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壇上の駆け引き

 翌朝、夜中の雨が嘘のような晴天にイーストフォードの人々は安堵したが、地面はまだ濡れたままで、乾くまでは多少の時間を要すると思われた。それでも年に一度の祭りであり、屋台や催し物の準備は着々と進んでいた。

 そんな中、魔法犯罪特別捜査課の三人は、見物などしている余裕はなかった。もうすぐ広場に設置された壇上に、地元の豪農や商人、商工会の会長といったお歴々にくわえ、領主であるウエストウッド男爵ハワード・エイトケン卿がお出ましになる。その時を、アナベル・ディッキンソンは待ち構えているはずだ。目的はただひとつ、エイトケン卿の暗殺である。

 アーネット達は広場じゅうに目を光らせた。アナベルが変装している可能性も考えた。髪を黒く染めているかも知れないし、幽霊に仮装している町の人々に、仮装して紛れているかも知れない。

「仮装してる人達、透視魔法でチェックしたけど、ほとんど男か子供だよ。痩せた女の人なんていない」

 ブルーはアーネットのもとに駆けてくるなり、お手上げのポーズを取った。アーネットは顎に指を当てて思案する。そのときアーネットの視界に入ったのは、離れたところにある農家の高い小屋だった。

「ブルー、仮に射出魔法で弾丸を飛ばすとすると、そもそもこの広場にいる必要はない。木の上とか、建物の二階、あるいは屋根からも狙えるはずだな」

「理論的にはね。けど魔法だって万能じゃないよ。秒速一〇〇〇メートルで飛ぶ物体を、正確に標的に当てるには、それなりに高度な能力が必要になる」

「だが、マクレナン大佐の件でそれは証明済みなんじゃないのか?額を正確に撃ち抜いていたんだぞ、犯人は」

 うーん、とブルーが唸っているところへ、ナタリーが駆け寄ってきた。

「もう、アナベルを探してる時間はないわよ。とうとうおいでになったわ」

 その報告に、アーネットとブルーは唇を噛んで身構えた。通りの向こうから、黒塗りの仰々しい馬車が悠然と進んでくる。町の人々は拍手で出迎えた。ハワード・エイトケン卿だ。

「来たか」

「どうすんのさ、アーネット」

 この土壇場になると、さすがに場数でアーネットに劣るブルーは作戦を立てる余裕がなくなってしまう。アーネットは険しい表情で、ブルーとナタリーに言った。

「やむを得ない。最終手段を取る」



 壇の奥に並べられた椅子には続々と、地元の名士たちが着席していった。そしていよいよその幅のある身体を揺すって、カイゼル髭の男爵、ハワード・エイトケン卿がゆっくりと階段を上り、最後の椅子に腰を下ろす。壇の下からは拍手が起こり、男爵は上機嫌で手を振って応えた。

 そのとき、どこからとなく一匹の猫が走ってきて演壇に上り、登壇者や客席の笑いを誘った。猫の飼い主らしき金髪の少年が慌てて駆け寄り、木の棒を振るって降りてくるよう猫に言った。

「こら、チャーリー!降りてこい!」

 少年は棒で演壇をバシバシ叩く。猫は飛び降りると、少年を無視して左横に走って行った。少年は慌てて猫を追い、その場を走り去る。入れ替わりに、派手なシルクハットを被った司会の男性が、陽気な足取りで壇に上がってきた。

「えー、前座のチャーリー、ご苦労様。あとでエサをあげるから、運営事務所まで」

 左奥に向かって司会が声をかけると、客席からは大きな笑いが返ってきた。

「お集りの皆様方、ようこそおいで下さいました。今日は春からここまで、農家の皆さんが汗を流された成果に感謝し、豊穣を祝う日であります」

 盛大な拍手が起こる。司会は大袈裟な手ぶりでお辞儀をした。

「さて、夜中の雨が心配されましたが、幸いにもこのように晴天に恵まれました。本日はこの壇上で、演奏会や演劇、仮装コンテストそのほか、様々な催しが予定されております、お楽しみに!」

 司会が煽るたびに会場は盛り上がる。司会は拍手が収まるのを待って、壇上後方を示した。

「それではまず、商工会議所長の、クリフォード・ドネロン氏より開会のご挨拶をどうぞ!」

 右に下がった司会に代わり、太って髪の毛が後退したピエロ、といった風情のドネロン氏が、あまりこうした場には慣れていなさそうな足取りで中央の演壇に立った。

「えー、ただいまご紹介にあずかりました…」


 進行してゆく開会の挨拶など全く耳に入らず、魔法捜査課の三人は、魔法の杖による魔法電話を通話状態にして、広場に散っていた。

「怪しい動きの人物は?」

 ナタリーが訊ねる。アーネットもブルーも、杖を耳にあてがったまま首を横に振った。

「こっちにはいないな」

「僕の方もだよ」

 会場の盛り上がりと真逆に、三人に緊張が走る。いつ殺人が起きるかわからない。アーネットは、低いトーンで二人に指示した。

「全員、覚悟を決めろ。絶対に見逃すなよ。ブルー、準備はいいな」

「こっちは任せて。二人とも頼んだよ」

「OK」「OK」

 三人の息と心が揃う。これから何が起こるのか、それとも杞憂で終わるのか。壇上では、リンドンに本社を置く食品輸出入企業の専務が、代表取締役から預かって来たメッセージを読み終えるところだった。後方の案山子たちが、無言で広場を見守っていた。


 そしていよいよ、魔法捜査課の三人にとって最大の緊張の瞬間が訪れた。その幅のある体躯では座りが悪そうな椅子を立ち上がり、演壇に向かうカイゼル髭の男。ウエストウッド男爵、ハワード・エイトケン卿だった。歩くたびに急ごしらえの壇が軋む。エイトケン卿の横幅のある体躯のせいもあって、頼りない床で身体が揺らぎ、演壇が振動で左にずれたようにも見え、この後の演奏会でコントラバスが床を突き破るのではないか、と不安になる者もいた。

「まず、勤勉な我がイーストフォードの農家諸君らに、ねぎらいと感謝の意を述べたい。まだ寒い春から、この収穫の秋まで、ご苦労であった」

 まるで三〇〇年ばかり前の領主がそのまま現れたような尊大な態度に、聴衆は心で失笑し、表には出さなかった。

「我が領地の安寧も、諸君らの勤奮のたまものである。今日は一年の労苦を忘れ、存分に食べ、飲み、楽しんでもらいたい」


 そこから、恒例のエイトケン卿の長い自分語りが始まるのを、聴衆の多くが予想してうんざりし始めた時、それは起きた。何が起きたのか、誰にもわからなかった。

 まるで、巨大なガラスが割れるような音が鳴り響いて、エイトケン卿がスピーチをする演壇の前面に、虹色に光るベールのようなものが出現した。そして、ベールのエイトケン卿の額のあたりを中心として、放射状に亀裂が入っているのが見えた。 

「なんだ!?」

「何、あれ!?」

 聴衆がにわかに騒ぎ出した。さらにそこへ、二発、三発と、何かが撃ち込まれ、そのたびにベールには亀裂が入る。それが銃弾だとわかった時、広場に絶叫が響き渡った。

「なっ、何事だ!?」

「卿、お下がりください!」

 衛兵が、即座にエイトケン卿を演壇の陰に隠れさせる。エイトケン卿は、目の前に現れた、魔法のように光るベールに驚がくしていた。一方、広場では聴衆がいっせいに逃げ出し始めている。

 その中で、まるでこの事態を予期していたかのように振る舞う三人がいた。

「ブルー!」

 アーネット・レッドフィールド巡査部長が叫ぶと、アドニス・ブルーウィンド特別捜査官は、不思議な呪文を詠唱したのち空中に向かって杖を振るった。逃げ惑う人々の周囲に突然、虹色に淡く光る霧のようなものが現れる。そして、その霧の中に、ベールに走った亀裂に向かって走る三つの筋が見えた。

 これは、ブルーが独自に編み出した『気流探知魔法』と呼ばれる魔法で、最大で五分程度前まで遡り、その空間の気流の動きを視覚化できるのだ。三つの筋は、空気を裂いて何らかの物体が、演壇めがけて飛んだ事を示していた。

「見えたよ!あの筋が弾道だ!」

 ブルーが叫ぶ。アーネットとナタリーは、その筋の向こうにあるものを追い、そして絶句した。それは、広場の後方に立てられた何体もの案山子の中の、帽子をかぶったドクロだった。

「まっ、まさか!?」

 アーネットとナタリーは群衆をかわし、ドクロに向かって走る。そのときブルーが叫んだ。

「危ない!」

 ほんの一瞬だった。アーネットとナタリーは、瞬間的に魔法の杖を振るい、自らの前面に目に見えない障壁を展開した。次の瞬間、その障壁が何かを弾き、亀裂が走った。

「そういうことか!」

 弾丸は、ドクロの案山子から発射されていた。アーネットがすかさず、案山子に向かって拳銃を抜き放つ。発射された弾丸は、正確に案山子の心臓部を狙うかに見えた。だが胸を貫く寸前、弾丸はまるで雷のように光って弾け、ドクロの全身に電撃を浴びせた。これはアーネットによる魔法で、金属を一瞬で電流に変換してしまうのだ。

「うあああっ!」

 突然、女の悲鳴が響いた。アーネットが放った魔法の弾丸は、電流のネットとなって案山子の黒いローブを締め上げる。するとその衝撃で、ローブのフードとドクロの覆いが剥がされ、中から金髪の痩せた女が現れた。身体を支えていた木の細い柱は根元が衝撃で折れ、女は案山子が載っていた台から、地面に向かって落ちようとしていた。

 その瞬間、ナタリーの放った魔法が浮力を与え、女の身体は水素が抜けかけたゴム風船のように降りてきた。ナタリーは咄嗟にその身体を受け止め、案山子の衣装をほどく。その下からは、おそらく夜中の雨でずぶ濡れの、冷え切った身体が現れた。

「アーネット、毛布を!早く!身体が冷えきってる!」

 ナタリーは状況を即座に把握すると、自らの上着を丸めて枕にし、女性――アナベル・ディッキンソンの身体を芝生に横たえた。そう、アナベルはこの狙撃のために、おそらく前夜から案山子に扮装して、ずっとこの広場に他の案山子と一緒に立っていたのだ。雨が降って身体が冷え切ってなお、虎視眈々とハワード・エイトケンが登壇する時を待っていたのに違いなかった。それはどれほどの精神力のなせる業なのか、ナタリーは戦慄した。

 魔法の杖を振るい、アナベルの体温を奪っている雨水を除去する。乾いた身体は、恐ろしいほどに痩せ細っていた。頬はまるで、栄養失調になりかけているようにさえ見える。

「いったい、どういう事なの…」


 ブルーは犯人とおぼしき女をナタリーとアーネットに任せ、壇上の出来事に集中していた。壇のすぐ下には、エイトケン卿を狙って発射されたと思われる弾丸が数発、ブルーが張った魔法の障壁で勢いを殺されて落ちていた。

 だが、ブルーの視線は弾丸ではなく、演壇およびエイトケン卿に向けられていた。ブルーは、まだ持続している障壁の弾丸による亀裂と、演壇の位置が一メートルほどずれている事に気がついた。確かにさっき、障壁の亀裂は、演壇でスピーチをするエイトケン卿の眼前に出来たはずだ。だが、演壇とエイトケン卿は今、客席側からみて明らかに左側に一メートルほどずれた位置にいる。エイトケン卿が慌てて移動したのならわかるが、エイトケン卿は衛兵によって、演壇の陰に身を潜めたのだ。

「どういう事だ」

 一瞬で、演壇とエイトケン卿が左側に一緒にずれたのか。いくら頼りない安っぽい壇でも、物体が滑ってずれるような傾きはない。演壇の後ろでは、エイトケン卿が衛兵をふり切って立ち上がった。

「ええい、もういい!私は平気だ!」

「しかし、エイトケン卿!」

「たかが銃弾の数発、何を恐れるものか!かつて戦場では、弾丸が飛び交う中をくぐり抜けたのだ!」

 気炎を上げながらも、エイトケン卿の視線はやはり、魔法の障壁に向けられていた。

「いったい、誰が…」

 そこへ、壇の階段を上ってくる影があった。それは、まるで刑事のようなスーツをまとった、金髪の少年だった。

「ふうん、この障壁が魔法によるものなのは理解してるわけだ、おじさんは」

 右手に魔法の杖を構えたその少年は、アドニス・ブルーウィンドだった。ブルーは、何ら恐れる様子も見せず、エイトケン卿に近づく。そのとき、エイトケン卿はすぐに気付いた。スピーチの前に演壇に上がった猫を追いかけていたのは、この少年だったことを。

「お前はさっきの!」

「そう。あの猫は、僕が魔法でみんなに見せた幻覚さ」

 そう言うとブルーは、杖を振るって演壇の上に猫を出現させてみせた。エイトケン卿のみならず、壇上に残っていた全員が驚きを隠せない。ブルーは構わず続けた。

「猫を追い払うフリをして、僕がこの壇の前面に、魔法の障壁を張ったんだ。どこに潜んでいるかわからない殺人犯の銃弾から、おじさんを護るためにね」

 ブルーが杖を振るうと、演壇の猫は消えてしまった。観客もいなくなった広場に風が吹き、沈黙が訪れた。

「そういう事か、よくわかったよ。おじさんは、僕の魔法の障壁がなくても、撃たれる心配はなかったんだ。そうでしょ?」

「なっ、何を言っている?」

 エイトケン卿の目に、焦りの色が浮かぶのをブルーは見逃さなかった。

「見てよ。障壁のヒビの位置と、演壇の位置がこんなにずれている。けれど、さっき誰もが、おじさんの眼前に弾丸が撃ち込まれるように見えたはずだ」

 ブルーがあえてそう表現した事に、エイトケン卿は明らかな動揺を見せた。その意味がわからず、まるで少年の話術にはめられたように、衛兵や他の登壇者、そしていつの間にかブルーの周囲に現れた、おそらく保安局員と思われる男たちが聞き入っていた。

「答えは簡単。おじさんは魔法を使って僕たちに、演壇とおじさんが、本来の位置よりも右側に一メートルずれた位置に立っていると、『思い込ませて』いたからだ。違う?」

 ブルーの指摘に、エイトケン卿が青ざめて後ずさるのを全員が見た。

「おっ、お前はいったい何者だ!?」

「アドニス・ブルーウィンド。刑事だよ」

 もう隠しても仕方ないので、ブルーは警察手帳を掲示してみせた。

「メイズラント警視庁、魔法犯罪特別捜査課。悪いけど、ちょっと事情を聞かせてもらえるかな」

「事情だと!?」

 エイトケン卿は、明らかに憤りの表情を浮かべて一歩踏み出した。

「きさま、一介の刑事ふぜいが誰に向かって口を聞いている!この私が誰だか知らんのか!貴族には不可侵権があるのだぞ!」

「知らないよ、そんな目に見えない法律。僕が知ってるのは、あなたがこの壇上で今、何をやったかだ」

 ブルーがエイトケン卿に向けて杖を振るうと、卿の内ポケットから一本の太い万年筆が飛び出て、ブルーの手元に飛んできた。エイトケン卿は慌ててブルーに詰め寄る。

「何をする、返せ!」

「返してあげるさ。ただし警察で調べて、ただの万年筆だとわかったらね!」

 ブルーは屈むと万年筆のキャップを外し、壇の板面に素早く自分の名前を記した。すると次の瞬間、壇上にいた全員が、声を上げて驚いた。壇の床や梁が悲鳴を上げて砕け始めたのだ。

「わああ!」

「うわーっ!」

 人々は一斉にバランスを崩して転んでしまう。だが、その中で平然としている者が二人いた。ブルーと、エイトケン卿である。ブルーはニヤリと笑うと、板面に記した名前を靴底で擦って消した。すると次の瞬間、またしても驚くべきことが起きた。砕け、割れたと思っていた壇は、いつの間にか元通りになっていたのだ。人々は情けない姿で尻もちをついていた。ブルーは改めて納得し、万年筆のキャップを締めた。

「なるほどね。これは『偏向魔法』だ」

「偏向魔法?」

 いつの間にか近くにいた保安局員がブルーに訊ねた。

「そう。簡単に言うと、人間の心理を操って、何かを思い込ませる魔法さ。今僕はこれを用いて、みんなに『壇が壊れた』と思い込ませた。だけど実際はこのとおり、板ひとつ割れちゃいない」

「つまり、どういう事だ?」

「わかんない?さっきエイトケン卿もこの魔法を使って、演壇が一メートルずれた位置にある、と僕らに思い込ませていたんだよ。この広場にいた全ての人たち、そう、エイトケン卿を狙った犯人も含めてね」

 その言葉で、人々はなんとなくさっき感じた違和感を理解したようだった。エイトケン卿の姿がほんの一瞬、ぶれたように見えた瞬間があったのだ。それが、ブルーが言うところの魔法が発動した瞬間だったのだろう。ブルーは後ろを振り向いて、保安局員と思われるスーツの男に万年筆を預けた。

「エイトケン卿は自分が狙われるのを知っていて、あらかじめこの万年筆で防衛策を講じていたんだ。けれど犯人が弾丸を命中させたと思っていた卿は、実際にはもっと左側にいた。仮に僕が張った障壁がなくても、弾丸は空中を素通りしていたってことさ」

 そこで、いよいよエイトケン卿は激昂してブルーの腕を掴んだ。

「きさま、いい加減な出任せを!私がそんな魔法を使ったと、なぜ証明できる!そもそも魔法などというものが、存在するわけがない!何が魔法犯罪特別捜査課だ!いいか、警視庁を訴えてやるからな、覚悟しろよ!」

「今の僕の説明で、ここにいる人達はほとんど納得してるみたいだけど」

「うるさい!問題は、あそこにいる私を撃った犯人だろう!」

 エイトケン卿は、ナタリーとアーネットに介抱されているアナベル・ディッキンソンを指さした。アナベルはぐったりとしており、すぐに病院に運ばなくてはならない事は遠目にもわかる。

「あの女も貴様も、死刑にしてやる!貴族に逆らった罪でな!」

「死刑ねえ。まあそれは勝手だけど、おじさん、ひとつ訊いていいかな」

 ブルーは、空いている手でエイトケン卿の胸元を指して言った。

「拳銃も何も持ってない、案山子に隠れてた女の人が、どうやって拳銃の弾を発射できるの?」

 そのシンプルな問いは、エイトケン卿のみならず、壇上の人々を黙らせるに十分な効力を持っていた。そう、卿は自身が魔法の存在を知っている事を、白状してしまったのだ。畳みかけるようにブルーは、離れているアーネットに大声で訊ねた。

「アーネット、そのひと拳銃は持ってる?」

「そんなものは所持していない!ただし、上着の胸ポケットに数発の、分解した九ミリ弾頭を所持している!」

「女の人の容態は?」

「今すぐ病院に運ばなければ危険だ!極度の体温低下と、栄養失調症に似た症状が認められる!」

 アーネットの言葉に、壇上にいた商工会議所長が立ち上がった。

「ジェイコブ先生の所に連れて行こう!ひとまず、リンドン市内の病院に送るまでの処置なら頼める!」

 壇を駆け下りると商工会議所長は、近くにいた職員に馬車を手配させた。ブルーは握った杖を睨む。

「看護系の魔法は苦手なんだよな」

 そこへ、事態を遠巻きに見ていた地元の女性たちが一斉に駆け寄ってきた。

「話はわからないけど、とにかくその子を助けなきゃいけないんだろ!」

「ほら、屋台で沸かしてたお湯がある!使っておくれ!」

「あたし達に任せておきな!」

 とたんに、アーネットとナタリーは脇に追いやられ、地元の頼もしいおばちゃん達によって、エイトケン卿を殺害しようとした現行犯の介抱が行われた。そもそも彼女たちはアナベルが魔法で狙撃した事など知りようもなかったのだ。ブルーは安心し、逃げようとしているエイトケン卿に改めて睨みをきかせた。アーネットもそれを見て立ち上がる。

「ナタリー、アナベルについていてくれ。俺はエイトケン卿の方に行く。ブルーをフォローしないと、何をやらかすかわからん」

「もう遅いと思うけど」

「わかってる」

 ブルーの性格上、もう捜査の内容も何もかもストレートにぶちまけるつもりだろう、とアーネットは諦めていた。エイトケン卿から魔法の万年筆をふんだくって、わざわざ大勢の前で実演していたのも見えた。もうやりたい放題である。先の事は考えない事にしよう、とアーネットは心で呟いた。

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