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パブ「白鯨」

 警察病院では、運び込まれたばかりの殺人現行犯ホセ・カラバジョの病室に、病院に連れていけと命じた当人である、重犯罪課の刑事ふたりが乗り込む一幕が見られた。

「困ります!これから診察なんですよ!」

 若い看護婦の金切り声が響く。カッターは振り向いて指差ししながら言った。

「このリンドンから麻薬中毒患者を一人でも減らしたいなら、五分でいいから廊下で待っててくれ」

 そう言うと、カッターはカラバジョがベッドに拘束されている病室に乗り込んだ。


 ベッドには、革製のバンドで押さえつけられて、観念したように天井を仰ぐカラバジョがいた。鎮静剤を打たれたらしく、ぐったりとなっている。

「訊き忘れたことがある」

 カッターの顔を見ても、カラバジョは激昂しなかった。カッターは見下ろしたまま訊ねた。

「クスリが値上げされた、と言ったな。それは、いつ頃からのことだ」

 その問いに、カラバジョは無言だった。カッターは言った。

「よく聞けよ。まあ期待はできないが、お前の情報に公益性があるなら、協力的態度が見られた、と取調べの内容に書き加えられる事になる。死刑が無期懲役になるかどうか、という所だがな」

 その言葉に、わずかにカラバジョの目が開いた。三人を殺害しておきながら、助かろうという浅ましさに傍らのジャックは嫌悪をおぼえたが、カッターは構わず続けた。

「答えろ。いつからだ。相場の細かい変動じゃないぞ。麻薬の流通価格が目に見えて跳ね上がったのは、いつからだ」

 その質問は、麻薬や密輸などを専門とする、捜査三課の領域を侵すものだったが、この際管轄なんてどうでもいい、とカッターは開き直った。

「…だ」

 カラバジョの唇が動いたものの、衰弱しておりその声は弱々しい。カッターが近付いて聞くと、カラバジョの掠れる声が聞き取れた。

「五ヶ月前からだ」



 そのころ、重犯罪課に奇妙な報告が上がっていた。テレーズ川沿い、市役所などがある区画に近い公園で、ひとりのフロックコートの男が死亡していたというのだ。

 男の傍らにはアルコール度数の高い蒸留酒の瓶が落ちており、死の直前に酒を大量に飲んでいた様子がある事から、急性アルコール中毒ではないかと現場で判断された。ところが、現場を確認した重犯罪課の刑事が、オフィスに戻ったカッターに気になる報告をした。

「カッターさん、海軍本部近くで会った浮浪者が、なにか四角いものが入った汚いリュックを持ってた、って言ってましたよね」

「よく覚えてたな、そんな細かい話。ああ、確かに持ってた」

「その、フロックコートの男が、同じものを持ってたんです」

「なに?」

 カッターの目が光った。

「中は見たのか」

「はい」

「何が入ってた」

「留め金式の蓋がついた、革張りの箱です。おそらくは、最新式の小型フィルムカメラのケースだと思われます」

 その報告に、カッターは座ったばかりのデスクを立ち上がった。

「そいつの遺体はどうした」

「えっ?あっはい、とりあえず近くのリンドン記念病院に搬送されましたが」

 カッターは、紅茶を淹れて寛いでいるジャックに叫んだ。

「ジャック、行くぞ!」

 叫ばれて紅茶を吹き出したジャックは、即座にデスクを拭きながら、恨みがましくカッターを見た。

「なんです」

「リンドン記念病院だ!」

 ジャケットを羽織ると、今度は居眠りしているバルテリの耳をつまんで怒鳴った。

「起きろ、でかぶつ!」

「うおっ!なっ、なんだ!」

「寝てるんじゃねえよ!」

 バルテリが目覚めるのも待たず、カッターは鼻先に人差し指を突きつけた。

「デイモン警部に伝えておけ。五ヶ月ほど前から、裏社会で麻薬の価格が高騰し始めている、とな」

「…何?」

 その報告に、寝ぼけていたバルテリの目がかすかに光った。カッターは、オフィスの全員に聞こえるように言った。

「そうだ。時期が一致するんだ」

「おい、まさか…」

 訝るバルテリに、カッターは答えた。

「例の、艦隊の遭遇戦。あの事件の直後に、麻薬の価格高騰が始まっているんだ」



 魔法犯罪特別捜査課の地下オフィスでは、アーネットとブルーが買い込んできたジャガイモと魚のフライをつまみながら、ひとりは酒屋の棚卸しセールで何を買うべきか思案し、ひとりは出たばかりの探偵小説「ハーロック・ジョーンズ」シリーズ最新刊を半分くらい読み進めていた。

「なあブルー。八二年もので一モンドのワインと、八七年もので一六デニンスのウイスキーだと、どっちが得だと思う?」

「酒飲みが、そうでない人間に価値判断を仰ぐのが間違ってると思うけど」

「なるほど」

 ものすごく頭の悪い会話が交わされたところで、ナタリーがいい匂いのするパン屋の紙袋を提げて戻って来た。

「ただいまー」

「おかえり」

 およそ警察のいち部署とは思えないような空気ではあるが、これが魔法捜査課の日常である。ナタリーはデスクにつくと、砂糖がけのパンにかじりついた。

「なんか収穫ありか」

「ひとつはね。もうひとつはアーネット、あなたに確認をお願いするわ」

「なんだ、そりゃあ」

 ナタリーのなんだかお洒落で美味しそうなパンを見ながら、アーネットは訊ねた。ナタリーはポケットから、しわくちゃの紙片を取り出して読み上げる。

「パブ『白鯨』」

「なに?」

「このパブのマスターから、怪しげな品物の取引について何か知らないか、訊いておいて」

 アーネットはその名前に覚えがあり、店の場所の記憶を辿ると、目をむいて憤慨した。

「港街のパブだぞ!遠すぎるだろ」

「直帰ってことにしといてあげるわよ。どうせヒマなんだし」

 身も蓋もないセリフのお手本のようだ、とブルーは賞賛した。どうせヒマ。アーネットは「まあいいか」と納得し、それならついでに酒屋にも寄って行こうと言い出した。公務中に酒屋とパブに堂々と行って給料がもらえるなら文句はない、との事である。ブルーは聞かなかったことにした。

「それで、もうひとつの情報は?」

 すると、ナタリーはふたりを手招きした。パンはしっかり紙袋に隠しながら、声を潜める。

「例の、カッター刑事が持ち込んだ人相描き。ある所で、該当しそうな人物を洗ってきた」

「誰だ」

 アーネットとブルーが耳をそばだてると、ナタリーは口ではなく、ペンでパン屋の袋の端に、その人物の名前を記す。二人は息をのんだ。

「うそだろ」

「言っておくけど、この人物が事件に関係しているかはわからない。ただ、経歴を確認した限り、この人物が海軍本部に出入りする理由もわからない」

 ナタリーは名前を書いた部分を裂くと、細切れにしてゴミ箱に捨てた。誰も来ないオフィスではあるが、扱いは厄介な人物だ。アーネットはそれを聞くと、すぐにジャケットを羽織って退勤の仕度を整えた。

「ブルー、ナタリーを送ってやってくれ」

「お酒買いに行くの?」

「聞き込みに行くんだよ!じゃ、後は頼む。なんかあったら電話入れてくれ」

 そう言いながら、酒屋の棚卸しセールのチラシをしっかりとポケットに入れると、アーネットはドアを開けて出て行った。ブルーはデスクに戻ると、小説にスピンを挟んで腕組みした。これはアーネットのクセが移ったものである。

「その人が本当に事件に関わってるとしたら、手出し出来ないんじゃない?」

 このへんの読みは、少年ブルーの鋭さだった。ナタリーは頷く。

「私の情報源でも、似たような事を言われたわ」

「例の、麻薬が高騰してたっていう話は?」

「その詳しい話が、アーネットが今向かってる港町のパブで聞けるかも知れない。あるいは、話してはくれない可能性もあるけれど」

「ちょっと待って。これってつまり、麻薬を…」

 そこまで言って、ナタリーは人差し指を立ててブルーを黙らせた。

「誰も来ない地下室でも、不用意な事は言わない習慣を身に着けたほうがいいわ」



 メイズラント警視庁の庁舎最上階、南にテレーズ川をのぞむ一室に、重犯罪課のデイモン警部は、苦々しい表情で立っていた。重厚な装飾のデスクをはさんで、手を組んで座った五〇代くらいの男性が、無表情にデスクの上にある書面に視線を落としている。

「納得がいきません」

 警部は、はっきりとそう言った。

「あんたはどうなんですか。これを納得できるんですか、オハラ警視監」

 そう呼ばれた人物は、一瞬デイモン警部の目を見た。その眼にたゆたっていたのは、諦観か正義感か、警部には窓からの逆光でわからなかった。

「わしは直接上に掛け合います。重犯罪課は能無しの集まりではない」

「待ちたまえ、マーティン警部」

 オハラ警視監は、低く穏やかだが、鋭さを底に秘めた声で言った。

「これは上の決定だ。覆すことはできん」

「それはひょっとして、ある品物がここ五カ月で高騰している、という情報と関連がありますかな?」

 それは鋭い質問だったらしく、警視監は眉間にしわを寄せて視線をはずした。警部は続ける。

「わしは、少しずつ部下たちが集めてくれている情報から、おぼろげながら事件の真相が見えてきました。そして今、上からそのような指示があったということは、逆にわしの確信を補強する結果になる」

「では、どうする気だね」

「むろん、捜査を続けます」

「そうなると、君を服務規程違反で会議にかけなくてはならない。私としては、仕事が増えることは御免被りたいな」

 いかにも勿体付けるように、オハラ警視監は立ち上がって窓の外を見た。すでに日は傾き始める気配を見せている。デイモン警部は、苦笑しながら答えた。

「あんたらしい言い方だ」

「警視監の私に、警部の立場でそんな口をきけるのも君ぐらいだがね」

「ふん」

 警部のため息が、広い執務室に響く。

「いいでしょう。上からの命令とあれば、やむを得ない」

 そう言うと、警部はデスクに背を向けた。ドアノブに手をかけると、わずかに振り向いて横目に警視監を見る。

「わしは命令に従います。それでいいですな」

「たしかに聞いた」

 それでは、と警部はドアを開け、敬礼もせず執務室を退出した。オハラ警視監は、誰もいなくなった執務室から、日がかげりゆく街を無言で見下ろしていた。



 重犯罪課オフィスにデイモン警部が戻ると、ちょうどカッターとジャックが聞き込みから帰ってきたところだった。カッターを中心にバルテリや他の刑事たちが、難しい顔で集まっていた。

「どうした。クーデターの計画でも練っているなら、わしも混ぜろ」

 笑えるのか笑えないのかわからないジョークを飛ばすと、警部はデスクについて足を組んだ。カッターとジャックは、警部の前に駆け寄った。

「警部、さっき連絡があった、倒れていた酔っ払いですが」

「ああ、話は聞いている。どうした」

「さっき、顔を確認してきました。目と鼻ですぐにわかりました。死んでいたフロックコートの男は、俺が海軍本部の近くで会った、例のカイゼル髭の人相を教えてくれた浮浪者と、同一人物です」

「なにい?」

「そうです。あの浮浪者は、フロックコートの男が変装していたんです」

 カッターの報告によると、酒に酔って倒れていたらしい男が所持していたリュックは、間違いなくあの浮浪者が所持していたものだったという。中にはウェスタン社のフィルムカメラのケースが入っていたが、そのケースにカメラ本体は入っていなかった。

「つまり、どういうことだ」

「状況から、答えは明白です。あの男は何者かに雇われた探偵です」

 カッターは断言した。浮浪者に変装していたのは、何かを調べるためだったのだ。カッターに近づいてきたのも、何か情報が得られることを期待しての事だった。

「つまり、殺されたということか」

 警部の推測は、カッターやジャックが至った結論でもあった。フロックコートの男は、急性アルコール中毒で死んだのではない。おそらく酔わされた状態で、毒殺されたのだ。

「その男の素性は?」

「それはわかりません。身分証明書も何もかも、所持してはいませんでした」

「カメラ本体とともに、奪われたということだな。男を殺した何者かに」

「そうです。そして重要な事ですが、男はおそらく海軍が関わる何かを調べていた、という事になります」

 ここで、オフィスに沈黙が訪れた。これまで、いったい何か意味があるのかどうかわからない個々の情報が、おぼろげながら線で結ばれてきたのだ。だが、それはとんでもない事実につながるかも知れない事に、百戦錬磨の重犯罪課の面々は戦慄を覚え始めた。

「あの、マクレナン大佐の艦隊が巻き込まれた、遭遇戦が起きたのが約半年前です」

 沈黙を破ったのはカッターだった。

「そして、その直後…つまり五カ月前を境に、裏社会で麻薬の価格が高騰している。商品の価格が高騰する理由のひとつは、流通量の減少です」

 沈黙はさらに重くなる。そこから先に踏み込んでいいのか。だが、もはやカッターは何も恐れている様子はなかった。

「マクレナン大佐の艦隊の任務は、東の大陸にある我が国の植民地、ヒンデスとの商船の定期航路の護衛でした。つまり、物資の輸送に関わっていた、ということです。この事実と、マクレナン大佐が銃撃された事に、関係がないと考えることはできません」

「カッター」

 デイモン警部は、やんわりと手を挙げてカッター達を制した。

「それ以上は言うな」

「なぜです。この事件の真相を暴く事が、銃撃犯の正体を暴く事になるかも知れない。あるいは、その逆も。そのために俺たち警察がいるんじゃないんですか」

「カッター、みんな。よく聞いてくれ」

 警部の、憤りを浮かべた表情に全員が押し黙った。耐えがたい何かに葛藤している表情だった。

「今しがた、オハラ警視監から通達があった。上層部の決定だ。重犯罪課は本日をもって、ケビン・マクレナン大佐銃撃事件の捜査担当から外れる」

 その報せに、カッター以下の刑事たちは、信じられないという気持ちと、やはりそうなるか、という気持ちを同時に味わった。カッターは、問わずにはいられなかった。

「…理由は」

「本件の管轄は、保安局に引き継がれる。テロリストが潜伏している可能性があるため、だそうだ」

「テロリスト!?」

 カッターは、思わず吹きだした。

「あの追悼式典で、ヘンドリック王子夫妻や大物上院議員たちが壇上にいたのに、わざわざ海軍大佐だけを狙うテロリスト?ばかばかしい。そんな言い訳を捻りだしてる時点で、国が何かを隠してるって事じゃないですか。自分達に都合の悪い何かです」

「お前の言う通りだ。わしもそう思う」

「じゃあ、どうするっていうんですか。明日から、オフィスの模様替えでもしますか?」

「やれやれ、お前の皮肉もあのレッドフィールドと同じだな」

 唐突に出されたその名に、カッターは肩透かしをくった。なぜ、その名を出したのか。警部は意地悪そうに笑う。

「カッター。あの銃撃事件、何かに似ていると思わんか」

「何か、って?」

「いくら調べても容疑者が出てこない。銃弾には線条痕もない。拳銃を持ち込んだ人間がいた様子もない。どうやって実行したのかわからない犯行だ。そんな奇怪な事件を追う課があればいいのだがな」

 カッター達はハッとして、ひとつの可能性を考えた。だが、まさかそんな筈はないだろう、という気持ちと、あるいは、という気持ちが葛藤する。そして後者の可能性を採る場合、「彼ら」の協力を得る必要があるかも知れない。デイモン警部は言った。

「あの狭いオフィスに、わしら全員で大挙するわけにもいかん。そして、上の指示に従うといった以上、わしもこのオフィスを動く事はできん。バルテリの体格は、歩き回るだけで目立つことこの上ない」

 不必要に引き合いに出されたバルテリは、不服そうに腕組みして警部を睨んだ。デイモン警部は笑って言った。

「カッター、ジャック。しばらく有給扱いにしてやる。疲れてるだろう、ちょっと外の空気を吸ってこい」



 もう日が傾いてきた頃、アーネット・レッドフィールド巡査部長は、辻馬車を拾って港町ウェストシーを訪れていた。リンドン中心街ほど発達してはいないが、港の人や物の出入りが活発で、経済活動は活発な街である。

 ナタリーから預かったメモにあるパブ『白鯨』は、埠頭から道路をふたつ挟んだ静かなところにある店だった。名前のわりにはこぢんまりとした白い建物で、オープンテラスではいかにも海の男、といった風情の若者が数名、ビールを飲み交わしていた。

「改装したのかな」

 以前よりなんだか垢ぬけた印象だなと思ってドアをくぐると、店内の雰囲気は記憶のとおりだった。カウンターにいるマスターは、店の名前にふさわしい白髪になっているが、まだ毛量は豊かで、細いが筋肉質なところも以前のままだった。だが、来たことがあるとはいえ、特に親しいわけでもない。とりあえずカウンターに近づくと、声をかける事にした。

「しばらく前に来たきりなんだけど、改装した?」

「いらっしゃいませ。ええ、外側とテラスだけね」

「中は前のまんまだな。とりあえず、スタウトをもらおうかな」

「かしこまりました」

 巨大なグラスに、真っ黒なビールが注がれて出て来た。たまにはこんなのも悪くない、とアーネットは一気にあおった。まだ公務中である。

「観光で?それともお仕事?」

「後者だ」

 アーネットは、マスターにだけ見えるように警察手帳を示した。マスターは顔色を変えるでもなく、かすかに頷いた。

「多少やばい話もあるんだが、いいかな」

「港町っていうのは、危険な話が飛び交う所です」

「そうだな」

 アーネットは苦笑しつつ、スタウトを一口飲んで切り出した。

「ちょっと高価な小麦粉、と言っておくか」

「ええ、はい。高価な、ね」

 あまり比喩としても上手くはないが、とりあえずそれで話を進めることで両者は合意した。

「そうだ。その小麦粉の価格が、五カ月前からずいぶん高騰しているらしい。理由、知ってるかい」

「私はむろん当事者ではないので、聞いた話になりますがね」

「かまわない。当事者だったら大変だ」

 アーネットは笑った。もしこのマスターが『高価な小麦粉』の売買に関わっていたら、今すぐ逮捕しなくてはならない。マスターは、店内の音に紛れるくらいの絶妙な声で答えた。

「半年前から、原料を持ち込む船が少なくなってしまっているようです。保安局の取り締まりが強くなったせいだ、というのも要因ではありますが」

「船が少なくなった、というのは」

「刑事さんがすでに想像されている通りです。たぶんね」

 マスターの目は笑っていない。半年前に起きた出来事と、その一カ月後くらいから『小麦粉』の流通量が減っている事。もう、子供が考えてもわかる話だった。アーネットは訊ねた。

「だがそうなると、それを取り仕切っていた人間がいるはずだ。運び込む者、さばく者。両方がいなければ、そうした商売は成立しない。どういう人間か、心当たりはあるかい」

「例の殺された大佐。彼が関わっていた可能性はあるようです」

 思ったよりストレートな回答に、アーネットは多少面食らいつつも訊ねる。

「だが、なぜ殺されなければならない?そこがわからない。彼の指揮のせいで家族が死んだ、と訴えている遺族がいるのは確かだが」

「そこまでは、私にはわかりませんが」

 マスターは、肩をすくめて言った。

「ただ、それに関連するかどうかわかりませんが、貿易商たちのあいだで、ひとつ奇妙な噂が流れてきてはいます」

「奇妙な噂?」

「はい。例の、テルコス帝国艦隊との遭遇戦の最中、海上で起こったらしい出来事なのですが」

 それは興味深い、とアーネットは思った。今まで、マクレナン大佐を銃撃した方法だとかの話が中心で、実際に海上で起こった出来事に関しては、決まり切った情報しかなかったのだ。マスターは声を潜めて、アーネットに語り始めた。

「私が言ったということは、公には絶対に伏せておいてくださいね」

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