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第36話 告白

 ――しっとりと暗い夜の中を、私はアリステアと並んで歩いていた。アリステアが片手に掲げる灯りがゆらゆらと道を照らす。

 こんな時間に外出することはないから物珍しいわ。だけどその闇と灯火と、遠いざわめきとで少し不安にもなった。アリステアとの距離をいつもより近くしてしまう。


「あっけないな……」


 アリステアがつぶやいた。それは、さっき出てきた下町の料理店でのこと。

 そこには二人の男の死体が残されているはず。私は見ていない。アリステアが私の視線をさえぎったから。


「きみは、目にしなくていい」


 そう言って私にマントとフードを着せかけてくれたのよ。

 手を引かれた私は裏口から抜け出し、帰路についている。夜のベリントンは夏を迎えても涼しくて、マントの下で私はブルッと震えた。


「――馬鹿なことで、たくさんの人が不幸になったのね」


 思わずこぼした言葉に、アリステアが振り向いたのがわかった。

 私はまだフードを目深にしていて顔色をうかがわせない。だけどアリステアは私がつかまる腕を軽く引き寄せてくれた。


 ウィンリー子爵は不老不死の術にあこがれていたらしい。そのために魔術にのめりこみ、ダイアナにあやつられ、罪に手をそめた。くだらない。


「死ぬのが怖いというのは、わからないでもないが」

「私が死んだ時はいきなりすぎて、怖いよりびっくりしたかな」


 私はそっと笑った。老いていき、病気になればまた違うのでしょうけど。


 ゆっくりと毒入りの食事を進めながら、子爵は私のことをチラチラ気にしていた。

 私のよみがえりが真実ならば、自分もそうなりたいと考えていたのよね。実験動物を見るような目が不愉快だった。

 子爵の食は進まず、そのおかげで毒の回りは遅々としていた。

 ダイアナよりアリステアに媚びた方がいいと判断されたのか、ダイアナに関する情報はいろいろ取れたわ。それは収穫だった。

 子爵は結局料理を食べきらなかったけど、デザートワインを供するグラスの方に仕込んであった毒が効いたみたい。同じボトルから注いだワインをアリステアが口にするのを確認してから飲んだのに、その警戒は無駄だった。子爵はすぐに顔色を変え、グラスが倒れた。

 あこがれの不死は、目の前まできて子爵を嫌った。


「自分が生き続けるために他人を殺すなんて」

「傲慢だな」

「永遠を手に入れたって、幸せかどうかなんてわからないのに――」


 つぶやいたら、アリステアの体がこわばった。


「きみをそうしたのは私だ。すまない」

「ステア――でも、私が不死かどうかなんてわからないのよ」

「だがきみの命を縛りつけたのは事実だ」


 そうだけど。

 でも、それでいいのだと伝える時よね。

 私が殺された事件については一応の落着をみたのだから、私はアリステアに言わなくちゃいけない。エルシー・カーヴェルになったこと、嫌じゃないって。

 ……どうしよ、なんだか緊張する。


「あのね私、こうなって不幸だとは思ってないから」


 緊張してアリステアの腕を強く握ってしまった。アリステアが驚いたように足を止める。


「エルシー?」

「私なりに生きる、私らしく生きるってよくわからないけど。アリステアのそばにいるのは楽しいわよ」

「エルシー――」


 アリステアは向き直って、フードの下の私をのぞきこんだ。あんまりまじまじと見ないでよ、照れるじゃないの。


「――私といて、楽しいと?」

「だから、そう言ってるじゃない」

「じゃあ……」

「カーヴェル夫人も悪くないって思ってるの。ほんとよ」


 下を向いてモジモジしてしまう。やん、やっぱり恥ずかしい。

 あれ、さっきまで殺伐としていた雰囲気がガラリと変わったなあ。こんなんでいいのかしら。だけどアリステアもさっきとはうって変わってうろたえているわ。


「いや、だって。きみはいつも私から逃げようとするし」

「そりゃあ、突然抱きしめられたり口づけられたりが始まりよ? 逃げるのが普通だと思うの。それが癖になってただけ」

「ヘンタイ扱いするし」

「……そこは否定できないわよね?」

「そんな男といたいのか?」


 不思議そうに言われてみると、確かにおかしいわね。だけどそういう意味じゃないんだってば。私はため息をついて言い返した。


「私はヘンタイが好きなわけではないの。アリステアだから、まあいいかなって」


 むぎゅ。

 そこで強く抱きしめられた。


「エルシー……エルシー」

「ん、ちょ、くるし」

「だってエルシー」


 だってじゃないわ、もう一度死にそうよ。

 それにここ、路上だから! 家の近所だから! 人はいないけど!


「こんなとこで、やめ」

「あ、ああ」


 アリステアは我に返って腕をゆるめてくれた。だけどまだ信じられない顔で私を見ている。今のでフードは半分ずり落ちて、私の照れた顔もばっちりわかるはずね。ああもう。


「――本気なのか? まだ私と居てくれるのか?」

「あなたこそ、私のこと嫌なんじゃ」

「そんなわけない」

「だって私、エリーじゃないのよ」


 私なんてもういらないんじゃなかったの? 突き放してきたくせに。


「私は別にエリーと再会したいわけじゃない。エルシーを見ているうちに、君その人を欲しいと思うようになったんだ」

「え。あ、あの……」

「だけど有無を言わさずきみを私に縛りつけるのは不公平だから」


 私を想ってのことだったんだと言って抱きしめる腕に、私は目を見開いた。



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