第6話 脈打つ心臓
「ねえ、ネクロマンシー、てどういうものなの。私、生きている時と何も変わらない気がするのよ」
馬を降りて休憩する木陰で私は尋ねた。
布を広げ腰をおろしたけど、休ませたいのは馬の方。二人も乗せてくれてありがとう。過ごしやすい気温なのが救いよね。
たどる街道はわりと広く、往来もある。こんなに人目につく道にいていいのかと心配なぐらいだった。
ポツポツと村があり、田園が途切れず、林檎の白い花が時おり目に楽しい。
そんな美しい景色の中でする質問じゃないような気もするけど、この事態の核心に迫る権利が私にはあると思う。
本当は私、魔法や魔術なんて信じていないけど。自分の身の上に起きたことなんだもの、仕方ないわ。
ネクロマンシーは秘術だとかで教えてもらえないのは覚悟の上よ。訊いてみるぐらいはいいわよね、当事者なんだから。
「変わらない、か。大成功だな」
アリステアは満面の笑みで私を見つめた。それは――作品をながめる目なのかも。そう思うと胸がざわめいた。
そんな反応すら生きている証のように感じてしまう。死んでるなんて信じきれない私がいるのも仕方ないでしょ。
「死んだ私の魂をつかまえて体に戻す、みたいなことなの?」
「――違う気がする」
ふうむ、とアリステアは考え込んだ。
気がするって。はっきりした術とか理論とかではないのだろうか。
「私は、きみの生きる意志を呼んだだけだ」
「生きる、意志――?」
顔を上げ、静かに私を見るアリステアの言うことは曖昧だった。
「意志、あるいは為すべきこと。それを残しているのなら再びおこなえ、ときみの中に働きかけた」
「――わからないわ」
「そう、みんなわからないんだ。そして道半ばで死んでいく」
ふふ、とアリステアは微笑んだ。柔らかいのに凄絶な笑みだった。
意志を為せ。
そうアリステアは私に命じたのだという。
自分は誰なのか、何故存在しているのか。生き物は本来知っているはずなのだとか。
無意識にそれを探り、見つけ、そのために必要な条件を整える。それが「生きる」ということ。
「それは……哲学とか、そういう分野なのではない?」
「おやエルシーは学問も修めたんだね」
「修めたわけじゃないわ。なんとなくの教養だけ」
政略結婚させても恥ずかしくないよう、最低限の知識を与えられたというのが真相だもの。
引け目を感じて顔をそらしたら髪を一房取って口づけられた。もう、この人はさぁ。さすがに頬が赤らむのを話してごまかす。
「私が何かをしたいと思っていたからステアの呼びかけに応えて動いてるってことなの? そりゃ嫁入りしたら頑張ろうとか、ベリントンはどんな所かしらとか、楽しみではあったのだけど」
「んー、そういうのではなく」
アリステアは首をかしげた。
「きみ個人の欲望とは別のもの。生得的なものだ。言うならば、運命」
「運命……私の運命なんて」
「きっと私と出会うためによみがえってくれたんだね、エルシー」
「ちーがーうー!」
すっぽり腕に収められ、私は形ばかり抵抗してみせた。本気じゃない。
だってこうしていると不安が消えるの。アリステアも私を抱いていると幸せだと言っていたし、今はこれでいいのかも。
「で、ステア。けっきょく私は生きてるの? 死んでるの?」
「じゃあ生きているとはどういう状態だい?」
抱き、抱かれながら私たちはささやき合った。愛の語らいとはかけ離れた内容を。
「わからないけど……私、心臓も動いているし、息もしてるし」
「生き物に血をめぐらせるのはどんな力かな? 息をしたいのは何故? それらが止まれば死なのかい? 何によって心臓が脈打つかを問わなければ、きみは生きていることになる」
「おかしな問答よね……」
私の心臓を動かす力がアリステアからもらったものだとしても、言っていいのかしら。
私は死んでいるけど、生きてもいる、て。