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20/21

容疑者と少年魔導士

 事態が動いたのは、三人揃っての非番明けだった。

「放火!?」

 その報せはさすがにアーネットも驚いた。魔法捜査課オフィスにやって来たカッターによると、海軍本部に何者かが火炎瓶による放火を試み、石とコンクリートの建物に大して影響はなかったものの、木造部分がわずかに焼けたという。

「おそらくゴムか何かの投石器のようなものを使用して、海軍本部敷地内に投げ込んだらしい」

「動機は?」

「犯人がわからない以上、憶測でしか言えないが、まあマクレナン大佐の件だろうな」

「予想できた事態かも知れんが、これはエスカレートすると厄介だな」

 アーネットは難しい表情で下を向いた。

「そういえば、カッター。アナベル・ディッキンソンの容態はどうなってる?」

 アナベルの身柄は殺人容疑および殺人未遂の現行犯ということで、やむを得ず重犯罪課に引き渡されていた。衰弱が激しく、現在は警察病院で治療中だった。

「いちおう、会話ができる程度には回復した。医師から取り調べの許可が降りるかどうかはわからん。万が一のこともあるし、重犯罪課が交代で護衛についている」

「万が一、か」

 それは、アナベルが口封じに消される可能性を考えての事だった。さすがにそこまではしないだろう、とアーネットも思ったが、同時に権力とはなりふり構わない存在でもある。アーネットは天井を仰いだ。

「さて、どうなる事やら」



 その二日後、ようやくアナベル・ディッキンソンの容態が回復すると、重犯罪課のデイモン警部による取り調べが行われる事になった。警部は、自らの指揮で捕らえたわけではない容疑者の取り調べは気が進まなかったため、ひとつの条件を提示したうえで、仕事と割り切って引き受ける事にした。


 メイズラント警視庁の新庁舎の取調室は、被疑者にプレッシャーを与えるために、意図的に暗く、古めかしく造られていた。デイモン警部はその作為は好まなかったが、雰囲気だけは旧庁舎に近く、よく馴染んだ。

 暗い室内のテーブルに座らされたアナベル・ディッキンソンは、栄養剤の投与と食事で、やせ細ってはいたが血色は良くなっていた。警部と、やや背の低い金髪の書記が入室した時、アナベルは落ち着いて見えた。

「アナベル・ディッキンソンだな。年齢は」

「二二歳」

 拍子抜けするほど、アナベルの返答は早かった。

「憔悴して見えるが、報告にあるとおり気丈な性格のようだな」

 正面に座ると、書記の準備を確認した警部は、資料を開いてさっそく質問を始めた。

「まず単刀直入に訊くが、ケビン・マクレナン大佐を殺害したのはお前か」

 もう、一切の前置きなしに警部は一気に本丸に攻め込んだ。これまで、さんざん多くの捜査員が振り回されてきた事件の真相を、さっさと確認したい、というのが半分くらい本音だった。だが、この問いにアナベルはすぐには答えなかった。警部は手元の資料に目を通す。

「追悼式典で、お前が座っていた位置はわかっている。死亡したマクレナン大佐の頭部に、弾丸が進入した角度と一致する。お前が、『射出魔法』なる魔法を封じた万年筆を所持していた事は、魔法犯罪特別捜査課からの報告にある。この事実を併せると、お前が魔法と九ミリ弾丸を使用して、大佐を殺害した可能性が高い。反論はあるか」

 すぐに犯行を認めるかと警部は期待したが、その期待は軽く裏切られた。

「その場で、私が魔法を使ったという証拠はあるのですか」

 やはりそう来たか、と警部は眉間にしわを寄せた。アナベルの声は疲労のせいか力がなかったが、意志の強さは感じられた。

「魔法の万年筆なんてもの、でっち上げではないのですか。だいいち、それはどうやって使うものなのですか」

「魔法の万年筆は、使用者が対象にそれを用いて、自らの名前を署名することで発動する。お前は弾丸に名前を記して発射した。そうではないのか」

「小さな弾丸に、どうやって万年筆で名前を書けるのかしら」

「まるで、弾頭の大きさと、万年筆のペン先の太さをよく知っているような口ぶりだな」

 その警部の指摘に、アナベルは黙った。警部の取り調べはその回転の早さで知られている。あらゆる情報から、相手を追い込む要素を即座に選択して突きつけるのだ。それは、老刑事と呼ばれるようになった今も、まったく衰えていなかった。

「魔法捜査課の説明によると、名前というのは要するに、魔法を用いる術者の意志を示すための媒介に過ぎない、とのことだ。魔法の源は、万年筆のインクそのものにある。極端に言えば、線一本引くだけでも、魔法は発動できるらしいが」

「あのとき、私の前後左右には他の列席者がいました。その視線がある中で、弾丸に万年筆で細工する事などできません」

「お前は当日、幅の広い帽子を被り、黒いドレス、黒い手袋をまとっていた。その状態では、手元で黒い万年筆、黒い弾丸を手にしても、見えづらいのではないかな」

 丁々発止のやり取りが続く。状況証拠を突きつけても、この女の自白を引き出すのは難しい、とデイモン警部は理解した。

「アナベル、お前は例の遭遇戦で婚約者を失ったのち、二人の男とカフェで会っている姿が目撃されている。それは誰だ」

「見間違いではないのですか」

「これはわしの想像だが、一人はお前が雇った探偵ではないのかな」

 アナベルの肩が、びくりと動いた。

「お前を警察病院に移動した際、看護婦がお前の衣服に、手紙があるのを発見した。その手紙は暗号文で書かれている事がわかった。封筒の消印の日付は、ある探偵が死体で発見された前日だ。アルコール依存症患者に偽装されてな」

 アナベルは、身体を強張らせた。次に警部が何を言い始めるのか、警戒しているように見えた。警部は畳みかけるように続けた。

「手紙の内容を解読すると、そこには公開が憚られるような、探偵による調査報告が書かれてあった。ハワード・エイトケンがケビン・マクレナン大佐と組んで、ヒンデスとの定期航路を利用して麻薬を流通させ、莫大な利益を得ていたという結論、そしてエイトケンが収穫性のために自分の領地に戻っており、収穫祭の挨拶で演壇に立つ、という情報だ」

 警部の指摘に、アナベルは無言でテーブルを見ていた。

「つまり、殺された探偵はお前の共犯だったということだ。いち探偵が、そこまでお前に協力する理由が、わしにはいささか理解できん。ひょっとして、その探偵もお前の婚約者と何か関係があったのか」

 すると、アナベルは強い視線を警部に向けた。これ以上話すな、とでも言わんばかりの強い意志を警部は感じ、そしてここが、アナベルを追い込むタイミングだと、瞬時に判断した。

「殺された探偵は、お前の婚約者ランス・マーベルの家族、あるいは親友だった。そんな繋がりでもなければ、執念深く犯罪者のお前に協力するなどという事は想像できん。逆に、お前が他の遺族と共犯関係を結ばなかったのは、赤の他人と協力するのはアシがつく可能性がある、と判断したためか」

 警部の推測はどうやらことごとく正鵠を射ていたのか、アナベルの表情にはっきりとした動揺の色が浮かんだ。もう、ごまかすのは不可能ではないか、と思い始めている目だった。警部はそんなアナベルを哀れにさえ思い、穏やかに言った。

「なあ、アナベル。正直に言おう。わしは今回の事件、お前に同情している。わしだけではない。重犯罪課も、件の魔法犯罪特別捜査課の連中もだ。婚約者が麻薬流通などという、非人道的な商売の犠牲になったと思えば、復讐もしたくなるだろう。もちろん、わしらは警官だ。お前の罪を見過ごす事はできん。だが、それは法律の話だ」

 その警部の言葉は、自白を促す方便でもあったが、同時に本心でもあった。

「あの魔法捜査課の連中が、上の人間に無断で、お前を逮捕しに行った理由がわかるか。それは、お前にこれ以上、罪を重ねさせたくなかったからだ。刑事としても、人間としてもな。お前には、二度目の殺人を未遂で終わらせてくれた彼らに、感謝する義務があるとわしは思う」

 アナベルの目じりに、涙が浮かんでいるのを警部は見た。肩が小さく震えている。警部は立ち上がり、アナベルの肩をぽんと叩いた。

「誓って言おう。お前の罪は軽減される。殺人そのものは取り消す事はできないがな。まだ、それでもマクレナン大佐殺害を、否認するか」

「…どうやって」

 かすかな声で、アナベルは言った。

「どうやって、あの場で私が、魔法で大佐の額を撃ち抜けたのか。それを暴いてみせてください。それができた時、全てを話します」

 それは、ひとつの敗北宣言だった。もう事実上、アナベルは罪を認めている。だが、自分自身に引導を渡すために、あえてアナベルは最後の挑戦をしてきたのだ。警部は呆れ、かつ敬服さえ覚えた。

「暴いてみせてください。私があの時、魔法を使ったという証拠を」

 すると突然、それまで黙々と取り調べの経過を記入していた書記が、やおら立ち上がってアナベルを向いた。アナベルは、いったい何事かと怪訝そうな表情を見せる。

「お姉さん、右利き?左利き?」

 その高い声は、成人男性のものではなかった。書記は、まだ少年だった。少年の唐突な質問に、アナベルは戸惑っていた。なぜこの状況で、利き腕を訊ねるのか。

「まあ、たぶん右利きだろうっていう前提で進めるけど。ちょっとその左腕の袖、まくってもらえるかな」

 その、少年の馴れ馴れしい要求に、アナベルは明らかに動揺して、右てで左の前腕をかばってしまった。それはアナベルにとって、致命的な失敗だった。

「失礼する」

 デイモン警部は、老いたとは思えない腕力でアナベルの左腕を掴むと、袖をまくって前腕を露わにした。すると、前腕の内側を見て、警部は絶句した。

「これは…一体どういうことだ?」

 警部は、ぞっとしてアナベルを見た。アナベルは、目をむいて空間を見つめている。アナベルの左腕にあったもの、それは無数の痣、それも文字を書いた痕だった。そこには確かにこう記されていた。”Anabell”と。

「おかしいと思ったんだ。お姉さんが急激に痩せた、っていう話を聞いてね。そこで、ピンときた。お姉さんは、魔法の万年筆の、違う使い方を発見したんだ」

 少年の指摘に、アナベルは息を呑んでその目を見た。少年の瞳は、暗い室内でも光って見えるほど透明な、エメラルドグリーンだった。

「お姉さんは、自らの身体で魔法を発動させたんだ。腕に万年筆のインクを刻み込んでね」

「そんな事が可能なのか?」

 訊ねたのはデイモン警部だった。

「物体に名前を書くことで発動する、そうわしに説明したのはブルー、お前だろう」

「もちろん、この万年筆を流通させている奴らも、その使い方を想定しているはずだ。けど、原理的に言えば、自分自身の身体を発動体として魔法を用いる事もできるはずなんだ。そして」

 少年――アドニス・ブルーウィンド特別捜査官は、人差し指を立てて言った。

「この方法なら、対象に名前を記入する必要がなくなる。つまり、衣服のどこかに忍ばせた弾丸を発射する事もね。そうでしょ、お姉さん」

 突然現れた少年の顔を、アナベルはまじまじと見て、そしてハッと気が付いた。

「あっ、あなた、収穫祭の時の!」

「そう。魔法犯罪特別捜査課の刑事だよ」

 それを知ったアナベルは、がっくりと肩を落として力なく笑った。もう、反論する気力はないように見えた。ブルーは続けた。

「お姉さんはたぶん、その使い方を発見して、練習したんでしょ?体中に仕込んだ銃弾を、自在に発射する方法を。追悼式典の時、おそらくお姉さんは、帽子の装飾の中に分解した弾頭を仕込んでいたんだと思う。それを、弔砲のタイミングに合わせて発射した。誰かが拳銃で撃った、と思わせるためにね」

 けれど、とブルーは言った。

「現代の拳銃は、発射すると銃身内に刻まれた螺旋状の溝の痕、いわゆる線条痕が残る。それを知らなかったのが、お姉さんの失敗のひとつだね。使用済みの弾頭をどこからか調達していれば、もっと捜査を混乱させられたのに」

「まるで、そうなって欲しかったような言い方ね」

 ここで、初めてアナベル・ディッキンソンは弱々しい笑みを見せた。もう、敗北を悟った表情だった。

「あなたの言うとおりよ。私は帽子のリボン飾りの中に、銃弾を仕込んでタイミングを待っていた。けど、拳銃なんて撃った事もないから、線条痕なんてものがある事は知らなかった」

「腕に書いて魔法を発動できるって、どうやって気付いたの?」

「ただの偶然。小さな弾丸に名前を書くのは難しいし、これならどうだろう、って」

「運が良かったね、お姉さん。もしあれ以上魔法を使い続けていた場合、ひょっとしたら、死んでいたかも知れないよ」

 そのブルーの指摘に、アナベルだけでなく、デイモン警部までもが訝って訊ねた。

「どういう意味だ、死んでいた、とは」

「言ったとおりの意味だよ。自分の身体を発動体にするなんて、自分の身体を食べるようなものだからさ」

 ブルーは、アナベルの正面に立つと、真剣な表情で言った。

「そのやり方は、強力な効果を得られる代わりに、体力ではなく生命そのものを消耗する。お姉さん、ハッキリ言うけど、寿命がほんの少し削られたってことだよ。何日、何週間、何か月…あるいは何年ぶんかはわからないけど」

 寿命。その表現に、デイモン警部は「まさか」という顔をした。つまり、死の訪れが早まったという事なのか。それは、にわかには信じがたい話だった。

「もう使う事はないと思うけど、魔法っていうのは危険な力なんだ。命を削られるほどね」

 すると、アナベルは涙をこぼしながら、肩を震わせて笑い始めた。

「ふふふ、寿命ですって。そんなもの、復讐ができるならいくらでも払ってやったわ。私から、ランスを奪った報いを受けさせるためならね」

 アナベルは、自らの左腕に刻まれた、いくつもの自分の名前を見つめた。

「もうランスは帰ってこない。二度と帰っては来ない。そして彼の命が、あの大佐の裏切りによって失われたと知った時、私は復讐を決意した」

 涙を流しながら、アナベルはようやく全てを語り始めたのだった。


 アナベルの犯行を背後で支えていた探偵は、死んだ婚約者ランス・マーベルの親友だった。本業は探偵ではなく、元新聞記者だという。

 彼はもともと真実を暴いて公表するつもりだったが、アナベルは公表すれば警察や国がもみ消しに動く可能性を考え、復讐を達成したのちに新聞社に持ち込む事を考えた。ランスの親友は反対したが、アナベルが独断で凶行に及んだため、諦めてそのまま共犯として行動する事を決意する。あとは、警察が推理した内容がほぼ事実で間違いない、という。


 そこまで説明があったところで、ブルーがひとつ、重要な質問をした。

「動機と、犯行に至るまでの経過はわかった。けれど、お姉さんはまだ答えていない事がある」

 ブルーは、内ポケットから一本の万年筆を取り出した。それは、件の「魔法の万年筆」だった。

「これはお姉さんが所持していたものでも、ハワード・エイトケン卿のものでもない。過去の魔法犯罪事件で使用されたものだ」

 キャップには魔法犯罪特別捜査課が管理していることを示す、日付入りのタグがついており、デザインは同じだが、装飾のリングはアナベルが持っていた物の金色ではなく、銀色だった。

「目撃情報が真実なら、お姉さんはこれを、黒いコートとハットの男から入手したはずだ。教えて欲しい、その男とはどうやってコンタクトを取ったのか」


 ブルーの質問への答えは、驚きと不気味さを伴うものだった。その男は、アナベルがマクレナン大佐への復讐を決意したある日の夜、道路を歩いていると目の前にふらりと現れたのだという。

「まるで、私の殺意を知っているかのようだった…私の目の前で、魔法の万年筆の効力を示してみせた」

「そいつの名前は?どんな顔をしてた?」

 ブルーが食い気味に訊ねると、アナベルは

「名前は名乗らなかった。顔はフードで覆っていた…目は、足がすくむような、金色の冷たい眼光」

 アナベルによると、身長はたぶん一八〇センチメートル以上、髪はくすんだブロンドの総髪のようで、声色からすると二〇代後半から三〇代前半くらい、まとっていたインバネスコートはさほど高級そうではない普通の品物に見えた。

 魔法の万年筆は、万年筆としては高価だが、買えないような金額ではなかったという。何種類か用意された万年筆の中から、アナベルは射出魔法が封じられた物を選び、大佐の暗殺計画を立てたのだ。


「真相はだいたいわかった」

 デイモン警部はそれなりに満足げだが、厳しい表情をアナベルに向けた。

「アナベル。お前に同情できる面がある事は確かだ。しかし、お前は殺人を犯した、その事実は覆らない。裁判でどのような判決が下されようと、だ」

 警部は再びテーブルにつくと、哀しさをたたえた声で語りかけた。

「なぜ、声を上げなかった。なぜ、独断で凶行に及んだ。なぜ、警察に頼らなかった。見ろ、この少年を。自らの進退など忘れて、お前の第二の犯行を止めるため、そして貴族の悪徳を暴くために走った刑事が、ここにいるのだぞ」

 その言葉は、アナベルの心に深く突き刺さったようだった。アナベルは、ブルーの目を見た。ブルーは微笑んで、ただ頷いただけだった。そのとき、アナベルの目から涙が溢れ出た。

「ごめんなさい」

 それを言うのが、アナベルの精一杯だった。全てを語ったアナベルは、医師と看護婦に付き添われて、再び警察病院に裁判まで入院する事になる。


「ブルー、世話になった」

 デイモン警部は犯人がいなくなった取調べ室で、ブルーが書き終えた文書を受け取った。だがブルーを呼んだのは書記としてではなく、警部には魔法の基礎知識がないため不明な点は説明役が欲しかった事と、正式な令状がなかったにせよ、犯人を直接逮捕した魔法捜査課には取調べに立ち会う権利がある、と考えたためである。

「君たちを動かしたわしらにも責任がある。君たちの処遇については、わしから警視監に話を通しておく、心配するな」

「警視監に?」

「奴とは長い付き合いだ、腐れ縁だがな」

 どうやらデイモン警部は、思っている以上に上の人間にも話を通せるらしかった。ブルーは敬服しつつ、襟を正して警部に向き直った。

「ありがとうございます。それじゃ、僕は部署に戻ります」

 取調べ室を出ようとしたブルーを、デイモン警部は引き留めた。

「ブルー。あの魔法の万年筆はいったい、何なんだ。この国で一体、何が起こっているのだ」

 暗い取調べ室に、沈黙があった。この社会の裏側で、何者が暗躍しているのか。ブルーは、首を小さく横に振った。

「僕にもわからない。けれど、これだけは言える。僕ら魔法犯罪特別捜査課が発足した事と、無関係ではないのかも知れない」

「だから、君のように少年ではあっても、魔法の達人が抜擢されたというのか。わしにはもう、理解の範囲を超えている」

 百戦錬磨の警部は降参してみせたが、ブルーもまた肩をすくめて苦笑した。

「僕は魔法が使えるだけさ。捜査の事になると、てんで知らない事だらけ。今度何かあったら、また重犯罪課と協力する事になるかもね」

 立ち去ろうとするブルーに、デイモン警部は一言だけ訊ねた。

「君はいったい、何者なんだ」

 真顔の警部に、ブルーは笑って答えた。

「アドニス・ブルーウィンド。刑事だよ」

 少年は、風のようにその場を去っていった。

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