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保安局の二人組

 メイズラント警視庁に戻った魔法犯罪特別捜査課の三人は、車を返却して地下のオフィスに戻る際、重犯罪課の巨漢、バルテリ刑事と出くわした。何の気なしにアーネットが挨拶すると、バルテリはいきなりアーネットの鳩尾に指を差して詰め寄った。

「なんだ、なんだ。お前に借金してる覚えはないぞ」

「冗談を言ってる場合じゃない」

 その声色に、アーネットは何となく、大体の事情を察してしまった。

「保安局か?」

「なっ、なんでわかる?」

 バルテリは狼狽えた。どうやら的中したらしく、その強面で周囲の気配を確認しながら声を潜める。

「お前達魔法捜査課が、勝手に動いているのに勘付き始めたらしい。俺達も同じだ。さっき保安局の局員が、捜査情報の確認とか言って重犯罪課に来やがったが、あれは監視だ」

 国家の犬だ、とバルテリは吐き捨てた。アーネットは笑う。

「まあ、そう言うな。あいつらはあいつらで、真面目に仕事してるんだ」

「物わかりのいい事で。だがな、レッドフィールド。お前達の所にも、何かしら理由をつけて監視に来るぞ、おそらくな」

 気をつけろよ、と言い残し、バルテリは庁舎の二階に上って行った。残された魔法捜査課の三人は、いくらか予想はできた事態ではあったものの、やはり釈然としない。だが、アーネットは多少焦りの色は浮かべつつも、まだ諦めてはいなかった。

「部署の周りをうろつくだけで、俺たちを拘束できると思ったら大間違いだ。勝手にやらせてもらうとしようぜ」

 

 オフィスに戻ったアーネット達は、ドアの前に意外な人物がふたり立っているのに気がついた。なんだか明るいトーンの私服で一瞬誰かわからなかったが、それは本日非番のはずの、重犯罪課のカッター刑事とジャック刑事だった。

「よう」

「お勤めご苦労様です!」

 私服でもブレない直立敬礼のジャックに、他の四人はもう敬服する以外なかった。ブルーは怪訝そうに大人ふたりの顔を見る。

「どうしたの?せっかく休みなのにさ」

「だから遊びに来たんだよ。なんだ、しけた面してるな」

 ほとんど裏通りをうろつくチンピラだ。およそ刑事には見えない、とブルーは白い眼を向けた。


 五人で紅茶を飲みながら、だいぶ不法なルートで入手してきた、例の探偵がアナベル・ディッキンソンに送っていた調査レポートを囲んでいた。その内容がこれまでの推測をことごとく裏付けてくれる事にジャックは興奮していたが、カッターは名前も知らないその探偵が、たった一人で警察と互角の調査を展開していた事に驚がくを覚えていた。

「このレポートを送っていた探偵は、組織の後ろ盾がなかったせいで殺されたんだ」

 カッターは沈痛な面持ちで、もうこの世にいない、浮浪者に変装した姿で最後に会話をした人物の筆跡を見た。きっちりとした、繊細だが力強い文字だ。

「この男は、アナベルの復讐を手助けしていたわけか」

 複雑な表情でカッターは呟いた。アナベルがマクレナン大佐を殺害したあとも調査を続けていたということは、明らかに犯罪教唆の容疑者である。だが、容疑者はもうこの世にいない。推測が正しければ、不法な商品の流通を隠ぺいする組織によって、殺されたのだ。

「俺たちは警察官だ。犯罪者の仇を取るわけにはいかない。俺たちは、本当のことを暴いて、白日のもとに晒すだけだ」

「そうだな。俺たちにできる事はそれだけだ。そのあとの評価は、社会が下すんだ」

 アーネットの眼光に、かすかに重犯罪課時代の光が蘇った。状況がどれほど複雑だろうと、刑事のやる事は三つだけ。市民を守ること、犯罪者を捕らえること、真実を暴くこと。

「ですが、肝心のアナベルの行方はわからなくなったんですよね。どうするんですか」

 ジャックが相変わらずのマイペースさで、現実を淡々と指摘した。事実上の容疑者の行方がわからない。といって、闇雲に探し回ったところで簡単に見つかるとは思えない。まして、いま魔法捜査課と重犯罪課は保安局に監視された状態である。だが、そこでブルーが閃いた。

「ねえ、アナベルを探すんじゃなく、エイトケン卿の居場所を確認すれば済む話なんじゃないの?もしアナベルがそのおっさんを狙うとしたら、先におっさんを保護すればいいじゃん」

「あっ」

 その、まるで馬鹿みたいなシンプルな考えに至らなかったことに、ベテラン刑事ふたりは意表を突かれてしまう。アーネットは頭をかいた。

「やれやれ、名刑事が聞いて呆れるな。ブルーの言うとおりだ」

「だが、それはそれで難題だぞ。今は国会が開かれているわけでもない。上院議員であるエイトケン卿がどこにいるのか、わかるのか」

 カッターの疑問に即答したのは、優雅に紅茶を傾けていたナタリーだった。

「わかるかもね」

「なに?」

「私の情報ルートなら、お貴族さまの生活も丸わかりってこと。どこの伯爵がどこのオペラ女優と何曜日の夜に密会してる、とかね」

 何だその出任せは、と思いかけた四人は、ナタリーがそもそもエイトケン卿の名前を特定してきた本人である事実を思い出して戦慄した。情報を握るというのは、何よりも恐ろしい事である。ナタリーは悪魔的な笑みを浮かべたが、カッターは口をはさんだ。

「だが、この状況でどうやって外に出る?魔法捜査課は監視されているんだろう?」

「そこはブルーが何とかしてくれる」

「なに?」

 いきおい、ブルーに視線が集中する。ブルーはしどろもどろになって抗議した。

「何を期待してるのさ」

「あんたは魔法のエキスパートでしょ」

「丸投げしないでよ!」

 すると、アーネットがポンと手を叩いた。

「わかった」

「何が」

 訝るブルーだったが、アーネットはカッターとジャックの肩を叩いて、にんまりと笑った。

「どのみち非番なんだろ」



 メイズラント警視庁、通称メイズラントヤードの旧庁舎地下室の入り口は、旧庁舎の階段部分だけが地面から頭を出しており、新庁舎からは八〇メートル近く離れているため、その地下に警察の部署がある、と考える人間は少ない。

「まるで馬車の駅の待合室だ」

 上に命じられて魔法犯罪特別捜査課の動向をチェックするよう言われた、保安局の局員マッキーは苦笑した。

「雨が入って水没したりしないのか」

「大丈夫なんじゃないのか。水没しても、あいつらは魔法が使えるんだろう」

 もう一人の局員、ダンズがタバコを手に笑う。だが、離れた位置から張り込んでいても、一向に魔法捜査課の人間は地下から出て来る気配がない。

 そう思っていると、階段を上ってくる三つの影が現れた。二人は木や生け垣の影に下がる。だが、現れたのはバケツやモップを手にした老人ふたりと、背の低い中年の女性だった。

「清掃員か」

「あんなみすぼらしい穴ぐらにも、清掃が入るんだな」

 二人は笑う。さんざんな言われようではあるが、一応清掃は入るし、ゴミも収集されるようにはなっているのだった。清掃員達は、そのまま警視庁の敷地を出て行った。

 だがその後で、マッキーにある不安が浮かんだ。

「さっきの清掃員、まさか魔法捜査課の奴らじゃないよな」

「どう見ても年寄りだったが」

「何かこう、姿を変える魔法とか、あるんじゃないのか!?」

 二人は慌てて、地下室のオフィスに駆け込んだ。「13」と、謎のナンバーが振られたドアを叩く。

「保安局だ!」

 返事も待たず、ダンズはドアを開けて踏み込んだ。だがそこでは資料にあった、魔法捜査課の三人がデスクに座っていた。右のデスクの女性は、少し慌てた様子で組んでいた足と腕を解き、座り直した。

「何だ、重犯罪課でももう少しマナーは守ってるぞ」

 右奥の斜めになったデスクの、ブラウンヘアーの長身の刑事が立ちあがる。左のデスクの金髪の少年は、黙々と小説を読んでいた。

「保安局がいったい何の用だ。クーデターの計画なら昨日まで練っていたが、予算が捻出できずに諦めたところだ、安心してくれ」

 アーネット・レッドフィールド巡査部長は権威や階級が通用せず、ひどい皮肉屋だというデータどおりの反応に、保安局員の心象はあまり良くはなかった。マッキーは誤魔化す事もせず、腰に手を当てて凄んだ。

「お前達が勝手に動くんじゃないか、とな」

「動く?何の話だ。このとおり、暇を持て余してる」

 清掃員の方が忙しそうだ、とアーネットは嘆いた。マッキーは、ふん、とオフィスを一瞥して警告した。

「そのまま暇を持て余していろ。来月も給料をもらいたければな」

 一人ひとりに指を差し、マッキーとダンズは睨みをきかせながら、魔法捜査課オフィスを退出した。その間、少年は微動だにせず、小説を読み続けていた。


「ふーっ」

 ブラウンヘアーの刑事は、心臓を押さえてへたり込んだ。

「ジャック、お前もう少し女の仕草を真似ろよ。ナタリーは態度こそふてぶてしいが、仕草は一応女だ」

 ジャック、と呼ばれた亜麻色の髪の女刑事は、不服そうにブラウンヘアーの刑事を睨む。

「カッター巡査部長はいいですよ、背格好もレッドフィールド巡査部長と大して変わらないし、フリをするのも楽なものでしょう」

「まあ、俺達より問題なのはこいつだがな」

 ブラウンヘアーの、要するにブルーの魔法でアーネットに化けたカッターは、小説を読みふけるブルーの頭に手を突き出した。手は、霧を貫くようにブルーの姿にめり込んでしまう。

「あいつの幻覚魔法とやらも大したものだがな。もうちょっと動くとか、話すとか出来ないのか」

 そう、このブルーは、ブルー本人によって仕掛けられた幻覚魔法である。保安局の目をごまかすために、カッターとジャックはアーネットとナタリーに化け、ブルーは幻覚魔法で幻の姿を座らせておいたのだ。当の魔法捜査課の三人は、老人の清掃員に魔法で化けて脱出したのだった。

「俺たちゃ目眩まし要員か」

「でもほら、お菓子食べてもいいって言ってましたよ」

 ナタリーの姿をしたジャックが嬉々として、ナタリーとブルーが大量に常備している、クッキーだのスコーンだのをかじっていた。カッターは眉間にシワをよせて、山積みの菓子を睨む。

「あいつらの給料も、俺達と同じ予算から出てるのか」

「それはそうでしょう」

 ここは有閑貴族の隠れ家か、とカッターはぼやきながらも、ひとつ息を吐いて仕方なさそうに呟いた。

「まあ、俺達に代わってあいつらが動いてくれてるんだからな。頼んだぜ、レッド」



 清掃員に化けたアーネットとブルーは、やはり清掃員の姿で合同庁舎に向かったナタリーが戻って来るのを、休憩している風を装って待っていた。

「この変身魔法は何時間保つんだ」

 アーネットが訊ねると、ブルーは何やら指折りして計算を始めた。

「そこまで保たないよ。あと二〇分くらいかな」

「カッター達もか」

「もちろん」

「解けたあとで保安局の奴らが巡回に来たらどうする」

 危惧するアーネットに、ブルーはいくらか不安そうな顔は見せつつも、肩をすくめて答えた。

「何とかなるんじゃない?」

 無責任のお手本のような返答にアーネットが溜め息で応えたところで、清掃員の変装はさっさと解いたナタリーが、堂々と歩いてきた。

「情報局から少しばかり資料を失敬してきたわ。今の時期、お貴族様は領地経営に励んでいらっしゃるから、エイトケン男爵も領地におられるそうよ」

「聞かれたら逮捕されるような話をよく通る声で言うんじゃない」

 馬鹿らしくなったのか、アーネットもブルーもさっさと変身魔法を解いてしまう。普通の人間であれば、他者にかけられた変身魔法は自分の意志では解けないが、魔法の知識があれば解く事は容易だった。

「そういえばそうだな。エイトケン卿の領地ってどこだ?」

「とりあえず、馬車を拾いましょう。話は車中で」

 そう語るナタリーの手には、一冊の黒いバインダーが握られていた。

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