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元・平民令嬢殺人事件 ~ 溺愛のだんな様はネクロマンサー  作者: 山田あとり
第1章 死の花嫁道中とネクロマンサー
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第5話 愛した人

 次の日には予想通り、馬車襲撃事件の噂が町に届いた。

 田舎とはいえ街道筋で血まみれの死体が転がっていればすぐに見つかる。その馬車がウィンリー子爵家の所有だということも、クロウニー男爵家の娘を乗せていたことも、あっという間に知れ渡っていた。


「輿入れするご令嬢に横恋慕した男がさらっていったらしい」

「いや裏切られた憎しみで惨殺したんだろ」

「花婿の方に捨てられた女が、殺し屋を雇ったと聞いたぞ」


 朝食を出す店で。道端で。繰り広げられる口さがないドロドロした物語を小耳に挟みつつ、私とアリステアはさっさと荷物をまとめ馬で旅立った。


「……噂って、すごいのね」

「エリザベス嬢は男をたぶらかす魔性の女だっていうのが面白かった」


 ポクポク歩く馬の上、私を鞍の前に横座りさせ、アリステアは笑った。


「確かに私はエルシーに夢中だが」


 片腕で私を抱き寄せ耳に口づける。首すじがジンとして私は身をよじった。


「や……ん、やめて」


 逃げようにも馬上ではどうにもならない。アリステアは容赦なくささやいてきた。


「かわいい私のエルシー」

「私、ステアのものじゃないわ」

「おや、そんなに親しげに呼んでおいて」

「そう呼べ、て打ち合わせたんでしょ!」


 これ、はたからは夫婦がじゃれ合ってるように見えるのよね。ムカつくー。

 だけどアリステアはニコニコしてるし、視線に愛が満ちてるし。どうしてそんなに私のことを、と疑問でしかない。


「ステア」

「ん?」

「ゆうべの話。私を見かけただけで、どうしてこんなにかまってくるのよ。私は誰かをひと目惚れさせるような美人じゃないわ」


 翡翠のような緑の瞳は自慢だけれど、栗色の髪とそこそこの顔立ち。背の高さも体の凹凸も平均的。

 不可もないけど特に魅力的でもない、私はそんなものだと思う。アリステアが夢中だと言ってくれても素直には信じられなかった。


「――きみに、良く似た人がいたんだ」


 ポツリとアリステアは言った。ハッとして見上げれば彼の視線は私から外れ、真っ直ぐ前を、遠くを見ている。


「最初きみを見て、立ちすくんだよ。彼女がいるわけはないのに」

「その人は――」

「もういない。死んでしまってね」


 まだ私を見ないアリステアの胸の前で、私の手は急に冷たくなっていった。脚も。

 やっぱりアリステアが愛しているのは私なんかじゃなく、別の誰かなんだ。尋ねる声が震えた。


「そんなに、似ているの」

「……見れば見るほど、違っているよ」


 私に目を落として微笑むと、またアリステアの視線はどこかに行ってしまう。記憶の中のその人を追っているのだとわかって胸が苦しくなった。


 ううん、どうして苦しいの、私。

 アリステアなんて昨日会ったばかりの変な人、どうでもいいでしょ。

 気になるのだとすれば、それは私を生き返らせたと言い張っているから。術を解かれたら今度こそ私は死ぬのかもしれないから。

 生殺与奪の権を握られている相手なんだもの、何を考えているのか知りたいのは当たり前よね。


「大丈夫だよエルシー」


 うつむいているとフワ、とアリステアが私を包み込んだ。


「きみを離したりしない」

「そん、そんなこと心配してないってば」

「それは夫に対する信頼かな」

「誰が夫よ!」

「私に決まってるだろう、カーヴェル夫人?」


 エルシー・カーヴェル。アリステア・カーヴェルの妻。

 そんな設定だけど、私たち出会ってまだ一日だからね?


「あ」

「うん?」


 エルシー。そう決める前、私に向かって二度呼びかけた名前があったのを思い出した。


「エリー」

「――なんだって?」


 アリステアの声が低かった。悲しくなったけど、思いついたことを最後まで言ってみる。


「最初、私をエリーって呼んだわ。それがその人ね」

「――当たり。勘のいい子は好きだよ」


 もう一度ギュ、と私を抱いてからアリステアは腕をゆるめた。

 だけど馬の背に二人で揺られているんだもの、腕の中にいるのは変わらない。それがわりと心地よいと思ってしまう自分に困っていたら、アリステアがつぶやいた。


「きみが私の腕にいるのが幸せなんだ。生き返らせるなんて馬鹿なことをと思うかい? だけど私は後悔していない」

「ステア――」


 チラリと見上げた目には、やや暗い光が宿っていた。でも秀麗な頬は硬く、結んだ口もとには意志が満ちていて、その言葉に嘘はないのだと思う。

 私を手に入れたことを悔やまれなくてよかったと安堵した。

 たとえエリーの代わりなのだとしても。

 アリステアがエリーのことを想っているのは真実なのだとしても。


 それでも私はとても寂しくて不安で、そんな風に感じてしまう自分がとても嫌だった。

 だって、それじゃ私がアリステアを愛しているみたいでしょ。そんなことないのに。

 私のアリステアに対する感情は、きっと死霊術のせい。

 もう一度死ぬことへの怖れ。生への渇望。餌をくれた人に犬がなつくようなもの。


 これから私はどうすればいいんだろう。私には何もない。

 でもだからこそ、どうとでもできる。

 私を縛るものがあるとすれば、それはアリステアだけね。アリステアの気まぐれで死ぬかもしれないこの体。

 それだけが少し、うらめしい。



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