育は厳しく、内容も難しかった。かなりの努力を要したというのに、それが無かったことになるのだ。それを、ぱっと出の令嬢が完璧にこなそうなんて不可能に近い。しかも、今まで暮らしていた家から今すぐ出て行けと言うのだ。はっきり言ってありえない。


あまりの屈辱に怒りで震えていると、セシリアがシャスティアの手を握ってきた。


「本当にごめんなさい。私と殿下が愛し合ってしまったばかりに、シャスティア様にご迷惑をかけました。シャスティア様にもこれから、たくさん楽しいことが待っているはずです!王太子妃のことは私にお任せください!」

「ああ、なんて優しいセシリア。哀れなシャスティアに慰めの言葉をかけてやっているのか!」

「殿下…!」

「セシリア…!」

そう言って抱き合う二人を見た途端、シャスティアの中で何かが音を立ててちぎれた。


「────茶番だわ」


「なんだと?」

レオンハルトが苛ついた目でシャスティアを見遣る。セシリアとの時間を邪魔されて大変ご立腹なようだ。


「頼まれなくても、こんなところ出て行きます。さようなら。どうぞお幸せに。二度と私の人生に干渉しないでください!」

そう言い残して執務室を去ろうとした。その時。

「ちょっと待て!」

急にレオンハルトがシャスティアを呼び止めた。

「なんです?」


またあの薄ら笑いを浮かべて、シャスティアの顔を見つめる。そして、信じられないことを口にする。


「独身になったお前が可哀想だから、新たな婚約者を見繕ってやったぞ。相手は隣国のネフィリス王国の王太子だ」


「なんですって……!?」

ネフィリス王国は、アルカ王国に隣接する国で、アルカ王国とほぼ同程度の国力だ。国土は自然で溢れ、経済もそこそこ。しかし、ネフィリス王国の王太子は、その残忍性でよく知られている。国に攻め込んできた敵は一人残らず殺害し、運良く生き残った者も見つけ出して拷問にかける。おまけに戦場での戦い方も凄惨だという。


レオンハルトは勝ち誇ったような表情で、俯いているシャスティアを見下ろす。

「どうだ。いいだろう?」


婚約破棄だけならまだ良かった。だが、これではもう、生き地獄へ向かえと言われているようなものではないか。






“本当なら”、ここで泣いて悲しむだろう。だが、シャスティアにとっては違う。ずっと、密かに願っていたのだ。『いつか、ネフィリス王国の住人になりたい』と。


それはシャスティア自身が、かつて大陸を救った『極彩(ごくさい)の魔女』と呼ばれた魔女の生まれ変わりであり、その子孫が作り上げた王国がネフィリス王国だからだ。ネフィリス王国に住めるのだったら、結婚相手が誰だろうと関係ない。


「あっはははははは!!ありがとうございます、殿下!」

さっきまで俯いていたシャスティアが急に笑い出したものだから、レオンハルトとセシリアはぽかんとしている。想定していた反応と違ったのだろう。


こうしてはいられない。一刻も早く準備をしてネフィリス王国へ出発したい。

はやる気持ちを必死で抑えながら、執務室を立ち去る。



去り際に見えた、二人の唖然とした顔が印象的だった。








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